親子は異星人
友だちが教えてくれた文が、
すごく面白かったのでシェア〜♪
ケンカの仕方、が笑えた。
☆親子は異星人
http://www.shotomita.com/2018/07/11/alien_family/
小さい頃から絵を描いたり、
本を読んだりするのが好きだったわたしは、
自分の世界が強い子どもだった気がする。
その中で、呼吸していた感じ。
「人は自分の鏡」と、
小学校の作文で書いちゃうくらい、
冷めて大人びたところもあって。
大人を一歩引いて見ていた。
自分のコンディションで、
感じ方も、発するものも変わるから。
世界の見え方も変わるし、
人との関係も変わる。
そのことを、
うっすらと感じていたのだと思う。
親は近くにいるけれど、
遠くて分かり合えない部分がたくさんあって。
もちろん似てるところもあるけれど。
いちばん押さえたいところが、
ズレている感じ。
育つうちに、
そのキーの部分を、
友だちや恋人と分かり合えるようになり。
その方が居心地が良くなり、
ぜんぜん家に寄り付かず。
そうして、
ひょんなことから再び、
親のもとに戻った。
もう一回、
やり直しておきたいことがあったのかも。
分かり合えないままでよくて。
そのままで労わりあえることを、
確認したかったような…?
うちの家族は、
いっしょでなければならない、
という感じが薄い。
かなりサッパリしてて、
団らんとかもあまりない。
でも助け合う。
それで十分。
「わかること」は、
自分も持っているから、
最初からわかるし。
「わからないこと」は、
努力ではわかることはできない。
ただ歩み寄れるだけ。
コミュニケーションは、
正しさのためよりも、
楽しさのためにある。
わたしの場合はそうみたい。
ヴィパッサナー瞑想合宿をやってみたことがある。
10日間、話さない、目も合わさない、
文字を読むことも、書くこともしない。
ただただ座る。
自分の世界の中で、
心地よく遊んじゃうわたしは、
そういうときに、
あんまり話す必要を感じないのだけれど。
その間、一回だけ誰かに伝えたくなった瞬間があって。
蛍を見つけたときだった。
「見て!光ってるよ!」って。
わたしが伝えたくなるのは、
そんなささいなことのよう。
だからほんとは、
シンプルでいいみたい。
なーんて言いながら、
こうして書いてしまうのだけど。
新月前に、
語り尽くして、
ゼロになりたい気分。