告白 A面
ある日、愛美が切り盛りする古民家カフェに、ルイがやってきた。
珍しく息子のシュリを伴わず、1人でやってきたルイ。時間は閉館時間少し前だった。
店内に人がいないことを確認して、ルイは愛美に言った。
「連絡もなくこんな時間にごめんね。もしよかったら、これから少し2人で話せるかな」
ルイはいつもの様に優しい表情だ。
愛美はもちろんよ、と言ってルイにいつものほうじ茶ラテと、自分にほうじ茶を入れて、店の2階の窓辺のテーブルに座った。
「1人なんて珍しいわね。どうしたの?何か相談事?」
愛美が言うと、一瞬ルイが言葉に詰まった。何か言葉を選びながら照れた様にも見えるその様子が珍しくて愛美は首を傾げながら続きを待つ。
「…愛美さん。僕は、あなたのことが好きだ。僕と一緒に生きてくれませんか?」
一呼吸してから愛美の目をまっすぐに見てルイは言った。
愛美は一瞬思考が停止する。
なんとか意識をかき集めて、愛美は口を開いた。
「…そんなことできないわ、あなたは優里ちゃんが愛した大切な人なのよ」
「あなたもレイジさんが愛した大切な人だ。きっと優里ちゃんとレイジさんなら、僕たちが幸せに生きていくことを望んでくれているはず。僕も優里ちゃんを愛していることに変わりはないけど、その気持ちと共存しながら、あなたと一緒に生きたい。あなたとナギと僕とシュリで、家族になりたい。」
ルイは優しく、でもハッキリと愛美に伝えた。
「戸惑わせてしまってごめん。これが僕の正直な気持ちなんだ。すぐに答えをくれなくていい。少し、考えてみてくれないかな」
正直なところ、愛美はいつか言われるのではないかと、うっすらと思ってはいた。
ルイは、愛美の親友の優里と結婚して、すぐに病で彼女を亡くしてからずっと1人で息子のシュリを育てていた。しかも色んな事情でシュリはルイの子ではなかった。それも全部知りながら、ルイはシュリを大切に育てていた。
愛美も歳の離れた音楽家のレイジを慕って彼の子のナギを産んだけど、それからすぐに癌で彼を亡くしてシングルマザー。
ルイと優里がまだ結婚前からデートで常連で来ていたこの古民家カフェで、2人は自然と子供たちを含めて家族ぐるみで付き合う様になっていた。
年に何度か会う程度のそんな日々の中で、2人は10年近くかけて少しづつ親密になっていったのだった。
愛美は、もしルイとシュリが家族になったらな…と思うことはあった。
その度に、レイジと優里の顔が浮かび、ただの妄想として気持ちを追い払うのだった。
こうして時々仲良くゆったりとした時間を過ごせればそれでいい、それだけで満たされていると。
けれどもしかしたら、ルイも同じことを考えていて、もしかしたら、いつか言われるかな…
なんてことを思ったりもした。
半分夢だと思っていたけど、まさか本当に言われてしまうなんて。
とても嬉しいけれど、愛美は戸惑った。
「ごめんね、今日はもう帰るよ。ゆっくりでいいから。また連絡するよ」
ルイはそう言って立ち上がって上着を着た。
「ルイさん、私嬉しいのよ。とても。私もきっとあなたのことが好きなの。でも…少し考えるわ。でも言ってくれたことは素直に嬉しかったの。ありがとう」
愛美は見送りながらルイに言った。
「うん、そう言ってくれて僕も嬉しい。…」
ルイは立ち止まって愛美を見つめた。
愛美が見たこともないような、切なそうな目をしている。
手を伸ばせば、人を魅了してしまう不思議な「目の力」を使えば、今ここで愛美を自分のものにできるけど、ルイはこらえた。すごく抱きしめたいのを堪えて、出しかけた手を宙に止めて、握手、の形にした。
愛美はその手を取った。
「またね。寒くなってきたから、君もナギも体に気をつけて。」
「ええ、あなたもシュリもね。」
そう言って2人は分かれた。
『さっき会ったばかりなのにメールしてしまってごめん。伝え忘れたことがあって。
僕は1番でなくてもいいんだ。
あなたの1番はレイジさんでいい。あなたとナギを側で守りながら、あなたがただ幸せに笑っている姿をすぐ側で見ていたいだけなんだ。どうしてもそれだけ伝えたくて。』
ベッドに入る前にルイからのメールを見て、愛美はときめくのと同時にフッと思わず笑顔になった。
『僕は1番でなくてもいいんだ』
なんてルイらしい言葉だろう。ルイはそうやっていつも自分の幸せは後回しでも全然平気な顔をして周りの人に幸せを分け与えている。
きっと愛美とルイはどこか似ている。無意識に、いつも人に分け与える存在。
そんなルイも愛美も1人で生きていけるけど、一緒にいたらもっと素敵なのかもしれない。と愛美は思った。
レイジのことは今でも愛している。誰よりも。カッコよくて父の様に、愛美を包んでくれた恋人。
優里のことも、忘れた日なんか一度もない。妹の様に大切に思っていた親友。ショートヘアで少し気の強いクールな優里が「お姉さん」と人懐っこく愛美を呼ぶのはとても可愛らしかった。
ルイの気持ちはとても嬉しい。受け入れたい。でも、2人を裏切ることにはならないのだろうか。
「ねえ母さん」
ベッドルームの鏡台に座って考えていた愛美に、いつのまにか扉の前に立っていたナギが声をかけた。
愛美はハッと我に帰る。
「ナギ、どうしたの?」
いつもの顔に戻って答える愛美の顔をナギはじっと見ている。
10歳になって、最近はレイジによく似てきたナギ。愛美はまるでレイジに見つめられているかの様な錯覚に陥る。
「いいんだよ」
ポツリとナギが言った。
「大丈夫、いいんだよ。」
「え?」
ナギはにっこりと笑った。
「ふあああ、むにゃむにゃ」
どうやら寝ぼけている様で、盛大にあくびをするとふらふらと隣の子供部屋へ戻って行った。