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ルール違反をして(ずるをして)勝つということの根深い問題

2018.07.16 14:45

今回の記事は、読み終わるころには背筋が寒くなるかもしれません。(大袈裟)


 ボードゲームをしていると、時々「勝ちたいあまりに、ルール違反をする(ずるをする)」子どもが発生する場面に出くわすことがあるかもしれませんね。 例えば嘘をついてはいけないルールなのに嘘をついたり、本来見てはいけないルールになっているカードを捲ったりするなど、といった行動が一例として挙げられます。大抵はゲームが崩壊します。トラブルに発展する場合もあるでしょう。つい先日も、私の知人にそういった場面に出くわした方がありました。


 さて、ここで、「ずる」からは少し離れて、逆に、「どうしたらボードゲームで楽しい時を過ごせるのか」を考えてみたいと思います。


 まず、ボードゲームはルールがあって成り立ちます。そして同じゲームを囲み、ルールを共有しそれを守り、同じ土俵に立つことができて初めて、勝負をすることを楽しめます。これは大前提です。


 しかし、「1.同じゲームを囲み、ルールを守ることの意味を知り、ゲームで勝負をすることを楽しめること」と「2.同じゲームを囲み、ルールを理解してゲームが楽しめること」とは、別であるということはご存知でしょうか。 「え?それどちらも一緒じゃない?」って思いますか…?


良識ある大人同士のゲームで求められるのは間違いなく前者の1.の力です。楽しむ場としてもゲームの場としても崩壊しないで成立させられる力、と言えるでしょうか。後者の2.の力は、ゲームのルールを理解し、ゲームプレイを卒なくこなせる…場や時の他者との共有感やその意味は薄いかよくわかっていなくても、シンプルに「ゲームをこなせる力」と言い換えられるでしょうか。


しかし、皮肉なことに、子どもの多くは、良識ある大人たちが楽しくゲームを成り立たせている理由は後者の2.が良くできているからだと思っているのです。 さらに、これは非常に残念なことなのですが、大人が子どもにゲームを教えるときに、後者の2.に重点を置いて教えてしまうケースがはるかに多いのです。


 親子会では、親御さんとお子さんと一緒にチームとして組んでゲームを囲むケースがあります。すると、「ここではそのカードを出して」「次はこれだからこう」と、それは丁寧にお子さんに教えられている親御さんをよく見受けます。 勝つための手順を教えていらっしゃるのですね。もしくは、子どもに勝たせてあげたいという思いなのでしょう。親御さんのやさしさであり、良かれと思われた行動であることは非常に理解できます。


 さて、その結果、お子さんがちょっとだけ盤面を見ることができるようになったとしましょう。 子どもは、たいてい親の承認を得たいと願います。そして、「うまく勝ちたい」というところに願いが大きく傾くようになります。いうなれば、勝ってみたいという欲求に支配されるわけです。 しかし、そういった子の中には、能力が最適戦略を見いだせるレベルに達しない(本人の「勝ちたい」欲求をかなえられる能力に追いつけない)子もさほど珍しくありません。 その場合どうなるかというと、ずるい行動をとってでも勝ちたいとか、ずるい行動をとってでも勝って承認を得たい(というところにしがみつく)とか、そういった結果になりやすくなるのです。 


先の盤面を一つ一つ教える親御さん、盤面を見ているのは親御さんであり、考えているのも親御さんの脳であるということになります。ゲームの楽しさをお子さんに教えているつもりであっても、実際には残念ながら「親が考える最適戦略を子に伝える」程度にすぎないのです。 しかも、子どもは別人格ですから、脳のすべては共有できていません。たとえ親御さんが「ルールを守ることの大切さ」を正しく理解していたとしても、盤面を見て「これはこう」と戦略的な意図を伝えるのに重きを置いて時々「ずるはだめだよ」という程度では、ルールを守ることの大切さまでは共有できていない、なんてことは容易に起こりえるのです。 そればかりか、「ゲームに勝つことが最重要で、(親に・人に)認められることなのだ」という勘違いを生むことも容易に起こります。 


親の思いを込めて伝えたはずが、子どもには伝わらない、そればかりか本来子に求めてもらいたいと思っていなかった違った欲求を強く伸ばす結果になった、これほど悲しく、怖いことがあるでしょうか? 


よって、お子さんにゲームを教えるときには、先の1.の「同じゲームを囲み、ルールを守ることの意味を知り、ゲームで勝負をすることを楽しめること」から教えることが、とても大切なのです。 つまりは、親が子に伝えるべき最優先事項は、「ルールを理解して、良い戦略を打てることがゲームの醍醐味よ」ではなくて、「ルールはわからなくなったら助けてあげるから大丈夫、戦略的にうまくやれなくても大丈夫、ゲームは皆で楽しもうね♪」ということなのです。そしてそのことを習慣化して折に触れ、教える・伝えるということが大切なのです。 


皆で楽しむ、というところが先に来れば、そのためにはルールを守ることは不可欠であること、ルール違反すれば楽しめなくなる体験もしてそれではゲームを楽しめないよね・本題と違ってくるよね、ということが、容易にわかります。そして間もなく、ほぼ間違いなく、子ども自らルールを守ることを実践します。 そしてそんな子どもたちは、いずれ、ゲームに勝つということは、「盤面を共有する相手を叩きのめすのではなく、ルールによるある意味理不尽さや不自由さがある世界の中で勝つということ」、それはつまりは、「自身に勝つこと」だと、体験的に理解できていきます。


 ここで、タイトルに戻りましょう。ルール違反をして(ずるをして)勝とうとする子どもは、これまで親や親しい人から(ボードゲームでなくとも良いですが)よい承認を得られなかったか、ゲームに勝つことはゲームを囲んでいる相手を叩きのめすことと誤解しているのか、自分の欲求を満たすことだけにボードゲームを使おうとしているのか。 いずれにしても、哀れさを感じざるを得ません。そして、問題の根源は、子ども自身だけでは決してなく、様々な事柄でのその子供の身近な周囲の接しかたにもあることでしょう。