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粋なカエサル

「ボルゲーゼ美術館の心地よさ」

2018.07.28 20:07

 今回で3度目になるボルゲーゼ美術館。9時に予約。ここは完全予約制+総入れ替え制(2時間)。だから11時までに退出しなくてはいけない。見たい作品さえはっきりしていれば、2時間は最適。定員があるから、人があふれかえるなんてこともない。作品を最前列で見るのに苦労することもない。ここの目玉はベルニーニ(カラヴァッジョも何点もあるけど、好きな作品はない。どうもカラヴァッジョの描く少年はいまだに好きになれない)。初期の代表作『アエネイアスとアンキセス』(1618-20)、『プロセルピナの掠奪』(1621-22)、『ダヴィデ』(1623-24)、『アポロントダフネ』(1622-25)がそろっている。そして、4体とも別々の部屋の中央に置かれていので、あらゆる角度から作品を楽しむことができるのもうれしい。彫刻、特にバロックの作品は正面からだけ見ていては魅力を十全に味わうことはできないから。『ダヴィデ』のみ旧約聖書に基づくが、ほかはすべてギリシア神話、ローマ神話がモチーフ。それらについての知識がなくても楽しめるが、あればさらにおもしろい。なにしろ、絵画、彫刻を問わず多くの芸術家たちが表現を試みたモチーフだ。例えばダヴィデとゴリアテの戦い。彫刻ではドナテッロ、ミケランジェロ、絵画ではティツィアーノ、カラヴァッジョの作品が有名だが、それぞれ戦いの前、最中、後と描く場面は異なっている。ベルニーニは羊飼いのダヴィデが石投げ器で石を巨人ゴリアテめがけて投げようとする瞬間のダイナミックな動きを形象化した。カラヴァッジョは、ゴリアテを倒したダヴィデが、ゴリアテの首をゴリアテの剣で切り落とし、手で生首を掲げる場面を描いた(しかもゴリアテの顔はカラヴァッジョの自画像!)。それに対して、ミケランジェロが選んだのは戦う前の静かにゴリアテを見据えているダヴィデ。ダヴィデが、武器の提供を断って、石投げ器ひとつで完全武装の巨人ゴリアテに立ち向かうのは、神が味方してくれることを信じているから。その確信が、全身にみなぎる。初めてフィレンツェのアカデミー美術館で目にしたとき、鳥肌が立ち、涙があふれたことを今もはっきり覚えている。いまだに、これ以上の体験を絵画、彫刻で味わったことはない。ミケランジェロの信仰心(彼の聖書理解は、カトリックの正統派とはかなり異なっていたように思う。自らの心と頭で感じ、考える人間の信仰、思想、哲学が独創的になるのは当然だろう、ストレートに表現するかどうかは別にして)、思想、哲学と「神の手」とも称されたテクニックのなせる業。

(サムエル記上 17章 38節~45節)

「サウルは、ダビデに自分の装束を着せた。彼の頭に青銅の兜をのせ、身には鎧を着けさせた。ダビデは、その装束の上にサウルの剣を帯びて歩いてみた。だが、彼はこれらのものに慣れていなかった。ダビデはサウルに言った。『こんなものを着たのでは、歩くこともできません。慣れていませんから。』ダビデはそれらを脱ぎ去り、自分の杖を手に取ると、川岸から滑らかな石を五つ選び、身に着けていた羊飼いの投石袋に入れ、石投げ紐を手にして、あのペリシテ人に向かって行った。・・・ダビデもこのペリシテ人に言った。『お前は剣や槍や投げ槍でわたしに向かって来るが、わたしはお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう。』」)

 これまでここを訪れた2回は、ベルニーニ作品の中で『アポロントダフネ』に強くひかれたが、今回は断然。『アポロントダフネ』は今回も「美しい」とは感じたが、強烈さは感じなかった。それに比べ『プロセルピナの掠奪』は強烈だった。場面は、草花を摘んでいたプロセルピナが、突然地底から現れた冥界の王プルトンに連れ去られる瞬間。体をよじって必死に逃げようとするプロセルピナ。顔は恐怖に引きつり、ひろがった足の指先にまでそれが表現されている。逃げられないようにがっちりプロセルピナを抱きかかえるプルトンの指がプロセルピナの柔肌に食い込む。とても大理石とは思えない見事な表現力。冥界の番犬ケルベロスの3つの頭もそれぞれ表情が描き分けられている。作品の周りをまわり、思う存分鑑賞した。何度も。何度も。

 追い出されるようにして美術館を出たが、ヴァチカン美術館を出た後の疲労感とはまるで異なる充実感。爽快感すら感じながらボルゲーゼ公園を通ってホテルまで3㎞ほどの散策を楽しんだ。ボルゲーゼ美術館のような方式での鑑賞がもっと広まることを切に願う。

(ベルニーニ「自画像」ボルゲーゼ美術館)

(ベルニーニ「ダヴィデ」ボルゲーゼ美術館)

(ドナテッロ「ダヴィデ」バルジェロ美術館 フィレンツェ)

(ミケランジェロ「ダヴィデ」アカデミア美術館 フィレンツェ)

(ティツィアーノ「ダヴィデとゴリアテ」サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会 ヴェネツィア)

(カラヴァッジョ「ゴリアテの首を持つダヴィデ」ボルゲーゼ美術館)

(ベルニーニ「アエネイアスとアンキセス」ボルゲーゼ美術館)

(ベルニーニ「アポロンとダフネ」ボルゲーゼ美術館)


(ベルニーニ「プロセルピナの掠奪」ボルゲーゼ美術館)