闇からの救い
2018年7月15日
森下滋伝道師
コロサイの信徒への手紙 1章9−14節
闇とは何か。
神は創世記1章において光を創り闇と区別された。
この世界が初めは闇ではない。
しかし闇は神によって良しとはされなかった。
私たちの闇とは何か。
分かってはいるが抗えないものである。
誰の心にも闇は有り、また自分はその事を知っている。
真面目な人が加害者になる事がある。
アウシュビッツの虐殺も、
隠れキリシタンの弾圧も、
職務に真面目な者が関わっている。
しかしこれを彼は真面目だったと正当化出来るか。
私たちは自分の中に巣食う闇とどう対峙すれば良いのか。
パウロはコロサイの人々が神の恵みを聞いて真に悟った事を伝え聞いた。
だからパウロは彼らのために絶え間なく祈っている。
必ず神の霊が充満してあらゆる知恵と理解が与えられる。
主の価値の中を喜んで歩く時に実が結びさらに知識が増える。
同様に喜びを持って耐え忍ぶ時に神の力が働く。
この時もまた神が知識を与えてくださる。
そして私たちは感謝するのである。
私たちは父なる神から財産相続人として招かれたのであるから。
神が私たちと関係性を持とうとされた。
そして神の家族として下さった。
神は私たちを闇の力からすでに救い出して下さった。
愛する御子イエス・キリストの支配下において私たちは守られている。
闇の力は単なる暴力的な力だけでは無い。
闇の権威として迫り来る。
権威とは何か。
従わざるを得ず、世界が跪く権威である。
見かけは普通でも、闇の権威を行使する者が存在する。
闇は今もこの世にある。
しかし闇の権威に屈してはならない。
神は御子によって私たちを闇の権威から買い戻し、
そして闇を自分の主人としていた罪を全て赦してくださる。
御子はこのために自らの命をかけて十字架で死なれ、
自らも闇の中から復活された。
私たちはキリストと共にいる時に闇の権威に打ち勝つ。
真面目な人が闇の権威に屈している今の世界。
私たちは聖霊を受けよう。
聖霊を求めよう。
聖霊は闇を照らす世の光。
真の知識として与えられる神の力、いや神ご自身である。
闇を恐れず、闇の権威に支配される事を恐れよう。
私たちは御子によって既に救われ、
闇に打ち勝っている。