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逆のものさし講新聞 「後世への手紙」

山田航平「内部環境の暴力」

2018.07.19 21:00


皆さまおはようございます。

日中の暴力的な暑さに苦しまれている方々も多い今日この頃でございます。

下手したら生命の危険が起こりうる、灼熱の如くですので皆さまも水分と塩分・ミネラルを充分に補給して下さい。


そんな、「暴力」的な暑さの7月のテーマが

「暴力」という事ですが!


言葉として力が暴れるという、言葉からも

読み取れるように力が制御できずに暴れる

というイメージが想像できると思うのです。


そこには、言葉の暴力、暴力を振るうなどの行為に至るまでには己との闘いでもあります。

人は外部環境の悪化により(ストレスを溜めることにより)それに耐えなれなくなり

言葉の暴力(上司、目上の人からの叱責など)や暴力行為(物に当たる行為)をしてしまうのです。

まだ、これぐらいなら良く日常に転がっていますし読者の方の身近や自分でさえもやってしまった経験は多いと感じます。(自分でもたまーに物に当たることもあります!)


この記事で書きたい「暴力」は「内部環境の悪化」から起こる「暴力」は「突発的な外部環境」のストレスとはその暴力の比が全く違うものであり、地道にストレス発散できる状態であることが「悪魔」にならない唯一の方法であると言っていいでしょう!(そのストレスをなくす方法は人によって違いますからご自身の発散方法のご利用は安全に計画的に実行してくださいね)


私たちがニュースなどで見る殺人事件などの暴力的な行為は「内部環境」の悪化により起こると私は考えてます。

全て暴力的行為の発端は「外部環境」の悪化からなるものでありますが、人に直接的に害を与え人を蹂躙し貪るような暴力は「内部環境」己の「悪意」が整理されず、制御できないからこそです。

その場で発散すればよかったストレスをそのままにしていれば「悪意」が育ち己の中に一匹の「悪魔」を飼うことになるでしょう。

これは、善悪でくくれるような二面性としての「天使」と「悪魔」という映画やアニメ、漫画に出でくるような生易しい「悪魔」ではありません。

実際にこの「悪魔」は実際に自分を殺し、自分を「魔人」にしようとします。

感情を整理し、感情を掃除しなければなりません。その自分と「悪魔」との闘いに敗れることすなわち現実世界での「暴力」をしています。そして、それが麻痺し自分の過ち、自分の飼っているものが何なのか見直さなければ、その飼っていると思っていたものに飼われるようになるのです。

それが、恐怖感であり妄想でも思い込みでもあります。

自分に正直に生きないということは、恐怖感や思い込み(妄想)に取り憑かれるのです。

「この世界はこんなんだ」「ああいう人間はこうなのだ」というのは思い込みであるのです。

その取り憑かれたものを打ち破るのは、生半可なものではありません。

人間がそのことと悩んだ分の年数が必要であるのですから、だからこそ人は正しく苦しみ正しく狂うべきなのです。

それは、そんな自分を認めるということだと思います。

「自分はこんな人間だ!」と素直に言える人間になることその上で「どうしていくか」と自分と折り合いを見つめ見つけるのが「暴力」に走らない。一番の方法であると感じています。


*記事の方でも紹介させて頂きますが

「隣人13号」という映画はおススメです。

自分の「悪意」をそのままにしてしまったがために「その」悪意が育ち…の物語ですから