真鍮哀歌 序曲
与えられた任務は、必ず遂行する。
それが我々 分隊 八尋である。
とある漁村で異形の化け物が現れた。
生かして連れてくる。
これが今回の任務である。
対象は、今までに見たことはない異形で とても気高く、美しかった。
ー ワタシの意識がまどろむ
ー ここはどこ? ワタシは海にいた ここはどこ? 昏く冷たい檻の中
ー 誰でもいい、ワタシをここから連れ出して
ー これは、一人の異形の話 槍を携えた 気高く美しい妖の話
漁村
大きな港町のようだが、活気はなくあたりがどんよりとした空気に包まれている
「お待ちしておりました」
身なりのいい人物がこちらへ声をかける
「首尾は?」
八尋神籬 分隊八尋の大将が問いかける
身なりのいい男は少し声を押し殺し
「こちらへ」
つれていかれたのは港の外れであった
「ここに何が?」
分隊八尋の隊員が問いかける
「見ればわかるだろう、いくぞ」
隊員の声を遮り、洞窟へと入っていく大将、後に続く八尋たち
洞窟の中は、暗く人が通れる場所ではないため移動は常人では困難だろう
分隊八尋の隊員たちは隊服を貸与されている
衣蛸
それは八尋神籬の証であり、妖怪である
装着寄生型の妖怪であり、装着者の体温管理、擬態、軟体化などさまざまな恩恵を与えてくれる
人造妖怪である 衣蛸の装着により、洞窟の奥まで進むことが可能となっているのである
どれくらい進んだろうか
衣蛸のおかげで疲弊は少ないが、渡りは陰鬱としており、まるで来るものを拒むかのように閉塞している
「行き止まりですか・・・?」
「気を抜くな」
そう言い放った瞬間 あたりの景色が揺らぐ
何者か巨大な力が八尋たちを襲う
あたり咆哮が響き渡る
周囲の壁は共振し亀裂が入る
「総員、抜刀!」
大将の号令と共に抜刀し何者かにかかっていく八尋たち
衣蛸の熱感知能力のおかげで化物の姿を難なく捕捉する
異形
自然界では存在し得ないであろう姿をしており、こちらを確認する刹那襲いかかってきた
咆哮を上げ、激しい猛攻を受ける八尋たち
しかし、八尋たちは連携につぐ連携を重ね、化物からの被害を最小限としている
「隊長、準備が整いました」
隊員が声をかける
大将がうなづくや否や、隊員の一人が動く
その動きは風よりも疾く 影よりも静かに化物の背後へ潜り込む
「御免」
そういうと隊員は化物の体に注射器のようなものを打ち込む
いくばくか苦しんだ後、化物は静かになり沈み込む
「目標達成、これより帰還する」
洞窟を出て、身なりの良い男の家へ行く八尋たち
「本当にありがとうございました、我々では何も手が出せず本当に困っていたのです・・・」
「この件について何か心当たりは・・・?」
大将が問いに対し返答は芳しくなく
「全く見当もございません・・・」
「そうか、協力感謝する」 そういうと大将は席を立ち、漁村を後にした。
帰還した八尋たち
束の間の休息もなく、機関から通達が届く 【捕獲した化物を供覧せよ】と
「この異形を見せる?そんなことしたら大変なことになりますよ!」
「上からの命令だ」
「しかし!」
「黙れ、これは勅命だ 誰にも逆らえん」
「そんな・・・」
「これ以上、この件に関しては質問を禁ず 総員準備せよ」
大将はそう言い残し、その場を後にした
「時間です」
誰かがそう言い、硝子越しに下を覗くと 分隊八尋たちが入ってくる
八尋たちの任務は化物討伐だけではない 式典や披露の場に置いて来賓をもてなす義務がある
隊列に乱れは一切なく、八尋たちはまるで一つの個体のように 同調し 集まり、広がり、列をなす
そして、中央に大将が立つと 八尋たちは刀を構え、その刃を大将へ向けて突きつける
大将は瞬き一つせず、鎮座し刃を受ける まるで雲を刺すかのように
大将の顔面をかすめ、止まる 大将は微動だにせず、そしてちらりと頭上を睨む
硝子越しに見えたのは 【国の象徴】そう言っても過言ではない存在であった
ひとしきり軍舞が終わると奥からうめき声が聞こえてくる
ずるりずるりと引きずる音
昏く冷たい鋼鉄の床に響き渡り、その姿はゆっくりと現れた
低く唸るような声には似つかわしく
長く伸びた髪
引き締まった肢体
それは異形というにはあまりにも美しく、気高く佇んでいた
会場にどよめきが起こる 上階の窓には、見物客がいたのだろう
静寂を破り、雑音が混じる
その雑音は化物を刺激する
ー 五月蝿い ー
頭の中で何かが呼応するかのように 雑音が大きく激しくなってくる
意識は遠のき、身体の制御が効かない
気づいた時には、八尋隊を襲っていた
ー 真鍮哀歌 独奏へ ー