Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

A.Hashimoto's blog

カズちゃん

2023.07.30 07:40

私がまだ小学校の1年生くらいの幼さだった。その日、近くの神社の境内にある柘植の大きな植え込みの木陰にカズちゃんが座っていた。カズちゃんの家と私の家は神社を挟んで反対側にあった。カズちゃんはその時、草地にうずくまるようにして、クローバーの花の環を編んでいたように思う。

まだ小学生になったばかりの私と、同じ学年のカズちゃんはお互いをよくわかっていない。当時の郷里のその町(村落)も日本中のどことも似たような賑やかさで、口の悪い大人がよく言っていた「履いて捨てるほど子供が」いた。小学校も中学校も学童で溢れていて、農業の手伝いなどに駆り出されていない日曜日には、野球などをしに校庭にたくさん集まっていた。その日もバットやグラブを手に学校に遊びに行く4歳上の兄と近所の兄の男友達らにくっついて、私も学校に遊びに行こうとしていたのだと思う。野球はしないが、校庭の隅にはジャングルジムやブランコなどの遊具がある。

私の家がある集落から校庭へ入るには、この神社の境内を抜けるこの道を行く。それでその時、カズちゃんが座っていた柘植の木の横を5,6人の男子たちが通りかかったことになる。中の1人が、「おーい、カズコがいるぞ」と言った。私はぎょっとなった。なぜそんなふうに驚いたのか今もってよくわからないが、単に「悪意のあるその声」が怖かったのかもしれない。ひとりの声に他の悪童たちが声を揃えて、カズコだ、カズコだとはやし立てた。残念ながら私の兄もそのひとりだった。

当然ながらカズちゃんは泣き出した。うつむいて涙を押さえる手に、しおれたクローバーが揺れている。私は声を失って兄たちとカズちゃんを交互に見ていただけだった。そして、そのあとの記憶はない。おそらく、兄たちはカズちゃんが泣き出したのを機にからかうのを「なんとなく」止め、ばらばらと走り出して校庭へ駆け込み、カズちゃんをからかった記憶などすっとばして日暮れまで野球で遊んで、やがて中学生、高校生となって…。私の兄は小学校教諭を天職だったと自他ともに認める評判の良い教諭、そして学校長まで勤め上げた。

兄たちがあの子をからかう「アイディア」を提供したのは大人たちだ。理由は?カズちゃんの父親の系譜か、カズちゃんではない誰かの犯罪歴か。その「理由」を発端に直接的な大人たちの会話と教育などの「環境」が後押しをしたのだろう。

私にはその兄の上にさらに4歳上の長兄がいて、もちろん父親という「環境」そのものの男性がいた。彼らが全員鬼籍にいる今だからよくわかる。カズちゃんをからかったことに「彼ら自身に」深い意味はないのだ。しかし、カズちゃんは深く傷ついたにちがいない。もしかしたら傷ついたことにも気が付かないほどに、深く。

あの時、やっと7歳になったばかりだった私は「止めなよ、からかうのは」と言えなかった。それから数十年の月日を経て、数えきれないほど本を読み(多くの人生に触れ)、たくさんの出会いで眠れないほどの苦渋を感じ、おそらく感じさせ、残念ながら我が長男や何人もの若い命とお別れをした。そんな今だから言える。何一つその子、その人のせいじゃないから、からかうのは止めよう。カズちゃん、手を引いてあげるからいったん逃げよう。