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ʻOluʻOlu

奪われないし、奪えない

2023.07.29 01:10

生きていく中で、尊厳を奪われるような気持ちになったり、人から何か利用されたって感じたり、大切にされていないって感じることはありますか?

私はよくあった。

仮に本当にその人が何か自分から奪っていこうとしたり、利用しようと損得だけで近づいてきたり、見下して大切に接してもらえなくても

あなたからあなたの大切なものを奪える人は誰もいない。

どんな扱いを受けても、あなたの価値は一切変わらないし、大切なものは溢れ出て分かち合うものだし、そのような感じの人には与えてたとしても本当の意味で受け取ることが出来ないので、与える事すら出来ない。

発達性トラウマの講座を受けた方はわかると思うけれど、スキゾイドというタイプの傷がある。

生きる事自体に恥を感じていて、無力感、無価値観を傷として持っている。

私はこの傷がなかなか大きくウェートを占めていて、物心着いた時からずっと死にたいな、という気持ちを持っていた。

人と一緒にいるだけですごく疲れたし、人を不快にさせることは自分に全て原因があって、自分のせいだと思っていた。だって、自分には価値がなくて、相手には価値があるから、という考えをずっと持っていた。

この死にたい、って気持ちは実は今年の6月くらいまであった。

ヒーリングを学んで5年経つが、その間、確かにいろんなワークやヒーリングやその他のセッションを受けて、徐々にではあるが、その気持ちは薄れていった。

けれど、本当に一番深い根っこが外れたな、と感じたのが今年の6月。つい最近のことである。

きっかけは、溝口あゆかさんの無料講座を受けた時、あゆかさんが、

「ずっとどこかで人の役に立っていないといけないと思って生きてきた。そんな思いが自分に持っている事すら気付かなかった。それはプライベートでみんなと楽しく遊ぶ集まりの中ですら、誰かの役に立っていないと、その場にいてはいけないと感じていた自分に気づいた時、そんなことを思っていた自分に本当に驚いた。」

というお話を聞いたときに、私の中でもストン、と何かが合致した。

今では、死にたかった自分がいた事すら、遠い過去、前世のような感覚がある。

それでも日々の生活の中で、今までの思考の癖がちょいちょい出てくることがある。

自由を制限しているのだ。

私のところへくるクライアントさんも

自由に生きたい

と願ってくる人が大勢いる。

では自由ってなんだと思う?

と聞いてみると、わからないって答えがほぼ100パーセントの割合で返ってくる。

先日、大勢の人数の中で、初対面の人たちもいながらたくさんの人たちと遊んで話す機会があった。

以前の私なら、人にどう思われるかすごく気にしていたし、見下されないように、馬鹿にされないように、不快にさせないように、

とてもとても気にしていて疲れていたと思う。

実際に私はそのような機会があると、グンと口数が減るし、居心地も決していいとは思えない感覚はある。

一緒にいた人たちに、

喋っていないけど、大丈夫?と気を使ってもらうこともある。

けれど、深いところではリラックしていて、大丈夫なんだ、という気持ちがある。

怖がっている私がいて、怖いながらも相手の目を見て受け答えして、気を使ってくれる人に、人見知りなのって伝えられる自分がいる。

そこには過度に自分を守ろうとすることもなく、相手を信頼して、自分がその感情を抱かせたのは相手が悪いからだ!という変なディフェンスの思考回路にはならない。

けれどされて嫌なことは嫌と言える自信があり、もし、本当に嫌なら立ち去る勇気が自分の中にある、ということは

なんと自由なことだろう

そう、私の尊厳は誰も奪えないし、奪われないのだ。

6月から目まぐるしくまた私の周辺が変わっている。

癒されれば癒されるほど、新しい自分が出てきて私自身驚いている。

ヒーリングをしています。

と人に言うと、なかなか理解されなかったり、なぜか敬遠されることもしばしばあるのだけれど、

私は自分が受けてきて、本当に人生助けてもらって、人生が変わった!と実感している。

それは今も今とて日々更新され続けている。

この感動があるから、5年も続けてこれたんだって思っている。

来月もまたよろしくお願いします

と言うクライアントさんの言葉を聞くと、

こちらこそよろしくお願いします、と言う気持ちになる。

この自由を届けたい

これが私の原動力となっている。

愛しています。

ありがとう。

読んでくれて

ありがとう