間違った思い込みを捨てる方法
Facebook相田 公弘さん投稿記事
「間違った思い込みを捨てる方法」のお話です。
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かつてブッダが、チュンダという名の修行僧に、こう語ったことがあります。
「間違った思い込み」を捨てるにはどうすればいいかという問いに、こう答えたのです。
「それではチュンダよ、このように考えて、自らを戒めよう。
荒々しい言葉を語る人もいるかもしれないが、わたしは荒々しい言葉を語らないように努力しよう。
自分の考えに囚われる人もいるかもしれないが、わたしは自分の考えに囚われないように心がけよう。
間違った理解や思考を手放せない人もいるかもしれないが、わたしは正しい理解と思考が身につくように頑張ろう。
見栄やプライドにこだわる人もいるかもしれないが、わたしは見栄やプライドから自由でいられるように精進しよう。
自分をよく見せたがる人もいるかもしれないが、わたしはありのままの自分で生きていくように努めよう」
ブッダの考え方のポイントは、「世間にはこういう人もいるかもしれないが、わたしはこうしよう」と、他人と自分との間にきっちりと線を引いていることです。
「人は人。自分は自分」という明確な境界線を引くのです。
この考え方ほど、大事なことはありません。世の中はたしかに、判断好きな人がいます。
しかし、自分も同じことをする必要は、ありませんよね。
反応しない練習 草薙 龍瞬 著 KADOKAWA
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やる自由とやらない自由。
人間には、どちらの自由も与えられています。
嫌なことがあったとき、怒る自由も、反省する自由も、糧にする自由も、選択できます。
自由とは、選ぶことです。
自由になりたいとは、自分で選びたいと言うことです。
人に言われたことで頭にきている人は、相手に自由を奪われているのと一緒です。
アメリカ・インディアン“ブラックウルフ・ジョーンズ”はこう言いました。
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メディシン・マン<呪術医>は言う。
「恐怖そのものに傷つけられることなどあるものか?
あなたが恐怖に動かされなければ 恐怖はあなたを傷つけることはできないのだ。
みずから恐怖にのみこまれてしまったら 恐怖があなたの主人になる」
あなたが恐怖を支配するか 恐怖があなたを支配するか いずれにしてもどちらかが主人になる。
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出来事が恐いわけじゃなく、出来事に対する意味付けで恐くなる。
同じ出来事でも、人によって恐怖を感じる人と、そうじゃない人がいるように、
子どもの頃は恐いと感じていたけど、大人になったら平気なことのように、
その人のとらえかたで全く別のものになる。
これは、「恐怖」だけのことではなく、「幸せ」も、「喜び」も、「不安」も「悲しみ」も、自分の感じ方次第で良くも悪くもなります。
そう、自分で選べるから自由なんです♪ 自分の主人は自分、自分の心は自分で選べる。
周りに振りまわされるのではなく、自分で選択していきたいですね♪
※魂が震える話より❗
Facebookマインドフルネス・トピックスさん投稿記事
「ストレスは避けるべきものではない」 精神科医でもある住職の提言
精神科医であり住職でもある川野泰周さんが『集中力がある人のストレス管理のキホン』を出版した。川野さんの経歴は少し変わっている。
「私はお寺の息子で、小さいころから法事の手伝いをしていました。いろんな檀家さんが来られるのですが、すごく迷っている方がいる一方で、すごくにこやかなご家族もいる。さまざまな心の情景と向き合うなかで、人の心の本質を知りたくなって、お坊さんになる前に精神科医になったという変わり者なんです」
https://bunshun.jp/articles/-/12247?fbclid=IwAR3-0uwRFNBZurlDJJROupBMTBioVriffP4F65Ubq_WDo-fYwAzfc7Jmq6U 【「ストレスは避けるべきものではない」 精神科医でもある住職の提言】より
精神科医であり住職でもある川野泰周さんが『集中力がある人のストレス管理のキホン』を出版した。川野さんの経歴は少し変わっている。
「私はお寺の息子で、小さいころから法事の手伝いをしていました。いろんな檀家さんが来られるのですが、すごく迷っている方がいる一方で、すごくにこやかなご家族もいる。さまざまな心の情景と向き合うなかで、人の心の本質を知りたくなって、お坊さんになる前に精神科医になったという変わり者なんです」
なぜ本書を著したのか。
「いま時代が変遷しており、寄る辺がなくて不安になっている方が増えています。新入社員も会社に入って2、3年でくじけてしまうケースが多いといいます。はじめて一人の社会人として評価されることになったときに、これまで頼りにしてきたものが一気に打ち砕かれ、サバイバル能力や独自性を求められる。そういうときに『心の幹』を持っている人は強いんですね」
本書では、禅と精神医学に基づいたストレスへの対処法が紹介されている。
「実はストレスは避けるべきものではありません。人との接触を避け続け、自分のまわりにバリアを張り巡らせてしまうと、引きこもりになってしまう。中高年の世代にも、そういう方は増えています。ストレスのなかには学びがあったり、成長の糧があるものです。本書によってストレスを上手に『管理』して、ストレスから学んでくれればいいな、と思っています」
Facebook小見 敦夫さん投稿記事·
ウクライナ戦乱を受けての緊急出版!!天外伺朗さんの新刊!!
『人はなぜ戦うのか?』の根源にせまる渾身の最新刊、7月30日内外出版社から発売になります。タイムリーな一冊!!自信をもっておすすめします!
https://honto.jp/netstore/pd-book_31757947.html 【「正義と悪」という幻想 平和への祈り長老からのメッセージ著者 天外 伺朗 (著)】より
商品説明
人々が「正義と悪」というパターンから脱却し、「融和力」に目覚めていってほしいという願いをもった「祈り」の書。「人はなぜ戦うのか?」の根源に迫る。ウクライナ戦乱を受けての緊急出版。【「TRC MARC」の商品解説】
ウクライナ戦乱を受けての緊急出版!
大企業の役員を経たのち、長年にわたって経営塾を運営しながら、「聖なるパイプ」を拝領したインディアンの長老としても活動する天外伺朗氏。縦横無尽に広がる天外氏の感性が望むのは、真の世界平和であり、「平和の守り手」たちの登場です。
長老として日本中に伝えたい書き下ろしのメッセージ。
人はなぜ戦うのか? なぜ争いはなくならないのか?
[本文より]
人類社会が進化してくると、「武力行使」が通用しなくなる時代が始まる……長老としての私は信じています。その時代が来たかどうかは、条約や憲章のように人が決めたものではなく、ちょっと怪しくなりますが(長老なので 笑)、「宇宙の流れ(運命の法則)」として表現されると思っています。
「武力行使」に走る人は、それなりにのっぴきならない理由を抱えていると思います。そうすると、「正義の旗」を掲げ、人がつくった条約や憲章などは平気で破って実行に移すでしょう。飛んでくるミサイルや砲弾に向かって「条約違反だぞっ!」と叫んでも虚しいばかりです。条約や憲章の抑止効果は、あまり高くはありません。
でも、時代が進むと、いかなる理由があろうとも、いかに「正義の旗」を掲げようと、「武力行使」を宇宙がサポートしなくなるというのが長老的な発想です。何となく運が悪くなり、すべてが裏目に出て、「武力行使」をしたサイドにとって不本意な結果に終わる……というパターンです。
それを「天罰が下った」「神の采配だ」と言う人がいますが、私はそうは解釈しておりません。むしろ、人類全体の集合的無意識(脚注:人類は、心の深いところ“無意識”で、全員つながっている、というユングの仮説)の進化が「宇宙の流れ」を決めており、時代とともに時々刻々と変化していると思っております。これは何ら根拠があるわけではなく、長老の直観です。【商品解説】
https://note.com/msakaki/n/ncfaa51d41f9b 【読書記: 「正義と悪」という幻想(天外伺朗 著、 内外出版社)(2022.7.30 発売)】より
Amazonの紹介文を読んで、予約して購入してしまったが、想像していた以上の内容。
もし、自分に天外伺朗氏ほどの内省力、文章力があり、発信する実行力があればこの内容と同じような考えを表現したい、と思わせる内容(考えていることはほぼ同じと思えたが、自分自身で本書のような文章にまとめる力は全くない、と確信をもって言える)。
平たく言えば、とても「共感」できる内容とも言える。
「宇宙の流れ」、「融和力」、「集合的無意識値」といった本書でのキーワードは個人的にはまさしくこれだな、という強い「共感」を得るものだった。
ただ私見では、一般的に本書に共感する人がどれくらいいるのかは気になる。なぜなら、本書の考え方はいわゆる「識者」とされる人々の発言内容と全く一致するものを見たことがないから。それはウクライナ(とロシア)の問題を具体的にとりあげているため、メディアで発信されている意見と明らかに異なっていることがわかるからである。
「識者」とされる人々の意見が一般の多数の意見とは限らないが、本書で言うところの「平和の守り手」の人口比(ロバート・キーガンは1%と言い、天外氏は日本社会に限れば、もう少し多いのでは?という感じ)がかなり多くないと「共感」されないのではないか。
ウクライナ紛争を取り上げるなか、プーチンが悪、または、ゼレンスキーのほうが問題か、といった分断された主張がほとんど(「識者」のメディアでの発言では)であるなか、この内容をこのタイミングで書籍にしたことは天外氏の吹っ切れ度の凄さも感じるところである(分断された両サイドから批判を受ける恐れもあるため、本書の考え方を表すのは躊躇するように思える)。
天外伺朗という人物の人間性(これまでの活動に裏打ちされた)が、それを可能としているのかもしれない。