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サポーターズ企画~子どもの頃読んだ本④~

2023.07.30 03:09

 はねずあかねです、こんにちは。

 先週末は祝いの席にお呼ばれし、大変楽しく過ごしてきました。どれだけ暑くてもめでたいものはめでたいです。どうか皆様にも形は色々なれど、幸福がありますようにと願ってやみません。

 4週連続と銘打って始まった「子どもの頃に読んだ本」。幼少から中学生までに読んだ本をテーマにサポーターズに書いてもらったこの企画も、ついに最後となりました。

 最後を飾っていただくのは、こちらのブログには初めて登場となる桜澤 美雅(おうさわ みか)さんです。

 彼女もまた先生(ポラン堂店主)の授業を受けていた1人です。私やあひるさんより年上でありながら、何の違和感もなく良き後輩としていてくれて、今でも小説や演劇について語り合うなどしてくれます。

 それでは桜澤 美雅さん、よろしくお願いします。





三輪裕子『峠をこえたふたりの夏』 ~桜澤美雅さん~

 山には良い思い出がありません。

 小学5年生の自然学校のときでした。

 山の中にあるロッジに5泊したのですが、ある日朝目覚めたら、私の両足に無数の傷ができ、ぼこぼこと腫れ上がってしまったのです。就寝中に、よくわからない虫に両足を刺されたのが原因でした。

 悲劇はそれに留まりませんでした。

 自然学校といえば野外でお馴染みのカレー作り。できあがったカレー鍋には、巨大な蜘蛛が入っていました。今でも思い出すたびに全身が震え上がります。

 思えば、私の虫嫌いはこの体験が始まりだったかもしれません。


 私と山との相性の悪さは、その後も続きます。

 中学2年の登山では、強烈な腹痛に見舞われました。私は、先生に手を繋いでもらいながら、泣く泣く登るしかありませんでした。


 大人になったら、山とも仲良くなれるはず。

 その期待は、会社の仲間たちとの六甲山登山で打ち砕かれます。私が思い描いていた、のどかなハイキングのようなものではなく、それは鎖を握りしめて急斜面を這い上がる場所もある、険しいコースでした。

「思ってたんとちゃうやんけ!」

 と眼下に広がる神戸の街に向かって絶叫したい気持ちをぐっとこらえ、私は半泣きで頂上に辿り着きました。そして、気が付いたのです。

「──お弁当忘れた」

 飲み物だけで下山し終えた後は、帰りの駅のホームのベンチで、空腹と疲労と全身痛に苛まれながら、私は固く心に誓ったのです。

 もう山はこりごりだ。

 山に泊まるなんてとんでもない。登るのもまっぴらごめんだ。

 百歩譲って、山頂まで快適な乗り物があるのなら、行ってあげないこともない。最近流行りのグランピングなら、虫の気配もしなさそうだから、まだ行けるかもしれない。私が山と和解できるのは、そういう条件がクリアされたときだけ。


 さて、そんな私ですが、一度だけ山に魅入られたことがあるのです。

 あれは幼いころ、たしか5、6歳のころだったと思います。

 私は、両親と弟、親戚たちと墓参りに訪れていました。

 母方の墓は、揖保川が穏やかに流れ、播州平野が山地に接する西の端、だだっ広い田んぼの畦道を辿った先にある山のふもとにありました。

 私と弟と、従姉妹たち──子ども4人は、草刈りやお線香、お花のお供えといった義務に飽き、墓地のまわりを駆け回っていました。そのとき、墓地の焼却炉の裏から、山道が伸びていることに気が付きました。

 私たち子ども4人は、山道に吸い込まれるように入っていきました。

 ちょっとした冒険心だったと思います。

 鬱蒼とした木々に覆われた道を抜けると、突如空にぽっかり穴が空いたように、一面、青々と生い茂る草や、色とりどりの花が溢れる地が現れたのです。

 ちょうど、まぶしい光が天から降り注いで、それが現実の世界とは思えないほど、明るくて美しい場所でした。私は、幼いながら、その光景ににうっとりと心を奪われました。

 すると、先ほど来た道から母や叔母が慌てて私たちを迎えに来ました。

 私たちがその場所にいたのは、ものの数分の出来事だったと思います。

 墓地に戻ると、母に、もう二度とこの山に入るんじゃない、ときつく叱られました。

 私は、「とってもきれいな場所があったよ」と訴えましたが、取り合ってもくれませんでした。

 その土地で生まれ育った母のことです。私たちが見たあの美しい場所を知っているのではないかと尋ねてみましたが、「はいはい」と生返事をされるだけ。

 もしかしたら、そこは大人たちのあいだで決して踏み入れてはいけない禁忌の場所だったのではないか──。それ以降、私は口を噤みました。

 だけど、あのとき、子どもだった私たちは、はっきりと見たのです。

 この世のものではないような美しい光景を。


 大人になってから、あの山に入ったことがあるのか聞いてみたことがあります。

 母は、「ない」と短く答えました。

「山は怖い。『入るな』と親から言われて育った。あそこは怖い、不思議な場所なんや」

 それ以上、母は教えてくれませんでした。

 私はただ、山道の先に天へと続く道があるように感じられました。


 前置きが長くなりました。

 さて、今回ご紹介するのは、三輪裕子さんの『峠をこえたふたりの夏』(1991年、あかね書房)です。

 この本はあかね創作文学シリーズで、第38回青少年読書感想文全国コンクールで、高学年の部の課題図書になっていました。

 今年が第69回だそうですので、31年前ということになります。おそらく小学4年生だった私が、夏休みの課題図書として手に取った本です。今回、31年ぶりに読み返してみました。

 主人公のサキは小学5年生の女の子。

 サキにはユウキという名の双子の兄がいます。

 半年前にお母さんが闘病の末に亡くなり、今は父子家庭です。3人で家事を分担し、お父さんはお仕事、サキとユウキは学校を一生懸命頑張りますが、だんだんとうまくいかないことが増えてきて、学校の先生たちに心配されます。

 そんなとき、お父さんがある提案をします。

 夏休みに母方の田舎のおばあちゃんの家へ行こう。

 しかも、列車やバスを乗り継いで行くのではなく、山道を登って、峠でテントを張って一泊しよう。

 そして翌日1日かけて山を下れば、おばあちゃんの田舎に着く──。

 それを聞いたサキとユウキはびっくりです。二人はキャンプなんてしたことがなかったからです。

 そしてもう一つ、その山の峠はいつかお母さんが話してくれた峠だったからです。

 それは小学生になったばかりのころ、田舎へ行った夜に、蛍をつかまえに行ったときのこと。


「あのねぇ、この道をずーっと歩いて、どこまでも行くと、峠があるの。とちゅうからは、山道を登っていくのね。どんどん、どんどん登っていくから、とっても空に近くなるのよ。(中略)そこに登るとね、星がもう、手がとどきそうなほど近くに見えるの。(中略)死んだ人は、お星様になって、空から見てるって話、聞いたことある? かあさんは、峠に行くといつも、死んだおじいちゃんやおばあちゃんたちと話をしたのよ。(中略)だから、かあさん、子どものころ、ずっと信じてた。あの峠から、星に向かって、道がついてるんだって。死んだ人は、その道を通って、星になるんだって……。」(p.24‐26)


 久しぶりに田舎のおばあちゃんに会いに行けること、お父さんと3人でお出かけができること、亡くなったお母さんとあの峠で話がしたいと、サキはとても楽しみでしたが、ユウキは不安をこぼします。

 お父さんは、なぜ山を通って、母方のおばあちゃんの家に行こうと言い出したのか。もしかしたら、僕たちはおばあちゃんの家に預けられるのかもしれない、と。

 楽しみと不安が入り混じったまま、ついに山へ入る日が来ます。

 天気予報では、台風が近づいているといっています。

 果たして、無事に峠を越えることができるのでしょうか──という物語です。


 峠には着けたものの、親子3人に次から次へと困難がやってきます。台風のせいで天候は荒れに荒れて、とても大変な経験をします。

 それでも、峠でお母さんと話がしたいサキは、ある行動に出ます。


 死者ともう一度話がしたい、というサキの願い、私には自分のことのように感じられます。というのも、私の父は、私が中学3年生の夏に亡くなりました。

 私が物心つくかつかないくらいから、父は入退院を繰り返していて、長い長い闘病の末に息を引き取りました。

 あれから26年が経ちました。

 病気で苦しんでいた顔はおぼろげに思い出せるのに、声は思い出せません。どんな声だったのか、まったく忘れてしまったのです。

 もしもう一度声が聞こえるなら、また話ができるなら、父は何を語ってくれるでしょうか。


 この本を読んで、父が亡くなって、母子家庭になったばかりのころの不安定だった気持ちがよみがえりました。

 張りつめていた糸が切れるような危うい気持ち。

 父が亡くなったときも嵐の日だったこと。

 それでもどうにかこうにか私は母と弟の親子3人で暮らしてきました。


 サキとユウキとお父さん、3人で協力して嵐を乗り切ることで、ある変化が生まれます。

 3人が峠を越えた先に見えたものの温かさに、私は打ち震えました。

 児童文学って、子どもの心を支える文学でもあるのだと、私は31年経ってようやく知りました。

 かつて子どもだったころの私が、なぐさめられたような気がしたからです。

 子どものころに味わった寂しさ、悲しみに、そっと寄り添ってくれる。

 この物語は、私にとってそういった存在になりました。


 タイトルは『峠をこえたふたりの夏』。

「ふたり」の意味が分かったとき、私はちょっと嬉しくなりました。

 今を生きている子どもたち、そしてかつて子どもだった大人のかたにも、ぜひおすすめしたい一冊です。


 表紙の絵を挿絵は、中村悦子さんによるもの。

 ノスタルジックな思いを呼び起こさせるような美しい絵も必見です。





 桜澤さん、ありがとうございました。

 戻ってまいりまして、はねずです。4週に渡りお付き合いいただいた方も、そうでなかった方もありがとうございました。

 「子どもの頃に読んだ本」とテーマを掲げてサポーターズの皆さんに書いてもらいましたが、予想外の盛り上がりと、何より熱い気持ちのこもった企画となり嬉しく思っています。読んでいただいた皆さんにも、何か思い出深い1冊はあったでしょうか。

 さて、私が提示した夏の企画はこれで終わりとなりますが、今年の内にもう一度企画を考えています。もしお付き合いいただける方は、そのときにまたよろしくお願いします。