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臍帯とカフェイン

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2023.06.30 15:55

協力:かぐやま様

リッジエル:……あなたが、ハインスタイン氏、でよろしいのですか……?

ハインスタイン:いかにも。ガブリエル・M・ハインスタインだ。

ハインスタイン:相手に名を聞く時は、まず自分から名乗るものであると。

ハインスタイン:君はジュニアハイスクールで学ばなかったのかね?

リッジエル:……失礼。取り乱しました。

リッジエル:これでも厳しく躾けられてきたつもりだったのですが。

リッジエル:私はリッジエルと申します。……名刺です、お納めください。

リッジエル:改めて先ほどは失礼いたしました。その……あなたがあまりに『普通』でしたので。

ハインスタイン:リッジエル……そうか、リッジエル。リッジエル……。ふむ。

ハインスタイン:『普通』、と言ったかね。

ハインスタイン:では君は私が、どこぞの殺人ピエロのようにわかり易く「私は殺人鬼である」と、立て看板でも持っていると思っていたのかね?リッジエルくん。

リッジエル:…………。

リッジエル:……いえ、そういうわけでは。

リッジエル:ただ、失礼ながら殺人鬼や神父と呼ばれるあなたを、どこか浮世離れした方のように感じていたのは事実です。

リッジエル:……失礼なことを申し上げました。記者として失格です。

リッジエル:せっかくあなたに取材させていただくという、光栄な機会を与えられたというのに。

ハインスタイン:ふふ。すまなかった。

ハインスタイン:君が余りにも『可愛らしい』顔をしていたものだから、つい、ね。

ハインスタイン:悪く思わないでくれ、ちょっとした悪戯心だ。

ハインスタイン:今日は『有意義な時間』にしよう、なあ、リッジエルくん。

リッジエル:……やはり、あなたは神父らしくない。

リッジエル:よろしくお願いします、Mr.ハインスタイン。

リッジエル:では、これよりお話を伺わせていただきます。

リッジエル:……あなたは不特定多数の老若男女38人を殺害した。……これは事実ですか?

ハインスタイン:正確には、38人の殺害と、1人の暴行監禁だがね。

リッジエル:……度々失礼を申し訳ない。

リッジエル:率直にお伺いします。38人の殺害と、1人の暴行監禁……。

リッジエル:あなたは被害者とは面識があったですか?

リッジエル:教会でお勤めをされる身です。会っていてもおかしくはないと、思う、のですが。

ハインスタイン:リッジエルくん。

ハインスタイン:君は……君は、その質問のあと、私がこう言う事を期待している。

ハインスタイン:「もちろん、面識はあった。」

ハインスタイン:その後君はこう続ける。

ハインスタイン:「では、何故面識のある相手を38人も殺害をしたのか。」

ハインスタイン:そして、難しい顔をしながら私が如何に不気味な笑みを浮かべたか?をそのノートに記載する。

リッジエル:そんなこと……ありませんよ。

リッジエル:私はあくまであなたの言葉を聞き、それを正確に写し、記事にするだけです。

リッジエル:私が欲しいのは正確な情報です、Mr.ハインスタイン。

リッジエル:今際の際(いまわのきわ)のあなたが言葉を遺すのに信頼されたと思い、私はここにいるのですが。

リッジエル:……違いますか?

ハインスタイン:なるほど。そういった解釈もあるのだね。

ハインスタイン:それで?面識があるかどうかを知って、君は何を大衆に伝えたいのかね?リッジエルくん。

リッジエル:……回りくどい作法を踏んでもあなたは答えてくれそうにないですね。

リッジエル:率直にお話します。

リッジエル:私は……いいえ、私たちは、あなたが凶行を起こすに至った契機(けいき)を知りたいのです、神父。

リッジエル:あなたのような普通の方がどのように殺人鬼となったのかを。

ハインスタイン:リッジエルくん。

ハインスタイン:殺人とは、何かね。

リッジエル:……人が人を殺すことです、神父。そして、許されざるべき犯罪、です。

ハインスタイン:『許されざる』誰もがそれはわかっている。

ハインスタイン:では、何故『許されない』行為なのかね?

リッジエル:それは……人が死ぬことで、悲しむ人がいるからです。だから法律として制定されているんですよ。

リッジエル:……こんな当たり前のことを聞いてどうするんですか?

ハインスタイン:大事な話なのだよ、リッジエルくん。

ハインスタイン:悲しむ人がいるから、人を殺してはいけないと?

ハインスタイン:その理論なら、誰も悲しむ人の居ない人間は、殺してもいい、というような言い草だね?

リッジエル:そう……ですね。……僕のように、悲しむ人の居ない人間を守ってくれているのは、法律くらいです。

リッジエル:……だから、あなたのように法の外に出ないようにする必要があるんですよ。

ハインスタイン:君は孤独であると?誰も居ないというのかね?面白い、自身で説明をしておきながら。

ハインスタイン:そもそもその法などと言うものは誰が作ったものだね?リッジエルくん。

リッジエル:一般論ですよ、神父。私は記者です。

リッジエル:大衆に向けて記事を書くのですから、私が孤独であるかどうかなど関係がない。

リッジエル:普通の人間の感覚に沿った記事を書いて、それで飯を食う。

リッジエル:それがこの法を作った社会というものでしょう?

ハインスタイン:一般論?社会?

ハインスタイン:なんとも面白みのない回答をするね、リッジエルくん。

ハインスタイン:ではその社会とはなんだね?

リッジエル:社会……は、僕にとっては恐ろしいものです、神父。

リッジエル:少し道を外れただけで、殴り、縛りつけ、なじり、罵倒し、個を殺す。

リッジエル:……ああ、僕にとっては社会も、犯罪者と変わらないのかも、しれません……。

ハインスタイン:リッジエルくん。

ハインスタイン:君はその社会に『反抗』をしたいから、こうして私に取材をしにきた。そうではないかね。

ハインスタイン:大物俳優の交通事故のニュースにも気を止めず、元大統領の賄賂問題すらも跳ね除け。

ハインスタイン:『悪趣味で』『暗くて』『誰もしあわせになどならない』

ハインスタイン:たかが『殺人鬼』の話を、なぜ聞こうと思った?

ハインスタイン:リッジエルくん。私は曲がりなりにも『神父』だ。

ハインスタイン:私の話など、いつでも話してやれる。

ハインスタイン:リッジエルくん、『君のことをまず、話してみたまえ』

リッジエル:……訂正します。

リッジエル:あなたは誰よりも神父らしい。僕が話を聞くことはあっても、話を聞いてくれた方などひとりも、いなかった。

リッジエル:……僕はずっと叱責されてきたんです。両親から、教師から、……教会の神父から。

リッジエル:だから、……そうですね、民衆のためは建前です。

リッジエル:順風満帆な人生を送っていたはずのあなたが、どうして社会に反抗しようとしたのかに興味が湧いた、んだと思います。おっしゃる通り。

ハインスタイン:そうか、そうかね、リッジエル。

ハインスタイン:いいんだ、リッジエル、いくらでも吐き出したらいい。

ハインスタイン:この時間は、誰でもない、君の為に存在しているのだから。

ハインスタイン:私の人生も、順風満帆などと言ったものではないのだよ、リッジエル。

リッジエル:……神父……僕のために時間をいただけるなんて……光栄です、神父。

リッジエル:僕は、ただ、普通に生きたいだけなのです。でも、死にかけのバッタを踏み潰してやっても、理不尽な祖父の骨を折っても。母を貶した父を殴っても、怒られるのです。

リッジエル:……僕はただ、ただ、愛されたかった。でも知らなかったんです、人を愛するこれ以外の方法を。

リッジエル:あなたの人生も、順風満帆ではないのですか。

リッジエル:……普通でないと、おっしゃるんですか。

ハインスタイン:リッジエル、リッジエル。ああ、リッジエル。

ハインスタイン:大丈夫、大丈夫だリッジエル。

ハインスタイン:私は、私だけは君を理解できる。

ハインスタイン:『普通』など、どこにあると言うのかね、リッジエル。

ハインスタイン:売れない花屋の娘をめとり、平々凡々な生活を送り、子をなし、週末には現代詩の朗読会に参加することが『普通』かね。

ハインスタイン:痛みを感じたら感じただけ、涙をすることが『普通』なのかね。

ハインスタイン:そんなもの、犬に喰わせてやればよい。

ハインスタイン:リッジエル、君のいう愛は何一つ間違ってなどいない。リッジエル。

リッジエル:……僕は人を愛しても、いいんですね。

ハインスタイン:それが、君の愛なのだろう。リッジエル。

ハインスタイン:苦しみながら生きるくらいなら命を終わらせてやろう。

ハインスタイン:周りに害なす老害がいれば、周りの代わりに成敗してやろう。

ハインスタイン:愛する人を傷つけるものには報復をしてやろう。

ハインスタイン:そこになんの問題がある。

ハインスタイン:太古から生き物はそれを繰り返してきた。

ハインスタイン:いったいそこになんの問題がある、リッジエル。

リッジエル:……だから、あなたは……いえ、あなたも38人……と、1人を……?

ハインスタイン:その孤独な人間が、如何に人を殺そうとも、死刑になろうとも、誰も悲しむものはいない。

ハインスタイン:そうだろう?リッジエル。

リッジエル:……一般論的には。でも、もう少し僕があなたに会うのが早ければ。

リッジエル:僕があなたを愛せたのに。

ハインスタイン:いいんだ、いいんだよリッジエル。

ハインスタイン:何も問題などない。何も悲しむことはない。

ハインスタイン:右の頬を叩かれたら、左の頬を差し出す、ただそれだけの事だ、リッジエル。

ハインスタイン:なにも、なにも問題はないのだよ、リッジエル。

ハインスタイン:君は、これからどうするつもりかね。

リッジエル:ああ……、えっと、もうこんな時間ですね。

リッジエル:僕は、とりあえずあなたのことを記事にまとめます。誰よりも神父らしい神父だったと。

リッジエル:……慈悲深い神のようであったと。

リッジエル:きっと僕のように愛し方を思い出す人がいると思います。

リッジエル:そして……両親に会ってきます。最近帰っていなかったですし。

ハインスタイン:そうか、そうか。

ハインスタイン:わかったよ、リッジエル。

ハインスタイン:私のこれからの時間は、全て君に捧げよう、リッジエル。

ハインスタイン:『また、いつでも来るといい』

ハインスタイン:『なんでも、話そうじゃないか。』

ハインスタイン:最後に、リッジエル、他に聞きたいことはあるかね。

リッジエル:…………!

リッジエル:神父、あなたは『いつでも脱獄できる』と以前、言っていた。『条件さえ揃えば』と。

リッジエル:……何が、何が条件なのですか?

ハインスタイン:ああ、その事かね。

ハインスタイン:もういいのだよ、リッジエル。

ハインスタイン:その『条件』は、すでに揃ったのだから、ね。

リッジエル:……え?

リッジエル:…………なら、僕はまたあなたに会いに行きましょう。

リッジエル:僕もあなたのために、時間を使わせてください、神父。

ハインスタイン:ああ、またいつでも来るといい。

ハインスタイン:『残りの時間を、君と過ごそう。リッジエル。』

ハインスタイン:(間)

ハインスタイン:少しずつ、君の中に私が芽生えていくよ、リッジエル。