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臍帯とカフェイン

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2023.06.30 16:00

協力:銀狼 様

リッジエル:(深呼吸)

リッジエル:そ、それでは本日はよろしくお願いします。

リッジエル:改めまして、私、セントラル新聞社のリッジエルと申します。

リッジエル:取材にあたり、この会話は全て録音させていただきます、ご了承下さい。

ハインスタイン:録音を許可した覚えはないがね?リッジエルくん。

リッジエル:す、すみません

リッジエル:我が社では対面だとこういった取材形式ですので…

リッジエル:記事の中で改竄などを起こさないための配慮とご理解をお願いします。

ハインスタイン:それは君の都合だろう、リッジエルくん。

ハインスタイン:まぁいい。有意義な時間にしようじゃないか。

リッジエル:ふぅ…納得して頂きありがとうございます。

リッジエル:それでは、録音を開始しますね。

リッジエル:………(1拍開けて)では、質問を始めます。

リッジエル:まず確認します、あなたは「ガブリエル・M・ハンスタイン」氏で間違い無いでしょうか?

ハインスタイン:「ハインスタイン」だ。

ハインスタイン:君は、取材対象のことを詳しく調べもせずに、ここまで来たのかね?

ハインスタイン:「リッジエルくん」。

ハインスタイン:非常に不愉快だ。

リッジエル:し、失礼しました!

リッジエル:なにぶんまだ10ヶ月目の新米なもので…

リッジエル:でも人の名前を間違えることは経験が浅いことが言い訳にはなりません、申し訳ないです。

ハインスタイン:まぁいいだろう、話を進めようじゃないか。

リッジエル:寛大なお心、感謝します。

リッジエル:んんっ(咳払い)、では「ハインスタイン」氏、貴方は38人の殺人を為した後、39人目を襲っているところを現行犯逮捕された、これは間違いありませんか?

ハインスタイン:ああ、間違いない。

ハインスタイン:襲っている、という表現は少しチープに感じるがね。

リッジエル:………ご自身でも残虐性についてはご理解があるようで。

リッジエル:では何故、そのようなことを?

リッジエル:現行犯逮捕されるまで貴方に繋がらなかったという事は、そこまで被害者の方々に貴方との接点が無かったのだと我々は認識しています。

リッジエル:38人です。

リッジエル:後手に回ったとはいえ、警察も無能ではありません。

リッジエル:そこまで貴方が浮かばなかった以上犯行自体は計画的でも対象は無差別だったように感じます。

リッジエル:実際のところ、貴方は何故被害者の方々を殺したのでしょう?

ハインスタイン:何故??

ハインスタイン:君が聞きたいのは「私は何故人を殺すのか」かね。

ハインスタイン:それとも「何故その38人と1人を選んだか」なのかね。

ハインスタイン:私は自身を残虐であるとは、1ミリも思わないよ、リッジエルくん。

リッジエル:どちらも、です。

リッジエル:人を殺す、という事は大半の人間が行わないように一般的な行動ではありません。

リッジエル:殺人を起こす者も怨みや怒りに突き動かされた結果というものが圧倒的に多いです。

リッジエル:貴方が殺人を残虐だと感じないのなら尚更、何故人を襲うのか、そして未遂で終わった1人も含め、何故39人も殺そうとしたのか、その真意が私は知りたいと思うのです。

ハインスタイン:一般的、ねえ。

ハインスタイン:君はどうやら脳みそが凝り固まっているようだ。

ハインスタイン:大方、下らぬ俗世の犯罪心理学の著書などを齧り読みした、といった所だね。

ハインスタイン:では逆に聞くが「何故だと思っているのかね??」

リッジエル:……質問したいのは私なのですが…わかりました。

リッジエル:そうですね、あくまで私の考えですが……まず大前提として、貴方は「神父」だ。

リッジエル:きっと様々な人間の告解や懺悔を聞いてきた事でしょう。

リッジエル:であるならば、ある意味で誰よりも表にできない人の醜さというのを見て、

リッジエル:聞いて、感じてきたのではないか。

リッジエル:そして、そのような殺人の嗜好に感化されたのか、あるいは人間に対する潔癖が昂じたのかはわかりませんが、無差別な殺人へと及んだ。

リッジエル:そのようなこともありうるのではないかと思いました。

リッジエル:さぁ、私の考えは述べました。

リッジエル:貴方の中の真相をお聞かせ願います。

ハインスタイン:同じ種類の生き物を殺さないのは、人間だけ。

リッジエル:…………それが、何か?

リッジエル:まさか、自分は違う生き物だと、暗に言っているのでしょうか?

ハインスタイン:(嘲笑う)

ハインスタイン:いいや?私も紛うことなき人間だよ。リッジエルくん。

リッジエル:それでは、私にこう返して欲しいのでしょうか?

リッジエル:「それは違うと、歴史が証明している」、と

ハインスタイン:戦争などと言う低俗なものとは一緒にしないでくれたまえよ。リッジエルくん。

ハインスタイン:ライオンも、牛も、トムソンガゼルも、あの可愛らしいハムスターでさえ。

ハインスタイン:たかだか自身の縄張りを護るというファクターの為に命を張る。命をそこにかける。

ハインスタイン:生存戦略のために、本来生き物とは淘汰しあい、命の研鑽を続けてきた。

ハインスタイン:ではリッジエルくん。「何故、人は人を殺してはならないのかね?」

リッジエル:………人は、社会的な生き物です。

リッジエル:社会を回すためには個が必要となります。

リッジエル:であれば、いたずらにその個を減らすようなことをしてはならない、という倫理観が働きます。

リッジエル:また、殺人が当たり前になれば平穏が失われます。

リッジエル:生存戦略のために、とは命を脅かされるものを遠ざける、あるいは安心して繁殖を行える安息を得るためです。

リッジエル:一度得た平穏を失うのが怖いと思うのは当然ではないですか?

ハインスタイン:つまり「社会」があるから、人を殺してはならない、と?

ハインスタイン:では君は「隣人」に命を脅かされたことがないと?

ハインスタイン:殺す意思がなかったとしても人は日々死に、誰かを殺しているだろう。

ハインスタイン:SNSでの誹謗中傷は誰かを殺さないのかね?

ハインスタイン:君がここに来るまでに使った車は年間いったい何人を殺している?

ハインスタイン:その君がいう「社会」というものに、どれほどの「平穏」がそもそもあるというのかね?

リッジエル:…隣人に命を狙われる経験はないですね…。

リッジエル:確かに心ない言葉に人は傷つけられ、時には死ぬ事はあります。

リッジエル:運転手や、時には被害者の不注意で死ぬこともあります。

リッジエル:でもそこに「殺してやろう」という明確な意思はありません。

リッジエル:そこに意思が伴った時、身の回りが危険地帯に変わるのではないでしょうか?

リッジエル:……と、この辺りでいいでしょう?

リッジエル:私は、貴方の考えを聞きにきたんです。

リッジエル:自分から明らかにするという意思はないと、そう受け取れという事でしょうか?

ハインスタイン:君は何かを勘違いしているね。

ハインスタイン:君は私が「猟奇的」に38人を殺したと思っている。

ハインスタイン:だから「襲う」という単語も出てきた。

ハインスタイン:そうだろう、リッジエルくん。

ハインスタイン:君はいったいどの立場から、そこにいるのかね?

ハインスタイン:君は私から「情報」をひきだしにきたのか?

ハインスタイン:それとも「スクープ」を引き出しにきたのか?

ハインスタイン:はたまた「思想」を引き出しにきたのか。

ハインスタイン:どちらにせよ、リッジエルくん。

ハインスタイン:君が、こちらのステージに来ない限り、「対話」など出来やしないのだよ。

ハインスタイン:……少し君にわかり易く話を噛み砕いてあげよう、リッジエルくん。

ハインスタイン:「殺してやろう」という明確な意思はなかった、では、その被害者は?遺された遺族は?

ハインスタイン:故意的ではない殺人を冒した、その、容疑者に「殺意」は感じないのかね?

リッジエル:それはっ…

リッジエル:感じる…でしょうね…

リッジエル:しかしそれをまかり通さないために法があり、罰がある。

リッジエル:したことの責任を取る、それを是とするからこそ貴方もここにいるのでしょう?

ハインスタイン:(囁くように)

ハインスタイン:それは違うな、リッジエルくん。

ハインスタイン:ではその法とはなにかね?その罰とはなにかね?

ハインスタイン:それも「社会」であると人は言う。

ハインスタイン:ではそもそもとして「社会」が人間にしか存在しないと誰が決めた?

ハインスタイン:蟻にも社会はある、ライオンにも社会はある。

ハインスタイン:君が家で飼っているかもしれないヨークシャーテリアにも社会はある。

ハインスタイン:「誰が」「何の権利を持って」「誰を」「裁く」のかね?

ハインスタイン:私は先日「死刑」を宣告された。

ハインスタイン:それは君たちがいうところの「殺意」だ。

ハインスタイン:「社会からの殺意」だ。

ハインスタイン:(リッジエルの瞳を捉えながら)

ハインスタイン:「そこに一体、なんの差がある」

ハインスタイン:「君たちのいう社会も、人を殺している」

ハインスタイン:秩序?安寧?責任?

ハインスタイン:死を持って、死に対する責任を取れと?

ハインスタイン:矛盾していると思わないかね、リッジエルくん。

リッジエル:それは……

リッジエル:(瞳を見つめ返して)

リッジエル:確かに矛盾しているかもしれません。

リッジエル:だからといって、それが殺人を肯定する理由にもなりません。

リッジエル:死を持って死に対する責任を取る、確かにそれは歪なのかもしれない。

リッジエル:でも一度死んでしまった以上、生き返らせる事はできない。

リッジエル:だからこそ、既に人を殺し、野放しにしていてはまだ殺すかもしれないものを終わらせる。

リッジエル:あぁ、そうです。

リッジエル:先ほど貴方が言ったように、生存戦略、とでも言いましょうか?

リッジエル:社会の自己免疫機能として、危険であると判断した者を殺すんです。

リッジエル:殺意を向けたぶんの殺意を、その身で受け止めろ、そういう事でしょう?

リッジエル:だからこそ1人なら余程ひどくない限り死刑が下る事は少なく、人数が増えるに従って死刑が言い渡される確率が上がるんです。

ハインスタイン:そこだよ、リッジエルくん。

ハインスタイン:では更に問おう。

ハインスタイン:私が殺した被害者たちは、一体どんな人間たちであったかを。

ハインスタイン:最初の被害者のニコルソンは、ペドフィリアで、

ハインスタイン:強姦を繰り返していたことはもちろん予習してきているだろうね?

リッジエル:ニコルソン氏の死後、捜査によって今まで女児強姦の罪を犯し、

リッジエル:それを隠蔽していたことが発覚した、というのは聞き及んでいます。

ハインスタイン:私の教会には、エマという可愛らしい女の子が毎週ミサに来てくれていてね。

ハインスタイン:ミサが終わると毎回配るクッキーを目当てに、というなんとも子供じみた理由ではあったが、欠かさず祈りにきた「とてもいいこ」だった。

リッジエル:……………。

ハインスタイン:想像は容易だろう?リッジエルくん。

リッジエル:まさか…その、エマさんが…?

ハインスタイン:強姦の罪が、どれほどの刑になるか、君は知っているかね?

リッジエル:………はい、死罪にはならず、懲役刑であることがほとんどです。

リッジエル:それに対して、被害者は心に大きな傷を持つことになり、最悪死を選ぶことも…。

ハインスタイン:では、それを「社会」はどう責任を取る、取らせるのかね?リッジエルくん。

リッジエル:………発覚しない限り、罪には問えないでしょうね…

リッジエル:では、貴方は自分が社会が見逃した悪への免疫機能だと、そう言うのですか?

ハインスタイン:そんな大層なものではないよ。

ハインスタイン:ただ、そこになんの違いがあるのか?世俗的な意見ではなく、リッジエルくん、君の意見を聞かせてくれたまえ。

リッジエル:それは…結果的には、そうなっている部分も認めざるを得ない…と、思います…

リッジエル:何も悪いことをしていない「いいこ」がひどい目に遭う、ということは、看過できない事態ですし、付き合いが深いだけ、その思いは強くなると思いますから…

ハインスタイン:そう、その通りだ。

ハインスタイン:一つ、答えを君に渡すのであれば。

ハインスタイン:リッジエルくん。

ハインスタイン:私は「人間を愛してやまない」のだよ。

リッジエル:愛して…?

ハインスタイン:そうだ。「愛して」いる。

リッジエル:でも、それは身近な人間を、でしょう?

リッジエル:「人間を」なんて、そんな広い解釈なら殺せるわけが…

ハインスタイン:殺せるわけが無い。

ハインスタイン:しかし現に私は38人を殺した。

リッジエル:はい、その理由が、聞きたいんです。

リッジエル:愛しているなら尚更、相手が罪人であれそんな人数を殺した、その理由が。

ハインスタイン:「貴方のおかげです、神父」

ハインスタイン:「あなたが奴を殺してくれたおかげで」

ハインスタイン:「私は」

ハインスタイン:「私たちは」

ハインスタイン:「救われました」

ハインスタイン:「報われました」

ハインスタイン:私が殺した以上に。

ハインスタイン:その38人と1人を。

ハインスタイン:憎むべき人間は多く存在し。

ハインスタイン:そして、誰しもが殺意を抱き。

ハインスタイン:誰しもが神の裁きを待った。

ハインスタイン:社会などという目に見えぬ枷に。

ハインスタイン:秩序などという犬の糞に。

ハインスタイン:縋る(すがる)こともできぬまま。

ハインスタイン:リッジエルくん、君のことすらも。

ハインスタイン:私は愛しく思っているよ。

ハインスタイン:私は、「人間」を愛している。

ハインスタイン:だからだよ、リッジエルくん。

ハインスタイン:「愛」故に。

ハインスタイン:ただそれだけのことだ。

ハインスタイン:君が書いた記事を何度も読ませて貰った。

ハインスタイン:君が書いた言葉は愛に満ち溢れ。

ハインスタイン:正義に満ち溢れ。

ハインスタイン:そして多くの人間を救い、

ハインスタイン:そしてそれ以上に多くの人間を人生の谷底に、

ハインスタイン:突き落とした。

ハインスタイン:そこに社会などない。

ハインスタイン:そこに秩序などない。

ハインスタイン:ただただ君は己の正義のために

ハインスタイン:ただ愛のために記事を書き上げた。

ハインスタイン:それを朝刊の一面に載せ!!

ハインスタイン:何人もの!!

ハインスタイン:何人もの迷える人間を!!

ハインスタイン:谷底に突き落とした!!

ハインスタイン:これを愛と呼ばずにして!!

ハインスタイン:なんと呼ぶ!?

ハインスタイン:リッジエル!!

ハインスタイン:リッジエルリッジエルリッジエル!!

ハインスタイン:気づいているだろう、わかっているだろう、なあリッジエル!!!

ハインスタイン:本質の部分で!!

ハインスタイン:私も君も差などない!!!

ハインスタイン:なあ、リッジエル。

ハインスタイン:それをわかっていて君は。

ハインスタイン:私の元に来ただろう。

ハインスタイン:自身の株を上げるためのスクープが欲しいのなら!!

ハインスタイン:何も私でなくてもよかった!!

ハインスタイン:あの大物政治家のケツにディルドをぶち込む美人秘書の写真を撮ればいい!!

ハインスタイン:隣国の人種差別運動から始まる暴動を飯の種にすればいい!!!

ハインスタイン:リッジエルリッジエルリッジエル!!!!

ハインスタイン:君が知りたいのは取材のためではない。

ハインスタイン:君が広めたいのは、スクープではない。

ハインスタイン:その、ニヤけた顔はなんだね?

ハインスタイン:リッジエル。

リッジエル:ニヤけて…なんて…

リッジエル:(自分の頬を触る)

リッジエル:そんな……どうして私…?

リッジエル:違う、違う違う違う!

リッジエル:私は!

リッジエル:貴方とは…!

ハインスタイン:くくく……はっはっは……

ハインスタイン:はっはっは!!!!

ハインスタイン:(高らかに笑う)

ハインスタイン:リッジエル、愛など誰にでもある。

ハインスタイン:正義など誰にでもある。

ハインスタイン:その裏に、ただ、あるだけなのだよ、殺意というものは。

ハインスタイン:いつでも、簡単に、裏返る。

ハインスタイン:「それ」が、色濃く存在する君が。

ハインスタイン:「私と違う、なんて事があるはずがないだろう?」

ハインスタイン:なあ、リッジエル。

リッジエル:誰に…でも…?

リッジエル:そうか…誰にでも、「これ」はあるのか…

リッジエル:…………ありがとうございます、神父。

リッジエル:おかげでいい記事が書けそうです。

ハインスタイン:記事だけで、「足りる」かね。

リッジエル:さぁ、とりあえず、書いてみないことには。

リッジエル:まあ、もしそれで「足りなかった」時は。

リッジエル:……あなたが守ろうとしたものを、志を、私なりのやり方で継いでいくだけですよ。

ハインスタイン:……ふ……ふふ……ふはは。

ハインスタイン:そうかね、では「君は」「そのやり方で証明してみたまえ。」

ハインスタイン:……最後に、聞きたいことはあるかね?

リッジエル:そうですね…

リッジエル:ああ、そうだ。

リッジエル:あなたが言っていた、「いつでも脱獄できる」という言葉。

リッジエル:あれって結局、どういうことだったんですか?

ハインスタイン:ああ……その事かね。

ハインスタイン:もう「終わった」よ。リッジエル。

リッジエル:?

リッジエル:まあいいです。

リッジエル:本日はありがとうございました。

リッジエル:もう会うことはないでしょうが、最後のその時までお元気で。

ハインスタイン:(リッジエルが部屋を出る間際に、ぼそりと呟くように)

ハインスタイン:「そこに、私はもう、いるだろう?」

ハインスタイン:「リッジエル。」