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シーズーと一緒に映画

シーとマリア

2018.07.15 22:12



クロエオードパルファムの香りとともに



白っぽい街灯の明かりが、足下を照らしています。

頭が少し痛み出して来ました。

まだ吐き気はありませんが、なんだか真っ直ぐ歩けません。

すれ違う人たちの視線が、怪訝そうです。


少し飲み過ぎたかな


仙台の繁華街の稲荷小路の通りを、よたよたよろけながら歩いていました。

タクシーが拾える国分町の通りまで、もう少しあります。

額から汗が滲み出て来ました。

ハーフパンツのポケットから、ハンカチを出そうとしましたがありません。

ダミエ柄のLOUIS VUITTONのショルダーバッグの中も探しましたが、見当たりません。


お店に忘れて来たかな?


すると、ちょうど私の立ち止まっていたすぐ傍の古い建物から、トントントンという階段を下りるサンダルらしい足音が聞こえて来ました。

入り口から、1人の女性が現れました。

黒いキャスケットを被った彼女は、一瞬、驚いたような顔をしましたが、すぐにうつむいて、脇をすり抜けて行きました。


あれ?


彼女の顔に、見覚えがありました。

記憶にあるクロエオードパルファムの香りが、漂っています。


彼女の出て来た建物の入り口には、赤い絨毯が敷かれ、白い看板に赤い文字で「プレイガール」と書かれていました。


まさか


やはり、ソープランドのお店です。

私は、濃い青色のカットソーにデニムのスリムな後姿を、信じられない思いで見つめていました。

すぐに、十字路を左折して、幻のような後姿は、繁華街に紛れ、消えてしまいました。

追いかけようかと思いましたが、足が動きません。

まだ、クロエオードパルファムの香りが、漂っていました。



次の日曜日は、初夏にしては、爽やかな朝でした。

太陽が高くなると、夏の日差しがアスファルトを焼いて、犬の肉球では耐えられません。

夏の間は、朝か夕方、もしくは夜に散歩することにしていました。


シー行くよ


リードを手にする前から、シーは玄関の広間を、はしゃぎ回っています。


玄関から、公道に沿った垣根付き歩道に出ました。

シーは、さっそく垣根の下に顔を潜り込ませて、匂いを嗅いでいます。

朝が早いこともあって、公道を通る車もありません。

ゆっくり、シーの好きなようにさせながら、意識はある家に向かっていました。

ここからすぐの洋風造りの建物…

先日まで、庭にノースポールの小さな白い花たちが、少女のように可憐に咲いていた家…


垣根に沿って歩いて行くと、途中、鮮やかな紫色の松葉菊が、沿うように咲いていました。

シーは、松葉菊の中に入って、花の香りを楽しむかのように、クンクン匂いを嗅ぎ始めました。


やがて、ベージュ色の壁の洋風造りの建物が、見えて来ました。

しかし、歩道に面した木製の庭柵の中には、何本もの枯れたノースポールの茎が、ミイラのように無言のまま放置されていました。


まだ朝早いので、家はひっそりとしています。

まだ寝ているのかもしれません。

先日の深夜、繁華街に消えて行った彼女の後姿が、蜃気楼のように浮かんで来ました。

シーは、少しハアハア言いながら、東の空にベガ(織姫星)が輝いていたあの夜と同じように、腹ばいになって休んでしまいました。

私は、そのまま佇んで、しばらく蒼い玄関扉を見つめていました。



原民喜は、広島の原爆の惨状を「夏の花」で描きました。

しかし、45歳の時に、自ら冷たい線路に横たわり、列車に跳ねられました。

そんな彼の一生を、無機質な文字から確認して行くと、若くして病死した妻と結婚する以前に、本牧の女性と、相当の身請け金を出して同棲していたことが、記されてありました。

しかも、女性は半月も経たないうちに逃げて、彼はカルモチン自殺を図っていました。


何のために女を、身請けしたのだろう


彼の姉のツルが、死の床にあった時、彼女から聖書の話しを聞き「生まれ変わるような衝撃」を受け、聖書を形見として受け取ったとあります。


彼は、女を助けるつもりで、身請けしたのか?

しかし、すぐに逃げられてる

とんだマグダラのマリアだったのか



どのくらい佇んでいたのかはわかりません。

気がつくと、シーは構えるように、蒼い玄関扉に向かって、吠えていました。


シーだめ


とっさにしゃがみ込んで、シーの口を手で塞ごうとしましたが、体をかわしてなおも吠え続けます。

シーが吠えることは、滅多にありません。

何か理由があるはずです。


すると、蒼い玄関扉が半分だけ開きました。

あのショートカットの彼女が、セルロイド製のメガネをかけて、扉の隙間から顔を覗かせました。

そして、シーを認めるなり、パッと明るい表情に変わりました。


あら

シーちゃん


彼女は、すぐに玄関を出て、3段ほどの木製の階段を下りて来ました。

しゃがみ込んで、喜びに満ちてめい一杯しっぽを振っているシーの頭を、優しく撫でました。


白いノースリーブにデニムの半ズボン。

やはり、耳には白い花形のVan Cleefのピアス、そして首にも白い花形のVan Cleefのペンダント…


とても美しい


ようやく私に気づいてくれたのか、彼女は、屈託ない笑顔を向けてくれました。


おはようございます


クロエオードパルファムの香りが、ほのかに漂って来ました。