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inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

あかねいろ(11)ラグビーは温かいもの

2023.07.18 02:01


  僕の3つのトライのうち、最も印象的だったのは3つ目のトライだった。

  2つのトライは僕自身の足腰の強さや、そもそものスピードが生きたトライで、それはそれで嬉しかったけれど、3つ目のトライは、県代表を争っている東田さんが「くれた」トライだった。僕には、この行為の意味がわからなかった。相手をかわして裏に出て独走していたのは東田さんで、僕はそれに必死について行った。後5mというところで相手が迫っていたけれど、普通に真っ直ぐ走ればトライは間違いない。しかし東田さんは、ゴール前で僕の方を向き、僕がついてきているのを確認すると、僕にそっと優しくパスをしてきた。本来は必要のないパスだと思う。サッカーならば、キーパーを抜いて無人のゴールが目の前にあるのに、わざわざ別な人にパスをするようなものだ。どうして東田さんがそんなパスをしたのか。そして、みんながそれを喜んでいるのか。僕は驚いたけれど、喜んでいいのか、わからなかった。

   「吉田、あのトライはお前のトライだ。お前がしたトライだ。新人が初めての試合でハットトリックをした。それって、俺らにとってもめっちゃ嬉しいことなんだよ。でも、東田はお前にトライを譲ったわけじゃない。お前が最後までしっかりフォローしてきたから、トライをさせたんだ。いいか、トライって、誰かがするものだけど、誰かのものじゃない。どんなトライだって一人ではできない。トライを俺のものだ、と思う奴はラグビーには向かない。どんなトライもみんなのトライなんだ。そして、そのトライが誰かのために、今日は新人のためになるなら、喜んでみんなにトライをさせる。そんな日なんだよ。みんなの期待が込められたトライなんだ。トライは誰のものでもない、チームみんなのものなんだよ」 

大元さんの僕言葉が重かった。

      この時の僕には、この言葉は正直言えばよくわからなかった。でも、初めての試合で、最も鮮明に心に刻まれたのは、大元さんの言葉だった。野球をやっていた時に味わったことのない気持ちが僕の心にやってくる。ちょっと心が湿ってくる。心の中が柔らかくて温かい水分でで湿ってくる。体の中の奥の方から温かいものが込み上げきて、僕の体内と心に染み渡る。

  「ラグビーは温かいものなんだ」  

試合終わりで疲れていたはずの体が、また走りたい、もっと練習したい!という気持ちになる。