ウズベキスタンの旅㉓ さよならサマルカンド 2023.07.04 15:10 翌朝、8時を過ぎてもゲストハウス「フルカット」は静まり返っていて誰も起きてはこなかった。皆、遅くまで起きていたんだろう・・・。朝食をもらえるということだが、どうしたもんだろうか。 すっかり支度も済ませていたので、朝の屋上テラスで朝陽に照らされたサマルカンドの街を見ながら一服し、私は残す遺跡を一つ観に出かけることにした。ガイドブックによると年中無休で、朝も8時から開いているとのことだった。 通りにも誰もおらず、公園の鳥の鳴き声がただ爽やかな朝に響き渡っている。まだ、ガイドブックに載っているような場所しか訪れていない。僅か二泊しかしないことが実にもったいない都市だ、と思う。路地とか、観光客の行かない庶民の街をもっと見てみたいと思った。このゲストハウスにも、心も体もフラットな状態、疲れていない状態で、もう少し滞在できればきっともっと良いコミュニケーションが取れたんだろうな。お土産屋通りを行き、中央アジア最大級というモスク、「ビビハニム・モスク」へと向かう。 かつてイスラームの世界で最大規模を誇ったというモスク。サッカー場がすっぽり入る敷地に、巨大なモスクが対を成すように2つ建っている。インド遠征から凱旋したという、ティムール王が、王妃のために建てたとか・・・。外観が修復された遺跡なので中は廃墟であったが、それが廃墟好きの私には雰囲気が感じられて良かった。散歩も兼ねて十分、遺跡を見て回り、一応の「チェックアウト時間」の前に宿に戻る。するとオーナーの姿が中庭にあった。「すまんね、まだみんな寝ているんだ。朝食は昨日の残りで良ければホールに用意してある。食べていってくれ。」 ホールへ案内されると、ほぼ昨日のまま、様々な料理が残されていて、オーナーが暖かいお茶を用意してくれた。私はパンやハムやチョコを頂き、移動中にでも食べようとりんごを一つポケットに入れさせてもらった。 いざ、チェックアウト。オーナーはようやく私のパスポートのコピーをし、ウズベキスタンでは宿泊施設に義務化されているという宿泊者登録をした。ネットから支払いをすでに済ませているとはいえ、信頼されていたもんだ。「朝食は食べられたか?」「はい、たくさんいただきました」「あんなのですまないね。みんな寝ていてね。そうだ、りんごやフルーツがあったろう。持っていきなさい。」 そう言うとオーナーはホールへ戻り、りんごと洋梨を持って戻ってきた。私はすでにりんごをひとつポケットにひとつもらっていて、さらにもらうのは気が引けたが好意としていただくことにした。 今日はサマルカンド駅から、シルクロード交易時代の面影を残すという古都「ブハラ」へと電車移動する。サマルカンド駅発は12時過ぎなので、ここを遅くても11時にはタクシーを捕まえて乗れば十分間に合う。私は残されたサマルカンドの時間をレギスタン広場で過ごすことにした。 さっそく頂いたりんごをかじる。バックパッカーをしていて、そこらの市場で適当に仕入れて移動中に食べる果物はごちそうだ。「旅をしている感」が直接感じることができる。おそらく、テレビで見てきた、私にとっての「旅人像」は、そこらで仕入れたりんごをまるごとかぶりつくような無骨さがあったのだ。 元旦だが10時を回っているので、観光客も増えてきた。私は広場を見下ろせる階段に腰を下ろし、りんごをかじりながら無心にふけっていた。ここに来るために「この旅」を計画した。そして、今、ここに来て、まもなく去ろうとしている。旅の通過点でもあり、それはまた人生の通過点でもあった。どんな嫌なことも、どんな良いことも、リアルタイムでそれを感じることができるのは、思い返せば一瞬で、あっという間に過ぎていく。人生とは「そういうものだ」と、様々なライフステージの自分が「そういうもの」をつくりあげてきた。この旅もそうだった。気付けば思い返さねばならない時がやってきている。でも、きっと、この街へはまた来るだろう。いや、来るだろうか。来ないかもしれない。どちらにしても見納めだ。そして、目的達成だ。次の街へ行こう。たぶん私は、なかなか腰を上げて動くことができず、次の行動を起こすために納得する考えをただ探っていたのだ。タクシーアプリを開き、サマルカンド駅を設定すると、安く、すぐに来てくれるタクシーが見つかった。やってきたのはボロボロの軽自動車だった。日本でも20年以上前の車だ。私のバックパックでさえ窮屈そうに座るほどの狭さの車。これぞバックパッカーの醍醐味と言わんばかりに私は嬉しくなり、レギスタン広場にさよならを告げて、サマルカンド駅と向かった。