有田焼の新しい世界を体感できる、宿泊施設とレストラン「アリタハウス (arita huis)」
佐賀を代表する焼き物、有田焼。その産地である有田町には、信じられないことに今まで宿泊施設がありませんでした。焼き物巡りを楽しみに来た旅行者も、商談に来た業者も、夕方には別の街へ。でも本当は泊まってゆっくり地元の料理を食べてみたいし、有田焼の器も実際に色々使ってみたい。そんな器好きの夢を叶える?!待望の宿泊&レストラン施設「アリタハウス (arita huis)」が、2018年4月よりオープンしました。
アリタハウスがあるのは、「アリタセラ」(旧有田陶磁の里プラザ)の一角。ここは有田焼卸売団地として、日常食器から高級美術陶磁器まで、個性あふれる様々な有田焼の名店が軒を連ねる商業施設です。有田焼の品揃えでは日本一。2018年よりアリタセラと名称を新しくし、新たな有田焼の情報発信地として、静かに熱く動き始めています。
卸売団地の建物自体、デザインとして無駄がなく、まるでミース・ファン・デル・ローエを思わせるほど、不思議にモダンな印象を受けます。
ロゴマークは、ホテルから5kmほど東にある泉山磁石場の山の形がモチーフ。多様に広がる有田焼の新しい可能性を「風」、明るい未来を「光」として、有田焼と深い関わりを持つ国・オランダを象徴する風車の形で表現。有田焼の呉須の色を思わせる濃紺を使っています。
アリタハウスの隣にあるのは、柳原照弘氏がクリエイティブ・ディレクターを務め、世界中のクリエイターと協働した最新の有田焼を楽しめるショップ「2016Arita」。
アリタハウス開業にあたり、ホテルとレストランの全体をトータルでディレクションし、運営にも関わっている、和多屋別荘・代表取締役の小原嘉元さんにお話を伺いました。小原さんは嬉野温泉の老舗旅館・和多屋別荘の三代目であり、一旦自社から離れ、旅館事業再生専門のコンサルタントを10年続けた後、危機的状況に陥っていた和多屋別荘自体をも再生させたスペシャリストです。アリタハウス開業のきっかけや施設の特徴、これからの展望などについてお話頂きました。
アリタハウス オープンのきっかけ
「地元に戻ってきたときに、久しぶりに卸売団地へ寄ってみました。そこでふと目に止まったのが百田陶園の新しいブランド『1616/arita japan』でした。有田焼の伝統を踏襲しながらも、従来のイメージとは全く異なる、スタイリッシュでモダンなシリーズです。早速旅館のレストランで使わせていただき、その様子をSNSに上げて紹介していたところ、百田陶園の社長・百田憲由さんから連絡を頂きました。それまでお会いしたことはなかったのですが、私たちの器使いに好印象を持っていただき、旅館のレストランを取材で使いたいとおっしゃってくださったんです。そこからご縁ができました」。
アリタハウス。入ってすぐはレストランスペース。明るく心地よいカジュアルさと、落ち着いたスタイリッシュさを併せ持ち、北欧デザイン的な雰囲気もある、高感度に洗練された空間。
2016年には有田焼創業400年の様々なイベントがありました。1616/はミラノサローネのテーブルウェア部門でゴールド賞を取ったこともあり、その実績をベースとして、今度は「2016/Arita」制作の構想が立ち上がります。16社の窯元と作家が、16組の世界的デザイナーと協働し、有田焼の伝統的技術と、デザイナーの革新的な発想を融合させ、全く新しい作品を世に送り出す、というプロジェクトです。その時、海外から毎回やってくるデザイナーが有田焼で食事を楽しみ、デザインのアイデアを膨らませる場として、和多屋別荘が使われることになりました。和多屋が所有する有田焼名門の器も、1616/の器も様々に取り混ぜてテーブルが彩られました。この試みは海外のデザイナーたちに大変喜ばれ、またアフターイベントとしての温泉も好評でした。小原さんが今まであまり関わりのなかった陶磁器産業の人々と繋がりができ、信頼関係が深まったことも、このプロジェクトを通じてのことでした。2016/がめでたく完成した後、感謝の気持ちを込め、百田社長から思いがけない言葉をもらいました。「有田にホテルを作るので、運営してもらえませんか」。
小原さんは小物王。セレクトは全て自身で
元々インテリア好きでモノ選びが得意だったという小原さん。アリタハウスの室内装飾には全面的に関わり、家具から小物まで細部に渡って徹底的に磨き上げたこだわりの空間ができあがりました。「2ヶ月間で2千万円くらい使いました。この期間は四六時中モノを見て、夜中遅くまで常に取捨選択をしていました。例えばポルトガルを代表するブランド、クチポールの白いカトラリー。この空間にあまりにもピタリとマッチして、有田の陶磁器とも合い、色々と選んでいる中でも特に胸が高鳴った商品です。職人の手仕事で作られた茶筒も、部屋の備品として採用しました。値段との兼ね合いもあるので、もちろん苦悩も多いのですが、自分が自信を持っていいと思える最高のものを選び、思い通りの空間を作れたことは、まさに至福の時間でした」。
部屋の内装の様子。客室の一つはアーティストレジデンスとしても使われます(写真はレジデンスタイプ)。二階建てのメゾネットタイプもあり。設計監理は犬塚博紀氏。
客室で使われる備品。Sghr(スガハラ)の黒いグラスや茶筒など、ひとつひとつ丁寧に吟味されています。白い陶磁器は2016/Arita。添えられたお茶は地元産の嬉野茶。
セレクトの一番の基準は、この空間に合うかどうか。しかしそれではどうしてもオペレーション的にうまくいかないこともあったそうです。例えば全て職人の手吹きで作られる、Sghr(スガハラ)のウォーターグラス。テーブルとの接地面が少ない、底が細身のシャープなグラスなので安定感からすると飲食店で使うのは難しい商品。案の定、続々と割れてしまったそう。「オペレーション的に現場には不評なのですが、このグラスが置いてあったら、ハッとするような驚きと美しさがあります。そういう部分でお客様を喜ばせたいし、手間はかけたい。ゲストに不快な印象を与えたら止めますが、こちら側が工夫して使うなど、やり方は色々あると思います」。
手前はスガハラガラスのウォーターグラス。危うい形ながら、繊細でエレガントな佇まい。客室用の黒いガラスも同様のデザイン。奥のカトラリーはポルトガルのブランド、クチポール。
キッズチェアまで妥協しない。ただ置いてあるだけでも絵になります。
お抱え大工の手仕事作品も並ぶ
日本三大美肌の湯、嬉野温泉。嬉野川を有する二万坪の広大な敷地に和多屋別荘はあります。趣向を凝らした様々なタイプの客室を備えていることはもちろん、レストラン、カフェ、セレクトショップ、スパ、ブライダルなど、多様なテナントが軒を連ね、複合商業施設的な楽しみ方ができるよう、現在も順次改革を進めています。そんな旅館のユニークなシステムの一つが、お抱え大工を採用していること。日々発生する建物の修理や什器などの制作には、大工さんたちの腕とセンスが柔軟な対応を可能にしているのです。そこに建築家はおらず、設計図もなく、小原さんが頭の中で湧いたイメージをラフにメモ用紙に描き、大工さんに渡すと、その日の夕方には作品が出来上がっていることも多いそうです。「通常なら建築家が来て打ち合わせして、図面を書いて見積もりとって、と完成まで2ヶ月はかかってしまうのですが、直属の大工さんなら1日でできてしまうんです。本当に魔法みたい。うちはサグラダファミリア方式で、完成図もなく、365日、金槌の音がトンカン敷地内に響いています。今回のアリタハウスでも、その力を大いに発揮していただきました。店内の花器やオブジェなど、大工さんに作っていただいたものがたくさんあります」。大工さんの中には宮大工経験者もおり、高精度な制作物にも対応できるとのこと。外部からの委託を受けることもあるそうです。
空間奥のオブジェも大工さんの作品。オブジェは水道管を組み合わせて制作。花を生けると不思議な味わいがあります。
館内のあちこちに、オブジェ作品がさりげなく飾られています。
この場所が目指していること
オープン後レストランは好評で、特にランチは毎回盛況。海外デザイナーなど高感度な人々にも少しずつ認知され、旅行客はもちろん、地元の人も多く訪れているそうです。世界から人が来て、長く幅広く愛される場所になっていければ、とのこと。シェフの橋口聖さんは、博多のフレンチレストラン「オーグードゥジュール メルヴェイユ博多」でセカンドシェフを務めていた、信頼の厚い料理人。夜のコースでは、デザイナーズ、コンテンポラリー、トラディショナルの3パターンの器を用意し、伝統的な有田焼から現代のデザイナーまで、お好みのテイストの器で料理を楽しめるようにしています。「正直、食器の保管庫も、料理人の手間も3倍かかります。普通だったら、こんなことをやっているレストランは他にないでしょう。でもシェフは引き受けてくれた。この場所だからできることであれば、やるべきだと思うんです」。佐賀の食材と共に、多様な有田焼の魅力を発信できる場所として役割を担えるよう、手を尽くしています。
開放的なオープンキッチン。
嬉野茶の冷茶をワイングラスにサーブする小原さん。贅沢なサプライズ感のあるおもてなしで、お茶の香りや味わいも一層引き立つ。
サラダランチ。田島畜産のシャルキュトリー、チーズ、有機野菜などが彩り良く盛られ、ボリューム感のあるメニュー。
器は2016/arita。シンプルで料理が映え、テーブルがバランスよくまとまります。
パスタランチ。佐賀牛と香味野菜のボロネーゼ。2016/Aritaの器は、隣のショップで購入できます。
和多屋別荘という、圧倒的なブランド力を持った会社による運営であれば、間違いなく頼もしい安心感を持ってしまうが、実際には、旅館とは全く勝手の違うやり方に最初は戸惑いも多かったといいます。「例えば大規模旅館の場合、基本的に完全予約制で一気に大勢の人を相手にするため、料理なども随分前から計画を立ててメニューを組み立てます。しかしアリタハウスの場合、日々の仕入れによってシェフはあっさりメニューを変更する。いい魚が手に入ればすぐ使いたいし、素材優先です。レストランについては、フィールドが全く違うことを痛感しました。そういうことを実際に経験しながら柔軟に対応し、背骨としての思想はしっかり持った上で、お客様と共に磨かれていくことが大切です。旅館は伝統や格式を後ろ盾にできるのですが、ここではゼロから新しく文化を作っていく場所。現在の有田焼を体感し、佐賀を世界に伝える最高のプレゼンテーションの場だと思っています」。
アリタホテル誕生の際に、参考にしたのは尾道のU2(サイクリスト専用ホテルにレストランやギャラリーなどを擁した複合商業施設)だと言います。これはまだ小原さん自身の中での妄想ではあるけれど、例えばTSUTAYA書店のように本と器を融合させたり、ワイン商社や花屋とコラボしたり。器をメインとしながらも、様々な新しい要素を取り入れてアリタセラ全体が盛り上がることができたら、面白くなるのではないかと思っているそうです。「しかしあくまで有田という土地にこだわることが大前提です。有田焼は重厚な歴史がありますし、常に世界に向けて発信している。関わっているそれぞれが強い思いを持っています。その重みをしっかり受け止めながら、自分たちのできることを実行していきたいと思います」。
店内のオブジェに飾ってあった水引を手に取り、美しい所作で飾りを作る小原さん。
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アリタハウス (arita huis)
佐賀県西松浦郡有田町赤坂内丙2351-169 アリタセラ(旧 有田陶磁の里プラザ)内
お問合せ先 TEL:0955-25-8018
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文:江澤香織 写真:山本加容