第21回 戦争児童文学のタネ
戦争児童文学のタネ
戦争体験がなければ反戦文学は書けないのか、といえば、そんなことはありません。
殺人の経験がなければ推理小説も書けないことになるからです。
要は取材力なのです。「生きた取材」ができれば、反戦文学も書くことができるということです。それは小説も児童文学も同じで、いかにストーリーにリアリティーを感じさせることができるか……ということに他なりません。
千葉にお住まいの高須健之さんは中学時代に敗戦から6年を迎えていました。当時、高須さんは休み時間に卓球をするために中学校の塀を乗り越えた所にあった倉庫で卓球をしていたといいます。
そして、10日ぐらい過ぎた後に、剥き出した壁が1ケ所、黒くなっていることに気づきました。はじめは汚れかと思い、仲間とよく見ると、人間の形に見えることがわかったのです。以下はその体験のエッセイから――
しかし、僕は確信した。ここは、焼け跡なんだ。人の焼け死んだ、油の染み込んだ跡に違いないと思った。
高さは床下から、1メートルぐらいある。左の丸いのはおそらく、頭であろう。右に少し下がって小さい丸がある。これも頭であろう、それを抱える様に手のような跡がある。それを見て、母が子を抱きかかえながら、焼け死んだ油の染み込んだ跡だと思った。
「焼け死んだ母と子」 高須健之
その場所は当時、やっちゃ場(青物市場)といわれていて、現在は江戸博物館になっています。高須さんには――黒い焼け跡が衝撃的でした。昭和20年3月10日の東京大空襲。墨田区の本所あたりは焼夷弾に焼きつくされた場所でした。火の粉をさけようとした母親が、我が子を抱いて逃げ惑ったのではないか……と、高須さんは感じました。
こうした想像力が物語の構成を考えるうえで重要なキーワードになるのです。
母と子が、なぜここに逃げてきたのかを類推し、膨らませていくことが創作です。
高須さんは、黒い焼け跡の前にひざまずいて「僕は今、生きています」「ごめんなさい」と手を合わせたそうです。このような生々しい体験は自分の胸の中に閉じ込めてしまうのではなく、後世に伝えるべきと考えます。
主人公の視点を小学生とすることで、反戦児童文学としての素材となります。また、主人公の年齢を、焼け死んだ子どもと同じぐらいに設定しても良いでしょう。自分の母が生きていることに対する自責の念を感じ、葛藤も描けます。生き別れとなって探し続けていたという兄妹設定も可能です。作者が思い描いた構想、主題、内容を決めていくことです。
浜尾
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