遡及施行? <追記1><追記2>
以前このブログで取り上げた岩手県大槌町の条例規則の未公布問題について、下記の記事により「条例、規則の公布手続きの不備に関する 大槌町職員の不祥事に係る第三者委員会」の答申書がHPにアップされていることを知った。
まだ資料まで目を通していないが、答申書だけはザーッと斜め読みしたので、感想を述べる。
この答申書には、「当初の施行予定日に遡及し て施行させることにより、問題を解消することが可能である」とあるが、疑問だ。
過去の事実は、変えられない。条例規則の公布という事実があってはじめて施行できるのであって(地方自治法第16条第3項・第5項)、条例規則の公布という事実がない時点に遡って施行することは、不可能であり、条例規則を住民に知らせるという公布(地方自治法第16条第2項本文・第5項)の趣旨を没却するからだ。
例えば、国税通則法(昭和三十七年法律第六十六号)は、附則第1条で「この法律は、昭和三十七年四月一日から施行する。」と定 められているのに、実際にこの法律が成立し公布されたのは昭和37年4月2日だった。国会が紛糾してこの法律の法案の 審議が遅れたために成立・公布が4月2日になってしまったわけだ。
法律が公布されていないのに施行することは不可能だから、施行は過去に遡ることができないが、適用は
過去に遡ることができることから、国税通則法附則第1条の「この法律は、昭和三十七年四月一日から施行する。」という
規定は、「この法律は、昭和37年4月2日から施行し、同年4月1日から適用する。」と変更解釈されており(田島信威著
『最新法令用語の基礎知識【三訂版】』(ぎょうせい)481頁より)、昭和37年4月1日に遡って施行されていない。
答申書は、遡及施行が許されるとするのだが、残念ながら、その根拠については触れずに、遡及適用の問題に論点をすり替えている。
<追記1>
公布がなされていない以上、当該条例規則は無効であり、当該条例に基づいて行われた処分等も無効になるのが原則だ。したがって、実際に公布がなされた日よりも前に行われた処分等については、すべて巻き戻してやり直すべきだ。
しかし、これは大変だ。何か方法がないかとずっと考えていたのだが、施行を公布が行われていない時点に遡らせることはできないが、公布自体を遡らせることができれば、施行も適用も遡らせることができる(公布自体を遡らせた場合、遡及適用に関する理論は、当てはまらないが、予測可能性を奪わぬように一定の要件を充す必要がある点はなんら変わりがない。)。
人の死亡についてすら、「失踪の宣告を受けた者はその危難が去った時に、死亡したものとみなす」とされているのだから(民法第31条)、当初公布が予定されていた日に公布が行われたものとみなす旨の新たな条例を制定すれば、公布自体を遡らせることができるのではなかろうか。
ただ、このような条例は、公布すべしと定める地方自治法第16条第2項本文・第5項の脱法行為との誹りを免れないが、法的安定性を確保すべく、緊急事態に対処するためのやむを得ない特例措置として、例外的に許される余地があるのではなかろうか。裁判になった場合に、はたしてこの理屈が裁判所に通じるかどうかは、甚だ自信がないが。
<追記2>
放送局の記事は、しばらくすると削除される傾向にあるので、備忘録としてスクショを貼らせていただく。問題があれば、直ちにスクショを削除する。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/morioka/20230706/6040018201.html
cf.地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)
第十六条 普通地方公共団体の議会の議長は、条例の制定又は改廃の議決があつたときは、その日から三日以内にこれを当該普通地方公共団体の長に送付しなければならない。
② 普通地方公共団体の長は、前項の規定により条例の送付を受けた場合は、その日から二十日以内にこれを公布しなければならない。ただし、再議その他の措置を講じた場合は、この限りでない。
③ 条例は、条例に特別の定があるものを除く外、公布の日から起算して十日を経過した日から、これを施行する。
④ 当該普通地方公共団体の長の署名、施行期日の特例その他条例の公布に関し必要な事項は、条例でこれを定めなければならない。
⑤ 前二項の規定は、普通地方公共団体の規則並びにその機関の定める規則及びその他の規程で公表を要するものにこれを準用する。但し、法令又は条例に特別の定があるときは、この限りでない。