『臭いものには蓋をする』を曼荼羅アートで描いてみた
こんにちは。
先日、アートセラピーを学んでいた時の友達に4年振りに会いました☆
↑↑↑わたしがアートセラピーを学んだところ( •̀ᄇ• ́)ﻭ✧
2012年の夏から学び始めて、ファシリテーターコースというプロのアートワークセラピスト養成講座にも通いました!
・・・余談ですが、明日明後日と久しぶりに東京に遊びに行って、ファシリテーターコースの仲間とひたすらアートするというワークショップ(非公開♡)をする予定♪
楽しみ楽しみ!
ちなみに、いつもより大きいサイズのオリジナル曼荼羅アートを描く予定にしています(*´ο`*)
ううー、イメージしただけでときめきがすごい♡
あ、そうだ!
Facebookでリクエストしてもらったので、このワークショップのときに、わたしがオリジナル曼荼羅アートを描いてる動画とか写真を撮ってもらう予定にしてますw
そしたら もれなくここでご紹介しますね☆
こちらも良ければお楽しみにー\(^o^)/🖊✨
では本題に戻ります!
その友達といろんな話をした中で、わたしの印象に残ったことを一言にまとめると「臭いものには蓋をする」ということでした。
その時にも話したのですが、わたし、学生の時からずっと、「臭いものに蓋をしない」友達(別の友達です)に憧れていたんです。
でも、当時もわたしはあの子にはなれなかった。そして、今もなれていない。
憧れの残滓だけが、今も心の中にあるというかんじ。
わたしは、できれば「臭いものには蓋」をして生きていきたい(生きていきたかった)タイプの人間なんだ、と改めて気づいたというか、現実を突きつけられたというか・・・
そう、いうなれば、まさに『わたしが直視したくなかった「臭いもの」を目の前に突きつけられた』ような気持ちになりました。
嫌いな自分、見たくなかった自分。
自分のことしか考えられない自分。
「臭いものには蓋をする」自分。
こういうことを、そつなくこなして、なかったことにしたい自分。
そんなわたしを、曼荼羅アートで表してみたくなり、出来上がったのがこのアートなんです。
タイトルは『ベツレヘムの星』。
絶対に見たくないものを描いたのに、こんなにもピュアな輝きが現れました。
毎度のことですが、自分で描いておいてびっくりします。
見たくない自分は、なんと『光』でした。
光は闇で出来ている。
そして、闇が深いほど光は強い。
ということは・・・
「輝きの成分」って、臭いものであり、見て見ぬふりしたくなるものであり、過去の自分が不純物を混ぜて濁らせたり、やたらと飾ったり取り繕ったりして、闇へと葬ってしまったものなのかもしれない。。。
しかも、ベツレヘムの星って!
キリスト(救世主)が生まれることを知らせ、導く星なんですけど・・・
ああ、でも、もしかしたら。
わたしがオリジナル曼荼羅アートを描く理由って、こういうことでもあるのかもしれない。
この記事にも書いたことなのですが、わたしの描く曼荼羅アートには、【その人の本質】が現れています。
【その人の本質】って、その人自身を導く【ベツレヘムの星】でもあるんだな、と。
そして、【本質】を見失って、自分のことも見失って、どうしたらいいのか分からなくなって、周りに自分の価値を求めて・・・という、めちゃくちゃ苦しいサイクルに足を踏み入れてしまう人、既に踏み入れてしまった人が、自分を思い出すきっかけに、曼荼羅アートがなれたら。
それは、至福だなと思いました(*´ο`*)
見たくない見たくないと思っているものほど、本当は見たいもの。
知りたくない知りたくないと思っていることほど、本当は知りたいもの。
欲しくない欲しくないと思っているものほど、本当は欲しいもの。
だったら、素直に見たいものを見て、知りたいことを知って、欲しいものを手に入れて生きていけばいい。
そのために、曼荼羅アートを活用してくださるなら、本当に本当に嬉しいです!!!
全ての人が、「わたしに生まれてよかった!わたしがわたしでよかった!」と心から思える世界。
そんな、感謝のあふれる世界への橋渡しを、わたしはこれからもしていきたいと思います^^*
おしまい。