今、昔のリサイクル。
今朝は朝から気温が上がり9時頃から積乱雲の湧出しが急速であった。
案の定11時から30分ほど豪雨になった。
雨の上がった薄暗い間に夥いヒグラシの喧騒が続いた。梅雨の終わりだ。
今年ほど季節がはっきりとした年は珍しい。
どんな仕事でもごみが出る。ごみにも色んなのがありそのゴミの始末に相当の経費がかかる。そのごみの始末で驚くのは東京都民の生活ゴミの存在だ。
田舎者の私は都内散策を趣味にしてる。
まさしく都会の方が自然を求めて地方にいくのと真逆の行動である。
ビル街を見上げてカルチャーショックに打ちのめされながら都内を徘徊してる。帰途はしっかりとワイフに東京駅で買った土産を持ち帰るので認知症からまだ遠いようだ。
下町を散策するとあちこちの玄関先に生活ごみが置いてある。そこへ小型の車でそれらを回収してる。仕分けされたゴミも同様でいつも感心してる。
人間は息を吸って吐いてるだけでもゴミが出てくる。
座って、立てばなおさら。移動することでもっと。働けばもっともっと。食ったり、飲んだり、その後排尿、排便となる。寝ても覚めてもゴミが出る。
全国のゴミの片付けの方々本当に偉い。
私から「偉い、素晴らしい、ありがとう」とお褒めのお言葉送りたい。まったくごみの少ない街になった。
歴史小説よると江戸の庶民の生活はリサイクル生活そのものだ。着物は幾人もの人手を渡って着回され、果てはおしめになり、雑巾になって役目を終える。
着るものだけでない、大工さんの使う古くぎ、火鉢に入れる灰、蝋燭の燃え残った涎、果ては糞尿。
大名家、中でも大奥のそれは破格の取り扱いとして限られた者にお下がりになった。
現在ではほとんどのものが再利用されているリサイクル社会である。都市鉱山と呼ばれている家電のリサイクルは究極のリサイクルだろう。
そんな世界になってもリサイクルできないのが存在する。
糞尿カス、魚肉の粗、色つきコンクリート、レンガ、素焼鉢、ペイントのような液体もの、焼却場の灰、まだまだある。それらは最終処分場へいく。地下に埋められて行くのだ。
福島県の原発から出る汚染水も最終処分場へいく。そこは海です。
江戸市民のごみは江戸湾が最終処分場であった。そこは罪人、非人の職場でもあり時を超えて今のお台場のような近代的な都市に変貌している。
ごみの島、そこはかつて夢の島と呼ばれていた。
私の業界でもリサイクルの難しいのがある。
まず庭石がよく集まる。バブル期の遺産である。
維持費がかかるお庭は残せないので伐採抜根、石の撤去処分。家屋解体業者も悩みの産物で有る。
難しい仕事は金になる。雑草もそうだが丸太、木の根、庭石の処分も処分場がないだけにnew businessになっている。
季節は密やかに刻々と変節している。そして我が子が撮った自身の姿に自分も老いの佳境入りを見た。「老いては子に従え。」が間も無くやってくる。自然の摂理だ。
親の生き様が子供に継承されたらそれが無形のリサイクルなのかも知れない。
粉砕した庭石を使ってロックガーデンと駐車場