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調べ(tone)の文化

2023.07.08 07:50

https://minamiyoko3734.amebaownd.com/posts/32477689/ 【言葉とは何ぞ哉?:言葉と音楽:五大にみな響きあり:初めに言葉(ロゴス)ありき】


Facebook 阿波宇多雄さんからシェアさせていただきました。

拙稿の一部です。ご笑覧を。

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そして響きの海へ

『月の裏側』という著書のなかで、「日本文化は調べ(tone)の文化である」といみじくも指摘したのは、フランスの文化人類学者のレヴィ=ストロースでした。

かれは、数回来日して神武天皇の古里などを隅々まで歩き、そこで実際に、ある神霊の声を聴き、日本には西洋人の見えない世界が生きていることを発見しました。「知性の世界」にいる西洋からは見えない「調べの世界」が日本に息づいていることを発見して、ストロースは非常に驚いたのでした。「月の裏側」は、地球からは見えないけれども、表と対をなすものとしてやはり実在していたのです。  

 欧米を論理の文化、神学の文化とすれば、わが国はそれと対照的な調べの文化、響きの文化といってよいでしょう。私どもは、自由主義やバルト神学といった一貫性のある体系的な論理や神学によって説得されることよりも、天地(あめつち)に生り成りて鳴る「響き」の心地よさを味わって物事の良しあしを判断することを好んでいます。体感して「腑に落ちる」身体感覚を重視しているのです。

わが国は、和歌、俳句、謡曲、詩吟、カラオケといった多様な響きを発展させてきましたし、浮世絵や漫画、絵文字、アニメも調べの文化の延長上にあります。それは、日本語の倍音豊かな母音の響きがもたらす右脳と左脳の精妙なバランスによって磨き上げられてきたものと多くの脳生理学者は指摘しています。

 この響き(resonance)の文化を、ひとつの思想に体系化したのは、ほかならぬ真言密教の空海でした。空海は、宇宙を構成する地、水、火、風、空の五大要素は、すべて響きを発している、「五大みな響きあり」と説きました(『声字実相義』)。

これは驚くべき発見です。思弁の得意なインド人のシャカが、「因果の無限連鎖」ととらえた実相を、日本人の空海は、身体感覚で感じとる「響きの無限連鎖」におきかえたのです。マントラと想念の響きを伝えることを通じて、身体と宇宙の因果を調えようとしたのです。真言密教は、池に波紋が広がるように宇宙の海に調和のとれた響きの波紋を伝えようとする、まさに「響きの宗教」といってよいものです。

最近の素粒子物理学では、物質は五次元ないし十一次元の膜に存在の根を持つ極微なヒモの振動体であるというヒモ理論が登場してきています。電子、原子も分子、細胞もすべてヒモの波動体であるというのです。とするなら、「五大みな響きあり」という空海の説は、そろそろ「五大みな響きなり」と修正してよいのではないでしょうか。天地を構成する地、水、火、風、空は、響きの事(こと)タマとして生り、成り、鳴っているのですから。

 いうまでもなく、事タマや言タマだけでなく、形も数も想念も響きの波動体であり、意識体(タマ)であります。三角、四角、丸とそれらの組み合わせのカタチから発する響きはカタタマと呼ばれ、1から9までの数とその組み合わせが出す波動はカズタマと呼ばれています。愛や憎しみなどの想念は、瞬時に地球の裏まで飛んでいくオモイタマであることは、水の氷結結晶の国際実験からも裏付けられています。

 わが国の「和」の国体物語は、このようにコトタマとカタタマ、オモイタマなど多重のタマの響き合わせを通じて、近代論理とイデオロギーによって乱された世界の波動を調えていくことを目的としています。中東における諸宗教の対立と戦乱がもたらしている地球の波動の乱れ、中共の国内圧制と民族弾圧が招いている波動のゆがみを、ヤマト心は響きあう言葉と想念と祈りを持って調え、雄々しき行動でもって整えていくことを求められています。

 カオス理論によると、北京で羽ばたいた蝶の響きは、連鎖反応を起こしニューヨークで嵐をよぶことがあるそうですが、これからの日本は、コトタマをはじめ、多重のよいタマを響かせ、地球と宇宙によい波動の波紋を伝えて因果の連鎖を調え、対立と紛争に明け暮れる世界を包みこんでいくことが使命となるでしょう。それを先導するのが、宮中賢所でささげられる、地球の祭祀王たるスメラミコトの祝詞の響きであってほしいと私は願っています。


http://sunny-sapporo.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-69d8.html 【五大(ごだい)と五輪塔(ごりんとう)】より

写真は国東半島(九州)近隣のあるお寺の「五輪塔」です。素朴で小ぶりな作りの墓です。周りに草が生い茂っています。どなたが葬られているのかはわかりません。「五輪塔」という説明板がわざわざ建てられているので地元の役所の手が入っている種類のお寺の五輪塔だと思われます。「五輪塔」の隣や近所には「庚申塔」や「国東塔」とその説明板がありました。

「お客さん、奈良の仏教は生きている間の仏教です。京都の仏教は死んでからの仏教です。」奈良市のタクシー運転手が、かつて、といってそれほど以前ではないかつてですが、そう語ってくれました。

南都六宗とよばれる奈良仏教は法相(ほっそう、たとえば興福寺)や華厳(けごん、たとえば東大寺)のような哲学的な仏教で、一般人を対象とした葬式は寺の仕事ではありません。空海の真言密教も、瞑想(禅定)をベースにした形而上学的な性格を持った仏教です。しかし同時に、鎮護国家や現世利益への指向性もけっこう色濃く絡んでいます。仁和寺の御室桜の下での酒宴の様子などは、いかにも真言密教の寺にふさわしい。

真言密教の形而上学性というのは、たとえば「五大に皆響きあり。十界に言語(ごんご)を具す。六塵(ろくじん)悉く文字なり。法身は是れ実相なり。」(「声字実相義」)あるいは、「六大(ろくだい)無碍(むげ)にして常に瑜伽(ゆが)なり。」(「即身成仏義」)というようなことで、その中には「理趣経」的な昇華哲学も含まれます。(【蛇足的な註】五大とは、「地・水・火・風・空」からなる森羅万象のこと。六大は五大に「識」を付け加えたもので、全世界、森羅万象という意味です。)

真言密教のテーマは即身成仏です。人はそのままで仏、と云うことですが、仏という仏教的な表現と波長が合わないなら、そのままで空、あるいは老子や荘子がいうところのそのままで世界が顕れるまえの原初と考えることもできます。最近「大乗起信論」を読み返してみました。この六世紀後半の論書も、如来蔵や(大乗起信論が云うところの)阿頼耶識を媒介とした即身成仏についての書物だと言えるかもしれません。ともあれ、真言密教は奈良の運転手さんの云うように、生きている間の仏教だったと思います。

そのうち浄土思想という死んだ後のことを語る仏教が、そういうことに関心の高い末法の人たちの心を捉えました。極楽浄土をめざす仏教です。奈良の運転手さんが云うところの死んでからの仏教です。人々の関心があまりに高かったので(たとえば平安貴族だと平等院鳳凰堂)、真言密教にも即身成仏と極楽浄土を融合させたようなニューウェイブが草の根運動的な形で登場します。「高野聖(こやひじり)」と呼ばれる人たちです。そのニューウェイブの思想的な完成者が「覚鑁(かくばん)」、12世紀前半、平安後期の僧侶です。

S 平等院鳳凰堂

この覚鑁が即身成仏と極楽浄土の融合体の象徴として作ったとされるのが「五輪塔」、つまり瑜伽(ゆが)するお墓です。覚鑁(かくばん)は「真言念仏」というシステムインテグレーション活動の一環として「五輪塔」の形式やそれを支える考え方を整備したのでしょう。

古代ギリシャでは哲学することは死の練習でしたが、そういう意味では、仏教的な形而上学的思弁や瑜伽はもっと明確な死のトレーニングです。瑜伽をする人の光景をそのままお墓に置き換えたのが五輪塔なら、五輪塔は、覚鑁風の云い方をすれば、生(真言による即身成仏)と死(念仏による極楽浄土)の接点になります。

「五輪塔」をもとにした日本人の葬墓のシステムは、高野聖の普及活動によって、それ以降、全国に広まっていったらしい。「梵字手帖」という本によれば「供養塔として造立された五輪塔には、各時代の風格があり、平安時代より始まった造塔は、鎌倉時代には形の上からも完成を見ます。室町江戸期には形も崩れだしました。五輪塔は時間を越えて、今日に何かを語りかけてくる様な存在。諸行無常。」

先ほどの国東半島近隣の五輪塔はいつごろ造られたものでしょうか。

以下は五輪塔の構成図です。図は「梵字手帖」(旧版)から引用しました(一部編集)。五輪塔は上から空(輪)・風(輪)・火(輪)・水(輪)・地(輪)の五大が組み合わさったものです。塔に刻まれている文字は梵字(サンスクリット語)。その表記方法から悉曇(しったん)文字と呼ばれています。


https://sites.google.com/site/ametutinokagami/%E3%82%8F%E8%B3%87%E6%96%99%E9%9B%86%E5%B3%B6%E7%94%B0%E6%AD%A3%E8%B7%AF%E6%B0%8F%E3%81%AE%E8%91%97%E6%9B%B8%E3%82%88%E3%82%8A/%E8%A8%80%E9%9C%8A%E5%AD%A6%E3%81%A8%E3%81%AF 【「言霊学とは」】より

「言霊学とは」 <第百八十四号>平成十五年十月号

会員のO氏がパソコンで言霊学に関してのホームページを開設して暫くの時がたちました。最近そのホームページへの訪問者が三千人を越したという。それを媒体として言霊の会を訪問する方、会発行の書籍や会報の購読を希望される方も次第に多くなって来ました。科学文化の発展の勢いは凄まじいものがある。そこで言霊の会も時勢に呼応してこのホームページに投稿を試みる事にしました。「コトタマ学」の会報と違い、言霊学の内容を全く知らない人々に読んで頂く文章でありますから、筆者自身も初心に帰り、会報創刊の心で原稿を書く事としました。若しかすると、この事が言霊の会の会員の方々に新鮮に感じられるかも知れないと思い、投稿の文章を会報誌上にも載せてみようと思い立ちました。投稿の文章は言霊学の初心者、そして不特定多数の人々が対象です。文章の全体が詳細な論証で裏付けられたものではありません。でありますから、会報への転載文には、詳しい解説を要する事、或いは言霊学の勉学に必要な事項等を付け加える事としました。参考になれば幸いと思います。 「ごあいさつ」

言霊学(ことたまのまなび)とは

言霊学は当言霊の会が考え出したものではありません。私達日本人の遠い遠い祖先が大勢集まり、長い間かかって発見した人間の心と言葉に関する究極の学問です。人間の心の構造とその動き、その言葉との関係のすべてはこの言霊の学問で解き尽くされています。日本語はこの学問の原理に基づいて造られ、日本という国家はこの原理の下に肇国され、更に日本をはじめ世界の文明の歴史はこの原理に基づいて創造されています。

この言霊の原理の政治への直接の適用は、世界に於ては三千年余以前に、日本に於ては二千年前、崇神天皇の時に意図的に廃止されました。人類の第二物質文明の創造を促進する為の方便でありました。この時以来、言霊学は宮中賢所に保存される人間精神の秘宝として、伊勢神宮内外宮の唯一神明造りの構造として、また古事記・日本書紀神代巻の神話の形式の謎として後世の人々に遺されたのでありました。

近世に至り、言霊の学問の存在に初めて気付かれ、その復興に努力された方は明治天皇御夫妻であります。以来、数々の先輩諸氏の復元研究が続き、第二次大戦以後は民間の手に移り、現在当言霊の会がその任を担当し、言霊学のほぼ全体の復元が完成されております。

言霊学は明治天皇により「言の葉の誠の道」と呼ばれました。それは一般に信じられている三十一文字の和歌の事ではありません。天皇に「天地を動かすという言の葉の誠の道を誰か知るらん」という御歌があります。言霊学は人間の心とその操作法を余すことなく解明し尽くした学問です。その正確さ、真実性において匹敵し得るものがあるとすれば、近い将来完成が期待される物質の究極構造の学である原子物理学だけでありましょう。

言霊学によれば、現実の社会、ひいては全世界が当面する幾多の混迷する問題について、掌(たなごころ)を指さす如くその解決法を提示することが可能です。今後逐次このホームページに発表する予定です。ご期待下されば光栄であります。

「コトタマの学問はどの様にしたらよいのですか」と尋ねられます。その問いに私は次の様に答えます。「誰方も毎日忙しくお過しの事と思います。やらねばならぬ事が山積している事でしょう。そこを勇気を振い起して一日の中の二十分乃至三十分を『自分の時間』としてお決めになり、その時間内は電話の受話器も手にしないで、ただポカンとしていて下さい。何もしなくていい自由の時間を持つ事です。大切なのは一年三百六十五日、一日も休まず続ける事です。その内に何かしたくなったら、言霊学の本や、言霊に関する宗教書などをお読みになるとよいでしょう。時間が余ったら、またポカンとしていればよいでしょう。そういう風に自分の時間を続けている内に、その三十分程の時間内では妙に自分の心が日常の気忙しさから外れて、シーンとした静寂の中にいるように感じて来ます。どんなに大きな台風でも、その眼に当る処は無風状態だと聞いています。自分の時間が同じような無風状態になったと感じられる方は仕合わせな方です。その静寂の気持から自分自身を、またはご家庭や社会や、世界を見ると、そのそれぞれの真実の姿を見ることが出来ます。ご自分が齷齪と動いている時は、自分の姿や、家庭、世の中、世界の事も、その動いている姿しか眼に入りません。自分が動かなくなると、自も他もその実相をよく見ることが出来るようになりましょう。健康で働いている時も大切ですが、立ち止まって静寂の中にいる自分の時も大切なのだ、という事に気付く事が出来ます。」この自分の時を持つ事の尊さをキリスト教新約聖書は次の如く厳しい文章で教えています。

「われ地に平和を投ぜんために来れりと思うな。平和にあらず、反って剣を投ぜん為に来れり。それ我が来れるは、人をその父より、娘をその母より、嫁をその姑より分たん為なり。人の仇は、その家の者なるべし。我よりも父または母を愛する者は、我に相応しからず。又おのが十字架をとりて我に従わぬ者は、我に相応しからず。生命を得る者はこれを失ひ、我がために生命を失ふ者はこれを得べし。」

少しの時間でも自分の心が動かず、静寂の中にいる事が出来るようになると、何時もは気付かなかったり、別に矛盾を感じなかった事などが、思考の対象として心中に登場し、また気になり出したりして来ます。「自分だと思っているこの自分とは一体何なのだろうか」「私はこの世の中で何をしようとして生れて来たのだろう」「自分が今やっている事をするだけで良いのだろうか」「今の社会の不景気はどうなるのだろうか」「世界の今後はどうなるのだろう」等々の事が自分自身の課題として身に迫って来ます。

今まで世の中全体の流れの中を漂い、流されて生きて来た時には「世の中なんてこんなものなんだ」と軽く考えて来たものが、自分自身との関係の問題として、更には自分自身の責任でもあるものの如く考えるようにもなります。この時、言霊の学問が自分の心の学問として、世界人類の命運に関る自分自身の学問として浮び上がって来ます。自分自身がこの世の中に生きて行く事のすべての問題に唯一無二の解答を与えてくれる極めて身近な、生きた学問として登場して来る事となります。そして学問に対する理解が進むにつれて自分という人間の心の中には、人類始まって以来の歴史のすべてがその生きた姿のままに活動しており、自分自身がそのすべてを背負い、その上で自分自身の自由創造の裁量の下に新しい世界を創り出して行く能力が備わっているという事を言霊学が教えてくれる事となります。 古事記について(言霊学随想)

古事記についてお話しましょう。この書物は七一二年、奈良朝初代、元明天皇の勅命を受けて太安万侶が選録した日本古代の歴史書であります。天皇の命令により編纂された書物でありますから、五十年程以前までは皇典古事記と呼ばれました。これからこの古事記に書かれた内容について、今までの日本人(研究者を含めて)が全く気付かなかった事を二つ皆さんにお伝えしようと思います。

古事記は上つ巻、中つ巻、下つ巻の三巻に分かれています。その中で中つ巻と下つ巻の二巻で神倭皇朝初代神武天皇より三十三代推古天皇までの日本の歴史が述べられています。そしてその前の上つ巻では、歴史書としては誠に奇妙な神々の物語が、数百にものぼる神様の名前と共に書き綴られています。有史時代に入り、日本の国土に中央集権の政府が樹立される以前の、茫漠たる神代の時代の記述と考えられてきました。けれどこの常識とまで考えられて来た内容が、実は古事記の中のただ一つの文章の内容の錯覚による誤解であった事が明らかとなりました。天皇の勅命によって編纂された古事記の神話の真実が、後世の人々の誤解の霧を吹き払い、現代人が驚倒するであろう事実として姿を現わす時が来たのです。これがお伝えしたい第一点であります。

では錯覚の原因となった古事記の文章とは何か。どう誤解したのか。これがお伝えする第二点です。古事記の神話は「天地の初発の時、高天の原に成りませる神の名は……」の文章で始まります。この神話の第一声である「天地の初発の時」の一言こそ後世の日本人が古事記神話に秘められた編者太安万侶の意図を全く誤解し、しかも千年以上の間、誰もが気付かずに過ごす事となった特異な文章であったのです。

日本の古代には哲学的概念に拠る言葉がありませんでした。「天地の初発の時」と言えば、現代では当然眼前に見る宇宙天体の活動が始まった宇宙の初めの時と考えるでしょう。けれど太安万侶の時代では心の現象を眼前の自然現象を以って表現するのが常でありました。「人の心が何かしようとし始めた時」、これを「天地の初発の時」と言ったのであります。「天地の初発の時」を現代宇宙科学が説くように数百、数千億年前の全大宇宙の活動の初めと解釈すれば、その言葉に続く古事記の文章は幾百の神々が現われる荒唐無稽な、私達の生活とは関係の薄い物語となりましょう。 けれどその「天地の初発の時」を私達の何もしていない心がこれから何かをしようとする瞬間、即ち「今・此処」と解釈すべきだ、と気付くならば、それに続く古事記の神話が壮大な人間の心の全構造とその動き、並びに心と言葉との関係という現代は勿論、何時の世の人々にとっても見逃す事の出来ない重要な心の学問だ、という事に気付く事になります。

言霊学が二千年以前にあったと同様の姿で復元された現在、古事記上つ巻の神話が実は神話という謎の形で後世に遺された言霊学のこの世で唯一つの教科書であり手引書である事が確認・證明されました。言霊学によれば、人間の心は究極的に五十個の要素で構成されており、その要素のそれぞれと、日本語の言葉の単位であるアイウエオ五十音の一つ一つとを結んだものを言霊と呼びました。言霊とは心の究極の単位であると同時に言葉の単位でもあるものであり、人間の心はこの五十個の言霊によって構成されている事となります。更に言霊学は人間の心の動きをこの五十個の言霊の五十通りの典型的な動きとして解明しました。五十個の言霊とその五十通りの動き方、合計百の原理・法則を私達の大先祖は百の道、即ち餅(鏡餅)として神の表徴としたのであります。

仏教禅宗に指月の指という言葉があります。「あれがお月様だよ」と指さす指の事です。「指をいくら見ていても何も出ては来ない。指が示すその先にある物を見て初めて真相が分るのだ」という事を教えています。古事記の神話には初めの「天地の初発の時、高天原に成りませる神の名は、天之御中主の神。……」に始まり、言霊学の総結論を示す三貴子(三柱のうづみこ)、即ち天照大神・月読の命・建速須佐男の命の三神まで丁度百の神名が登場します。この中の一番目の神である天之御中主の神(言霊ウ)から五十番目、火の夜芸速男の神(言霊ン)までの神名が言霊五十音を指示する指月の指であり、五十一番目の金山毘古の神から百番目の建速須佐男の命までが言霊の動き方を示す指月の指なのであります。以上五十の言霊とその五十通りの活用の動きによって言霊学は人間の心のすべてを説き尽くしています。人間の心を完璧に表現したこの言霊の原理によって運営されて来た所謂神代と呼ばれる人類の第一精神文明時代は平和で豊穣な理想の時代であったのです。

大本教々祖、出口なお女史の神懸りに「知らせてはならず、知らさいでもならず、神はつらいぞよ」という文章があります。先にお伝えしましたが、二千年以前、崇神天皇により言霊の学問は世の中から封印されました。この決定は人類の第二物質文明創造促進のための方便でありましたから、後世物質科学文明が完成した暁には、当然言霊の学問はこの世の中に復活しなければなりません。その目的のために採られた施策の一つが古事記の編纂であった訳です。その任に当った編者太安万侶の心は「後世の人には明らかに知らさねばならず、とは言え、時が来るまではあから様に知らせてはならず」、丁度出口なお女史の神懸りの言葉の如くであったに違いありません。その結果が古事記の神話に見られる如く、神々の物語り、即ち神話という形をとった謎々の物語となったのです。

以上、古事記という書物について今までの人々が気付かなかった重要な二つの点についてお伝えして来ました。古事記神話の冒頭の文章「天地の初発の時」が人間の心が「今・此処」で何かを始めようとする時、である事に気付く事によって「心とは何ぞや」の問に完璧に答えることが出来る言霊の学問に到達しました。 次に古事記の編纂者、太安万侶が人間の心の究極の構造である言霊の原理を神話という黙示の形で書き、実際の歴史書である中つ巻と下つ巻の前提となる歴史創造の理念としての上つ巻を造り上げた事実を直視するならば、日本と世界の歴史がてんでばらばらに営まれる人々の行為の単なる総合なのではなく、その長い歴史の創造の原動力として「人間の心とは何ぞや」の問に対する完全解答である言霊の原理が躍動している事に気付く事となります。

言霊学に興味を持たれた方は、更に一歩を進めて、言霊学の殿堂に入り、古事記の神話の神々の名前を指月の指として自らの心を顧みられ、アイウエオ五十音の言霊の存在を確認して頂き度い。人間の心の壮大さ、幽玄さ、想像することも出来ない合理性、そしてその優美さに驚嘆することでしょう。そしてこの人間と人間社会が「捨てたものではない」事にお気付きになりましょう。

言霊学が示す言霊五十音とそれぞれの言霊を指さす指月の指である古事記神名とを対として一覧表を作ると次の様になる。

五母音・四半母音

(以下略)