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臍帯とカフェイン

『the VISIT』(0:0:2)

2023.06.30 15:35

ハインスタイン:今日は、何日かね。


リッジエル:8月15日です、神父。


ハインスタイン:ああ、そうか。

ハインスタイン:すまないね、代わり映えのしない刑務所生活だと。

ハインスタイン:どうにも日付の感覚がね。


リッジエル:そうですよね、わかる気がします。


ハインスタイン:さあ、はじめてくれ。


リッジエル:はい。えっと、録音させて頂いても……?


ハインスタイン:ああ、構わないよ。


リッジエル:ありがとうございます。

リッジエル:8月15日、クエンティン中央刑務所。

リッジエル:それでは、今から会話の録音をはじめます。

リッジエル:「神父」、いえ、ガブリエル・M・ハインスタイン氏。本日は取材を受けて頂きありがとうございます。

リッジエル:私は、ライクユアタイムス新聞から来ました、リッジエル・アイベルクと申します。

リッジエル:身体のお加減はいかがでしょうか。


ハインスタイン:悪くは無いね。

ハインスタイン:今日は有意義な時間にしようじゃないか。「リッジエルくん」。


リッジエル:ありがとうございます。

リッジエル:まさか、私みたいな一介の新聞記者がこうして貴方にお会いできるなんて思ってもみませんでした。


ハインスタイン:「5月25日 北クエンティン 雑貨屋二階より女児の遺体」


リッジエル:え……?


ハインスタイン:「3月2日 中央銀行 闇の取引、暴かれる実態」

ハインスタイン:「6月30日 キャルボニーからの移民、受け入れの意向」


リッジエル:「神父」、それって。


ハインスタイン:君の文体や思想はとても素直でわかりやすい。


リッジエル:私の書いた記事を、把握されていらっしゃるのですか……?


ハインスタイン:一年目の記者で、見出しを飾れるなんて、素晴らしいじゃないか、リッジエル。


リッジエル:あ、ありがとう……ございます……


ハインスタイン:それで、今更私から何を聞こうと言うのかね。


リッジエル:……はい、それでは質問を始めさせて頂きます、神父。


リッジエル:貴方は、このクエンティン州……いや全世界で見ても他に類を見ない、

リッジエル:「38名」の殺害というとんでもないシリアルキラーとして名を残しました。


ハインスタイン:ああ、そのようだね。


リッジエル:……何故、38名の殺害に至ったのでしょうか、貴方は神父という神に仕える立場だ。

リッジエル:一年前に行われた裁判でも貴方は多くを語らなかった……

リッジエル:動機はもちろんの事、細かい説明もしないままに罪だけは受け入れた……


ハインスタイン:いけ好かないね。


リッジエル:……え?


ハインスタイン:非常に不愉快だ、看守、面会は終わりだ。


リッジエル:え、ちょ、ちょっと待ってください。


ハインスタイン:看守、私をあのかび臭い牢に戻してくれ。


リッジエル:ま、待ってください!!!

リッジエル:な、何がいけなかったのでしょうか!!!


ハインスタイン:「39名」


リッジエル:え……?


ハインスタイン:39名になるはずだった。


ハインスタイン:正確には、38名の殺害と1名の監禁と傷害だ。


リッジエル:あ……す、すみません。


ハインスタイン:……二度はないよ。「リッジエルくん」


リッジエル:大変失礼致しました、神父。

リッジエル:改めて、質問をさせてください。


ハインスタイン:……つづけ給え。


リッジエル:38名の殺害と、1名の監禁と傷害。

リッジエル:その経緯を、教えて頂けないでしょうか。


ハインスタイン:君、夜の経験がないだろう?「リッジエルくん」


リッジエル:なっ……急に何を


ハインスタイン:作法もなっていない。

ハインスタイン:エスコートもせず、甘いピロートークも無しに

ハインスタイン:性交渉はエンディングを迎えない。

ハインスタイン:君は「純潔」のまま、ウブで、

ハインスタイン:見た目だけは大人を取り繕った、

ハインスタイン:可愛い可愛い「子供」のままだ。

ハインスタイン:違うかね?「リッジエルくん」


リッジエル:わ、私の事を詮索する必要はないはずです、「神父」

リッジエル:いま、私が質問をしているのです。

リッジエル:お答え頂きたい、なぜ貴方は38名と……


ハインスタイン:(なぜの辺りから割り込む)

ハインスタイン:未だにもしかしたら

ハインスタイン:「ママ」の御伽噺(おとぎばなし)を聞いて眠りにつく、赤ちゃんと同じなのかもしれない。

ハインスタイン:それなら君は「リッジエルちゃん」なのかな。呼称は「リジィ」クマのぬいぐるみを優しく抱き抱えているのがよく似合いそうだ。


リッジエル:……神父。


ハインスタイン:「アルバート・フィッシュ」


リッジエル:え……?


ハインスタイン:「ヘンリー・リー・ルーカス」

ハインスタイン:「ペーター・キュルテン」


リッジエル:な、なんですか。


ハインスタイン:「ジェフリー・ダーマー」

ハインスタイン:「アーサー・ショークロス」


ハインスタイン:……知っているかね?


リッジエル:……貴方はまさか、被害者の名前を覚えて……


ハインスタイン:はは、勉強不足だね。「リッジエルくん」

ハインスタイン:被害者の名前?

ハインスタイン:違うよ、今挙げたのは過去五人以上を殺害したシリアルキラーの名だよ。


リッジエル:……


ハインスタイン:君は殺人鬼である私を取材すると言うのに、他の殺人鬼の事を調べずにここに来たのかね?


リッジエル:……私は、殺人鬼の取材をしに来たのではありません。


ハインスタイン:ほう?


リッジエル:私は、「神父」という立場でありながら

リッジエル:20世紀最大級の殺人を犯した……

リッジエル:「ガブリエル・M・ハインスタイン」

リッジエル:貴方に取材をしたくて、ここに来たのです。


ハインスタイン:……。


リッジエル:「神父」、理由をお聞かせ願えないでしょうか。


ハインスタイン:「殺す事に意味などない」


リッジエル:……意味など、ない?


ハインスタイン:かのシリアルキラー達はこぞってそう述べたそうだ。

ハインスタイン:何故だと思う。


リッジエル:……何かの思想にあてられたか、もしくは……


ハインスタイン:「減刑」


リッジエル:……はい、精神鑑定上、人間として自立が疑わしいと判断されれば事実上罪は軽くなります。

リッジエル:しかし、いくら減刑目的とは言え複数人の殺害はこの州の法律に則る限り死罪である事に変わりはないはずです。


ハインスタイン:それはもちろんその通りさ。


リッジエル:その通り……?でも貴方は先程「減刑」と……


ハインスタイン:人を裁くのは、人なのだろうか。


リッジエル:……どういう意味ですか。


ハインスタイン:想像力を働かせ給え、「リッジエルくん」

ハインスタイン:私たち人間は、罪を裁く事はできる。


リッジエル:……行った罪に、罪状をつけ、償わせることは出来るという意味ですか。


ハインスタイン:そうだ。やれば出来るじゃないか「リジィ」


リッジエル:……子供扱いは、やめてください。


ハインスタイン:「では、人そのものは誰が裁く」


リッジエル:……人、そのもの……?


ハインスタイン:意味とは、行動の中にはない。

ハインスタイン:意味とはいつだって、人の中にある。

ハインスタイン:例えばリッジエルくん、君が何故、私を取材したいと思ったのか?という意味を求めるのと同様に。


リッジエル:私のことは、いいのです神父。

リッジエル:私の質問に答えて頂いていない。


ハインスタイン:「何故、私を取材したいと思ったのかね、リッジエル」


リッジエル:……質問に答えてください神父。

リッジエル:あなたは何故、38名を殺害……


ハインスタイン:(割り込む)

ハインスタイン:「何故、私を取材したいと思ったのかね」


リッジエル:……これではまるで立場が逆転だ。

リッジエル:神父、貴方はいい新聞記者になれますよ。


ハインスタイン:一年も前の、もう誰も見向きもしなくなったシリアルキラー。

ハインスタイン:「ただ、死刑を待つだけ」

ハインスタイン:今更紙面に取り上げた所で誰が歓喜する?

ハインスタイン:誰が、まるでハロウィンのお菓子を頬張るようにその記事にかじりつく?


リッジエル:それは……


ハインスタイン:「殺人鬼」ではなく「私」を取材したい、そう言ったね、リッジエル。


リッジエル:……はい、言いましたね。


ハインスタイン:ならば君は、薄々気づいているのではないかね。


リッジエル:……。


ハインスタイン:君は、「取材」をしに来た訳では無い。

ハインスタイン:スクープの為だと言うのなら、こんなかび臭い刑務所なんかではなく、

ハインスタイン:あの大物政治家の不倫問題を取り上げたらいい。

ハインスタイン:世界を震撼させている驚異的なウイルスの情報を載せたらいい。

ハインスタイン:「だが、君は私の元に来た。」


リッジエル:……ええ。


ハインスタイン:「それは、何故だね。」


リッジエル:……貴方は、「愛を説く」、「神の御言葉」を代弁する神父だ。


ハインスタイン:その通りだ。


リッジエル:「神父、愛を説く者が何故愛を奪うような事をするのか」

リッジエル:私は、それが知りたいんです。


ハインスタイン:愛を、奪う。


リッジエル:ええ、だってそうでしょう。

リッジエル:聖書では言っている、隣人を愛せと。

リッジエル:それが人間の行うべき善行で、それこそが救済への一歩であると書かれている。

リッジエル:その、愛を持つ「人間」を殺す事は、愛を奪うことだ、違いますか、神父。


ハインスタイン:最初に手をかけたのは、エマという女の子だった。


リッジエル:……神父?


ハインスタイン:リッジエル、君は日曜日のミサに通う信心深い人間かね。


リッジエル:いえ、私はカトリックでは無いので、ミサまでは……。


ハインスタイン:そうか、それはいい事だ。


リッジエル:いい事……?


ハインスタイン:ああ、君には「ミサ」はおろか、神が必要無いと言うことだろう。

ハインスタイン:エマは、毎週日曜日になると

ハインスタイン:誰よりも一番に教会に来ては、私の焼いたクッキーを嬉しそうに頬張る。

ハインスタイン:その姿が酷く、美しく思えたものだ。


リッジエル:……その、美しいと思うエマを何故殺したのです。

リッジエル:まさか、美しいものを壊したい性癖をお持ちであるとか、そんなチンケな理由じゃ……


ハインスタイン:「リッジエルくん」


リッジエル:……はい


ハインスタイン:君は、恋人がいた事はあるかね。


リッジエル:また急に、なんですか。

リッジエル:その質問に、なんの意味があると言うのです。


ハインスタイン:いないのだね。


リッジエル:……言いたくありません。


ハインスタイン:構わないよ、そのまま聞いてくれればいい。

ハインスタイン:恋人で無くてもいい、誰かの温もりを感じたこと

ハインスタイン:傍にいるだけで構わないと思ったこと

ハインスタイン:最大級の安心を、最大級の愛を

ハインスタイン:誰かから感じたことはあるかね。


リッジエル:……。


ハインスタイン:「私は、無かった。」

ハインスタイン:愛を説いておきながら、私には愛というものがなんであるのか

ハインスタイン:正確に言葉に出来る術が無かった。


リッジエル:愛が、なんであるのか。


ハインスタイン:そう、その手に持ったスマートフォンで調べてみるといい。

ハインスタイン:恐らく様々な形をとった愛というものが

ハインスタイン:「いくらでも」

ハインスタイン:「感じ取りたいままの」

ハインスタイン:「形を成して」

ハインスタイン:「誰かにとっての」

ハインスタイン:「都合の良いように」

ハインスタイン:そこに在る。あり続ける。


リッジエル:「都合の良いように」


ハインスタイン:では愛とはなんだ。

ハインスタイン:愛で(めで)、慈しみ続けることが愛なのだろうか?

ハインスタイン:それだけが「愛」であるべきなのだろうか?


リッジエル:よ、要領を得ません、神父。

リッジエル:私は「殺人」の理由を聞いています。

リッジエル:あなたの愛の説法を聞きに来たんじゃない!


ハインスタイン:エマは、身体中に沢山の痣(あざ)を作っていてね。


リッジエル:あ、痣、ですか。


ハインスタイン:クッキーを手に取る度に、その白く透き通った肌の至る所に

ハインスタイン:まるで月のクレーターでも写したかのような痣が服の隙間から覗くのだよ。


リッジエル:そ、それって


ハインスタイン:何度も何度も手に取るうちに、エマの表情は曇っていく。

ハインスタイン:「ねえ、神父様。こんなに食べたら、怒られてしまうのではないかしら」

ハインスタイン:見る見るうちに強ばっていく顔を見て、私は思ったよ

ハインスタイン:なんて美しく生きる少女なのだろう、と。


リッジエル:待ってください、神父。

リッジエル:そんな、そんな事は、いや、そんなまさか。


ハインスタイン:「理解したのかね、リッジエル」


リッジエル:いや……そんな。

リッジエル:そんな理由、まかり通っていいはずが無い。

リッジエル:そんな理由での殺人が、行われていいはずが無い。


ハインスタイン:「しかし、現に彼女の葬式にはクエンティン州の住民ほとんどが嘆(なげ)き、そして尊(とうと)んだ。」


リッジエル:違う……それを愛とは呼ばない、

リッジエル:神父、それを、その気持ちすらも愛だと呼んでしまえば私は。いや、私達は。


ハインスタイン:「愛などでは無い」

ハインスタイン:「しかし、愛未然(あいみぜん)であることすらも、愛。」


リッジエル:そんな、馬鹿げてる、そんなこと……!


ハインスタイン:しかし「リッジエル」。

ハインスタイン:「君も本質は変わらないのだよ。」


リッジエル:か、変わらない……?な、何を言って。


ハインスタイン:こんな数分の短い言葉で、何故君は私の言う愛が理解できているのだろうね。


リッジエル:そ、それは


ハインスタイン:「私が新聞記者として、聞く力を持っているから」

ハインスタイン:君はそう答える。だがそれは本質か?

ハインスタイン:いいや、そんな事はない。

ハインスタイン:なぜならそんな力を持っているのなら今まで散々取材をしてきた

ハインスタイン:君以外の新聞記者からも

ハインスタイン:その「理由」にたどり着くものが産まれてもおかしくはなかった。

ハインスタイン:しかし、そうではない。

ハインスタイン:「リッジエル」

ハインスタイン:「リッジエル」

ハインスタイン:「リッジエル」


リッジエル:や、やめてください


ハインスタイン:何度も繰り返すように私と面会をする夢を見たことは?


リッジエル:やめてください


ハインスタイン:ある時の私は深い愛を説き


リッジエル:やめて


ハインスタイン:はたまたある時は動物の本能との対比を説く


リッジエル:そんな事ない、やめてください


ハインスタイン:怒りに身を任せた事もあれば

ハインスタイン:君に共感することも

ハインスタイン:もしかしたら立場が逆であったことも

ハインスタイン:年齢すらも違った事も

ハインスタイン:「君と私が友であった可能性すらある」


リッジエル:「やめろ!!!!」


ハインスタイン:なあ、リッジエル。

ハインスタイン:「リッジエル」

ハインスタイン:「リッジエル」

ハインスタイン:「リッジエル」

ハインスタイン:いや、今はあえてこう呼ぼう。

ハインスタイン:「リッジエル・アイベルク」


リッジエル:やめろ……


ハインスタイン:「愛など多種多様で」

ハインスタイン:「誰にも理解出来ず」

ハインスタイン:「そこに存在するのかどうかもわからない。」

ハインスタイン:「ならば、愛など」

ハインスタイン:「人間など」

ハインスタイン:「理解することも」

ハインスタイン:「掴むことも」

ハインスタイン:「得ることも」

ハインスタイン:「与えることも」

ハインスタイン:「もちろん説き伏せることなんて」

ハインスタイン:「烏滸(おこ)がましい」


リッジエル:なにがしたい!!

リッジエル:なにがしたいんだ貴方は!!


ハインスタイン:「我々は、愛することも愛される事も出来ない。」


リッジエル:なっ……


ハインスタイン:そんな、ちっぽけで

ハインスタイン:簡単に踏み潰してしまえる様な

ハインスタイン:実に、実に、無価値な存在なのだよ、「リッジエル」


リッジエル:そんな……わけ……そんなはずない……


ハインスタイン:「しかし、エマは愛された。」


リッジエル:く……違う……違う……


ハインスタイン:「どうしたんだい」

ハインスタイン:「リッジエル」

ハインスタイン:「そんなに泣きそうな顔をして」


リッジエル:違う!!!違う、違う違う違う!!


ハインスタイン:「思ってしまったのだろう」


リッジエル:やめろ、違う、違う!!!


ハインスタイン:「羨ましい、と」


リッジエル:やめてくれ……


ハインスタイン:「私はその苦しみを理解できる」


リッジエル:うっ……うう……


ハインスタイン:それも、恐らく

ハインスタイン:「唯一の存在として」


リッジエル:う……あああ……神父……


ハインスタイン:「親の罪は、子に報いる」


リッジエル:それは……聖書の……一部。

リッジエル:それが……どうしたというのです、神父。


ハインスタイン:「VISIT」という言葉は、「面会する」という意味だ。


リッジエル:そう……ですね


ハインスタイン:しかし「報いる」という意味にもなるのだよ。


リッジエル:神父……。


ハインスタイン:リッジエル、それでも私たちは

ハインスタイン:「私たちの持ちうる愛で、人を愛し続けるしかない。」


リッジエル:……はい、神父。


ハインスタイン:……他に、なにか質問はあるかね?「リッジエル」。


リッジエル:あ……そうです……ね

リッジエル:貴方は一年前の裁判で、「私はいつでも脱獄できる、条件さえ揃えば」と言葉を……

リッジエル:残したと記されています。

リッジエル:それは、どういった意味なのでしょうか。


ハインスタイン:ああ、その事かね。

ハインスタイン:もういいんだよ、リッジエル。

ハインスタイン:「もう、終わったんだ。」


リッジエル:「終わった」……?すいません、意味がよく……


ハインスタイン:「私は、もう、そこに居るだろう?」


リッジエル:……っ……。


ハインスタイン:さあ、もう面会の時間も終わりのようだ。

ハインスタイン:先程から看守の目が痛い。


リッジエル:……あ、貴方でもそんな事を気にするのですね、神父。


ハインスタイン:「殺人鬼ジョーク」だよ、リッジエル。


リッジエル:は……はは……

リッジエル:覚えて、おきます……

リッジエル:……神父、私も貴方のように

リッジエル:「人を愛すること」が、できるのでしょうか。

リッジエル:私には、まだ、あなたの言葉が程遠い


ハインスタイン:言っただろう、リッジエル。

ハインスタイン:聖書にはいつでも答えが書いてある。

ハインスタイン:「まず、隣人を、愛せ。」




記者:それでは、お聞きいたします。 

記者:あなたは、なぜ、38名もの殺害を行えたのでしょう。 


?:……君は、記者になって何年目なのかな。


 記者:え……?
?:まだまだ、経験が無いだろう?違うかね? 

記者:……今、それが関係ありますか?


 ?:関係あるさ。 


記者:歴の浅い記者からの取材は受けられない、と? 


?:そんな事ないさ。
記者:では、なんだと言うのです。 

?:取材というのは、ただの壁打ちであってはいけない。

 ?:それこそ、相手の全てを受け入れるかのように、導くように、子供を寝かしつける母親のように。

 ?:その瞳を見つめ、呼吸を感じ、相手を想いながらするべきだ。 


記者:は、はぁ……


 ?:君の取材の仕方は、まるでなっちゃいない。


 記者:そんなこと、何故貴方に言われなければならない。貴方は…… 


?:そう、私はただの「殺人鬼」。そうだ、君のような人間よりも下等で、弱く、人権すら無い、どうしようも無い人間だ。 

?:だが、君の目の前にいる私は豚の形をしているか?


 記者:……。 


?:「人の形を成している」、そこに間違いはない。そうだろう。


 記者:……ええ、そうですね。


 ?:そして、君は。私の話を聞いて、ストーリーを膨らませ、嘘も真実も混ぜこぜにさせながら

 ?:明日の一面に、私の狂気じみた半生を書き記す


 記者:……。


 ?:「私の言葉が、欲しいのだろう?」 

?:しかし「言葉」は奪えない。 

?:言葉は人生だ、言葉は武器だ、言葉は愛だ。

 ?:君がどのような人生を歩んだかさえも、言葉には深く根付いている。 

?:それは当然、「私にも」だ。


 記者:何が言いたいんですか?要領を得ません。


 ?:得なくて結構。今君は、私に、いいや、「殺人鬼」にこうべを垂れるべきだ。 

?:そうして得た「言葉」を、こねくり回せばいい。 

?:そのためには、「私」を、きちんと「人」として認識すべきだ。

 ?:違うかね? 


記者:……申し訳、ございませんでした。 


?:いいんだよ、仕方ない事だ、わかっていただけてよかったよ。


 記者:質問を、改めさせて頂きます。 

記者:「リッジエル・アイベルク」、つい先日貴方の殺人に関して裁判が行われました。


 リッジエル:ああ、そうだね。
記者:あなたは、警察に逮捕されたときもまったくの抵抗を見せず


 記者:裁判所でも、弁護士の弁明も余所に、罪をすぐ認めたと聞きました。


 リッジエル:その通りだ。


 記者:……正直、あなたが「やっていない」と言えばいくらでも弁明の余地はあった事件であると思っています。 


リッジエル:ほう、それは何故?


 記者:周辺住民に聞き込みをしても、被害者家族に話を聞いても 

記者:貴方が犯人であるなどと今でも信じられないと言った発言しかでてきません。

記者:人によっては、未だに貴方の無実を信じている者も。


 リッジエル:……そうか。 


記者:……39人目の殺害は、失敗に終わりました。 

記者:でもそれは、どうしても、私には「わざと失敗した」ようにしか見えないのです。


 リッジエル:「私は、そこまでしか知らなかった」んだよ。 


記者:……そこまで、しか? 


リッジエル:そう。聖書にも、取材メモにも、どこを見てもそれ以上の事がわからなかった。 

リッジエル:私は「そこで終わり」それ以上でも以下でもない。

 リッジエル:「私は、そこで終わりなんだ。」


 記者:……こんな事件を起こす前、そう、若かりし頃のあなたは。

 記者:……優秀な、「記者」」だったと聞きます。

 記者:一体、貴方に何があったのですか。 


リッジエル:「目の前を歩く、スマホ中毒者の背を押してみたいと思った事は?」 


記者:ありま、せんが。

リッジエル:私には、「あった」のさ。

 リッジエル:そうして、私は、私の見る景色は、少しずつ、愛に満ちていった。


 記者:……愛? 


リッジエル:そう、すべては「愛」なんだよ。 


記者:ばかげてる。愛で殺人を正当化するなんて、ばかげてる。

 記者:そんなものが愛であるはずなんかない。

 記者:愛とは尊いものだ、そんな安くて、軽くて、独りよがりの物なんかじゃない。

 記者:あんたはやっぱりイカれてやがる。


 リッジエル:「イカれて」おけばよかったんだ。 

リッジエル:私も「イカれて」しまえば、理解など、しなければ。

 リッジエル:報いる必要も、なにもかもが、無かったはずなんだ。 


記者:……ひどい汗だ。 


リッジエル:「聖書」には、この先は書かれていなかった。 

リッジエル:だが、私は、きっと、おそらく、この言葉で私の人生を締めなければならない。


 記者:……なにが、です? 


リッジエル:これは、私の言葉ではない。 

リッジエル:私がしてきたことも、私という人間も。

 リッジエル:すべて、すべて、私にはならなかった。


 記者:なんだって言うんだ、意味がわからない。 


リッジエル:その記事は必ず、この言葉で締めくくれ。


 リッジエル:「私はいつでも脱獄できる、条件さえ揃えば」 

リッジエル:「明日にでも。」
 


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