二面の狼
【詳細】
比率:男1:女1
和風・ファンタジー
時間:約40分
【あらすじ】
とある社からの帰り道、雨が降る中出会ったロウと嵐。
「お前の首をもらいに来た!」
『送り犬』の首を求める少女とその山に住まう妖の物語。
*こちらのシナリオは人格が入れ替わるシーンが何ヶ所かございます。
【登場人物】
ロウ/ガミ:山に住まう妖。
人間に対して友好的。
内に「ガミ」という人間をあまり良く思っていない人格がいる。
二人で『送り犬』という妖。
*ロウの時は俺、ガミの時は私と一人称が変化する。
嵐:(あらし)
麓の村の村人。
微かに邪を払う力を持っているという。
少し年の離れた妹がおり、その妹のために『送り犬』の首を狙う。
ガミ:ある者は言った
人間は醜い生き物だと
己の欲望のためにはどんなことでもする獣
だから滅びるべきだと
私もそう思い、その言葉に賛同した
ロウ:ある者は言った
人間は脆い生き物だと
脆いはずなのにその身を挺してまで大切なものを守ろうとする生き物だ
だから、守って慈しまねばならないと
その言葉に俺は興味をもった
ロウ:人間に興味を持ったこと、それが俺たちの誕生だった
ガミ:そして、人間に会ったこと、それが私たちのわかれだった
●山中・夜
雷雨の中、ロウが山道を歩いている。
ロウ:(大きくため息をつき軽く舌打ちをする)……予測よりも降りが早えじゃねぇか。あいつ、今度会ったら村一つ分の酒を要求してやる……
草むらでガサゴソと音が鳴る。
ロウ:ん? なんだ?
嵐:おりゃぁぁぁぁ!
ロウ:おっと!
嵐:っ! 逃げるな!
ロウ:いや、急に草陰から出てきた奴に襲ってこられたら逃げもするだろう
嵐:っ! くそっ!
ロウ:……お前、大丈夫か?
嵐:は?
ロウ:見たところ、立ってるのもやっとじゃねぇか
嵐:……人間の心配とは……余裕だな……妖め……
ロウ:へぇ、俺が妖だと分かっていたのか……
嵐:当たり前だ! だから、お前の首をもらいに来た!
ロウ:……ほぅ……面白い女子(おなご)ですねぇ……
嵐:はぁ?
ロウ:(胸元を押さえ荒く息をする)っ! ガミ、止めろ……これはそれじゃない……
嵐:何をごちゃごちゃとっ!
ロウ:くそっ!
ロウ、嵐の後ろに素早く回り込む。
嵐:え?
ロウ:悪いな……少し眠ってくれ(嵐の首に手刀をくらわす)
嵐:うっ……
ロウ:初対面の女を手荒く落とすなんてことしたくはなかったんだが……悪いな。ガミ、これで分かっただろう……落ち着いたか……(ため息をつき)さて、どうしたものか……このまま……ってわけにはいかねぇよなぁ……仕方ねぇ、塒に運ぶか……
嵐の身体を担ぎ上げようとするロウの前に小さな光が現れる。
ロウ:ん? なんだ、この光。蛍か? っ! 眩しいっ!
しばしの間、強い光に目を瞑るロウ。
光が弱くなる気配を感じて目を開けると、そこには嵐と似た少女が経っていた。
ロウ:お前は?
●山中・夜中・ロウの住処
魘される嵐。
嵐:っ! ハナ! はぁ、はぁ……ゆ、夢? ……ハナ……
ロウ:お、起きたか?
嵐:っ! 誰だ!
ロウ:誰だって……随分な言い草だな
嵐:お前は!
ロウ:お、思い出したか?
嵐:(飛び起きようとする)っ!
ロウ:おいおい、あんまり無茶しようとすんな。怪我してんだから大人しくしとけ
嵐:っ! 近づくな! お前、何故ここにいる!
ロウ:何故って……それは俺の言葉だ
嵐:はぁ?
ロウ:ここ、俺の塒だから
嵐:……え……(辺りを見回す)
ロウ:(ため息をつき)だから、安静に……
嵐:(遮って)何故だ! 何故助けた!
ロウ:はぁ?
嵐:……敵に情けをかけられるなんて……
ロウ:お前の為じゃねぇよ
嵐:は?
ロウ:俺のために助けたんだ
嵐:え?
ロウ:俺を殺すためとはいえ、お前は俺の前に現れた。俺とお前は出会っちまった。俺は誰であろうと見殺しには出来ないたちでね
嵐:……妖のくせに……
ロウ:妖だからだよ
嵐:は?
ロウ:それで? お前は何でこの山に来たんだ?
嵐:お前を殺しに来たんだ!
ロウ:それは昨夜も聞いた。俺が聞きたいのはそこじゃねぇ
嵐:は?
ロウ:お前はなんで俺を殺しに来たんだ
嵐:……
ロウ:それについてはだんまりか
嵐:……お前に話す義理はない……
ロウ:そりゃ、そうだわな。まぁ、聞かなくてもおおよその予測はつくけどな
嵐:……
ロウ:だが、残念だな
嵐:え?
ロウ:お前の捜している『送り犬』なる妖はもういない
嵐:……え……
ロウ:この山に『送り犬』はもういないんだよ
嵐:嘘だ! っ!
ロウ:……本当だよ
嵐:……うそ……だ……それなら、私は……どうした……ら……
ロウ:(嵐の変化に気が付き)お、おい
嵐、その場に倒れる。
ロウ:おい! 大丈夫か!
嵐:……
ロウ:気を失っただけか……驚かすなよ
嵐:(うわごとで)……ハナ……
ロウ:……
(小さく息をつき)哀れですね、何も知らないとは
(胸を押さえて)っ、ガミ……お前……なんで……
(鼻で笑い)気が付きませんか? この場に満ちる陰の力が、私に力を与えてくれる
(胸を押さえて)っ……お前には関係ない。さっさと眠っていてくれ……
(苦笑し)まだ私を己の中に封じるつもりですか。貴方も大概頑固者ですね。狐の坊やに感化されましたか? それとも、白き蛇の姫のように人間に絆されましたか?
(胸を強く抑え)うるせぇ! 俺は、もう人の血は見ないと決めたんだ!
(鼻で笑って)いつまでもつか。ロウ、覚えておきなさい。人間はどこまでいっても自分勝手な生き物。覚えているでしょう? あの人間だって……
(強く地面を打って)黙れ!
ロウ、荒く息をする。
ロウ:……俺は、もう人間の血は見ないって決めたんだよ……俺は、信じたいんだよ……
目の前に明るい光が現れる。
ロウ:うっ……この光は……お前か……心配するな、こいつを殺しはしない。安心しろ……
光の中の少女がにっこりと微笑む。
ロウ:ただ……これから、こいつをどうしたらいい? 村には帰せないだろう?
少女、ロウを指さす。
ロウ:俺? いや、俺と一緒にいることはこいつにとっていいことじゃない……
少女、にっこりと微笑んで消えていく。
ロウ:おい! 待て! ……消えた……本当に、勝手だなぁ……
●山中・朝・ロウの住処
目を覚ます嵐。
嵐:……うぅ……朝……?
ロウ:起きたか?
嵐:……妖……
ロウ:あれからずっと寝てたから心配してたんだぞ?
嵐:……ずっと……
ロウ:あぁ、三日ほどな
嵐:……三日……そうか……
ロウ:……どうしたんだ? やけに大人しいな。会ったときの威勢はどうした?
嵐:別に……もう、どうでもいい……
ロウ:は?
嵐:もう、『送り犬』はいないんだろう?
ロウ:……あぁ……
嵐:ならば、もうどうでもいい……私のことなど放っておいてくれ……
ロウ:……
嵐:あぁ、いっそのこと殺すか?
ロウ:は?
嵐:お前も妖なんだろう? だったら人間は大好物だろ? ほら! 今なら何の手を下さなくても人間が手に入るぞ?
ロウ、嵐の頬を叩く。
嵐:っ……
ロウ:いい加減にしろ! さっきから黙って聞いていればなんなんだ。自分を見失うのも大概にしろよ?
嵐:……お前に……
ロウ:あぁん?
嵐:お前に何が分かる! 『送り犬』がいないと言われた私の気持ちなどお前にはわからないだろう!
ロウ:あぁ、わからねぇよ! なんなんだよ。それじゃあ、まるで『送り犬』がいてほしいみたいな言い方じゃねぇか!
嵐:……っ!
ロウ:『送り犬』は人間を喰う妖。人間の敵だ。そんなのがいてほしいのかよ!
嵐:そうだ!
ロウ:……は? お前、正気か……?
嵐:正気……さぁ、どうだろうな? 人を喰う妖が存在していることを望むことが狂っているというのであれば私は狂っているんだろうな
ロウ:……
嵐:私は『送り犬』がいてくれなければ困るんだよ。そうじゃないと、ハナが……
ロウ:ハナ?
嵐:……
ロウ:訳アリってやつか
嵐:……お前には関係ない……
ロウ:話してみろよ。少しは楽になるかもしれないぞ?
嵐:……
ロウ:……まただんまりか……
嵐のお腹が鳴る。
嵐:あっ……
ロウ:(笑って)口はだんまりを決め込んでても腹は正直なのな
嵐:う、うるさい!
ロウ:(笑いを収めつつ)まぁ、三日も食ってなければ腹は減るよな。よし! まずは飯だな
嵐:は?
ロウ:腹、減ってんだろ?
嵐:わ、私は!
嵐のお腹が鳴る。
嵐:っ!
ロウ:(笑いながら)やっぱり身体は正直だな。大したもんは用意できんが、多少は腹は膨れるだろう?
嵐:私は人間なんて食わない!
ロウ:え?
嵐:私は人間だ!
ロウ:(大笑いして)あぁ、その心配か。だったら心配はいらない
嵐:は?
ロウ:俺は妖だが人間は食わない。食うものはお前たち人間と似たようなものだ
嵐:……嘘だろ……
ロウ:本当だよ。用意するから待ってろ
ロウ、慣れた手つきで焚火に火をおこす。
嵐:……火、使い慣れてるんだな
ロウ:ん? あぁ、そうだな。必要だったから覚えた
嵐:……
ロウ:どうした?
嵐:いや、火なんて久々に見たなと……
ロウ:そうか?
嵐:……私には必要のないものだから……
ロウ:火が? 火を使えないと不便だぞ? 飯を作るにしても何をするにしても
嵐:食べるものなんてなんでも口に入れば同じだ
ロウ:……
嵐:な、なんだ?
ロウ:お前、言ったな?
嵐:な、何を?
ロウ:口に入ればなんでも一緒だ? お前のその考え、俺が変えてやる!
嵐:はぁ?
ロウ:いいから黙って待ってろ!
間。
数十分後、嵐の前におにぎりと簡単な具材が入った味噌汁が出される。
嵐:こ、これは……
ロウ:どうだ。急だったからな。豪華ではないが、うまいぞ
嵐:……
ロウ:どうした? あぁ、毒なんか入ってないから安心しろ。作っているところ見ていただろう?
嵐:……違う……
ロウ:え?
嵐:こんな食事、子どものころにあったくらいで……だから……
ロウ:(優しく微笑み)ほら、あったかいうちに食え
嵐:あ、あぁ……い、いただきます……
ロウ:(嬉しそうに微笑み)おう
嵐:(味噌汁を一口飲み)……美味しい……
嵐の目から涙が一筋零れる。
ロウ:そんなにうまいか?
嵐:え?
ロウ:涙
嵐:え? あっ……これは、違っ!
ロウ:あぁ、そんなにこするな。赤くなっちまう
嵐:うるさい!
ロウ:(軽くため息をつき)本当に……あいつが心配するわけだ
嵐:え?
ロウ:なんでもねぇよ。ほら、どうだ? なんでも腹に入れば同じか?
嵐:……
ロウ:(苦笑して)本当にお前はだんまりが得意だな。まぁ、いいけどな。沈黙は肯定と取らせてもらうぜ
嵐:……嵐……
ロウ:え?
嵐:嵐……私の名前だ。いつまでもお前って言われるのは鬱陶しい
ロウ:鬱陶しいってお前なぁ……わかったよ、嵐
嵐:あぁ
ロウ:それで、ちょっとは自分のこと話す気になったか?
嵐:……それは……
ロウ:……事情を知れば、もしかしたら力になれるかもしれない
嵐:え?
ロウ:お前……嵐が求めているのは俺と同じ妖だろう? で、あれば何か力になれるかもしれない
嵐:……何故だ?
ロウ:ん?
嵐:お前はどうして、お前を襲った私にこんなにも良くしてくれる?
ロウ:ロウだ
嵐:え?
ロウ:お前の名前を教えてもらったんだ。俺の名前も言わなきゃ公平じゃないだろう?
嵐:……ロウ……
ロウ:そうだ。それで、お前の質問に答えるとすれば、俺は人間が知りたいからだ
嵐:人間を知りたい?
ロウ:人間が妖についていろいろ話をしているように、俺たち妖も人間について思うことが多々あるんだ。いろんな噂がいろんな奴らの間で囁かれている
嵐:そ、そうなのか?
ロウ:あぁ、だから、俺は知りたい。人間がどういう生き物なのか。溢れかえる偏見や嘘にまみれた噂で判断したくないんだ。俺自身の目で、耳で確かめたい
嵐:……
ロウ:なんて、妖らしくないってよくいろんな奴に怒られるけどな
間。
嵐:……私がこの山に来たのは、『送り犬』を殺し、その首を村にもって帰るためだ
ロウ:……それは、何故?
嵐:……
ロウ:言いたくないか
嵐:……妹のためだ……
ロウ:妹?
嵐:少し年の離れた妹がいるんだ。身体が弱くて今は村長(むらおさ)様のところで養生をしている
ロウ:そうか
嵐:その妹の具合があまり良くないらしい……
ロウ:らしい? 会ってないのか?
嵐:妹は村長様のお屋敷の奥にいるから会うことは出来ない
ロウ:姉妹なのに?
嵐:姉妹だとしてもだ。私の力があの子にどんな影響を与えるか分からないらしい
ロウ:力?
嵐:あぁ、村長様曰く、私には邪を払う力が微かにあるとか
ロウ:……ほぅ……
嵐:それが妹の持つ力と反発を起こして妹の命を脅かしてしまうかもしれないらしい
ロウ:……お前の妹ってのそんなに凄い術者なのか?
嵐:術者ではない。私たちは何の訓練も受けていないからな。妹は昔から『先の世界』を見ることが得意だったんだ
ロウ:『先の世界』? 予言とか予知と言ったものの話か?
嵐:そうだ。妹のその力は強くてな。外れたことがないんだ。村に起こる厄災も見事に当ててみせ、いくつもの命を救ってくれた
ロウ:……そうか……そいつは凄い力だな……
嵐:あぁ、ただ、それゆえに身体が弱くてな
ロウ:なるほどな。それで、そのことと『送り犬』を追ってきたことと何の関係がある?
嵐:今、妹の不調の原因は『送り犬』の気にあるらしい
ロウ:は?
嵐:『送り犬』の悪い気に当てられて、妹は起き上がることすらできないらしいんだ
ロウ:……それは誰が言っていた?
嵐:村長様だ
ロウ:……ほぅ……
嵐:だから、『送り犬』を討ち、その首を持ちかえれば妹の身体は良くなると
ロウ:……だから、『送り犬』を捜していたと……
嵐:そうだ
ロウ:(鼻で笑い小さく)やはり、人間は勝手な生き物ですね
嵐:え?
ロウ:(ハッとして胸をとっさに抑える)ガミ!
嵐:ど、どうした?
ロウ:……いや、なんでもない
嵐:そ、そうか?
ロウ:あぁ。それで……
嵐:でも、どうやら村長様のお考えは違ったようだ
ロウ:え?
嵐:お前はこの山に『送り犬』はいないと言った
ロウ:あぁ
嵐:でも、妹の具合は悪い。ということは、他に原因があるのだろう
ロウ:……
嵐:あの時は、『送り犬』がいないという事実に衝撃を受け他のことは考えられなかったが、落ち着いて考えれば他の可能性だってあるんだよな
ロウ:……
嵐:ロウ、世話になった
ロウ:え?
嵐:こうしてはいられない、一刻も早く村に戻って村長様にご報告を!
ロウ:馬鹿っ! 急に立つな!
嵐、勢いよく立ち上がろうとするが上手く身体に力が入らず倒れ込む。
嵐:痛っ……
ロウ:言わんこっちゃない。手当したとはいえ、傷だらけで三日も寝てたんだ。身体が思うように動くわけないだろうが
嵐:……
ロウ:もう少し休んどけ
嵐:それはダメだ! 早く戻って報告を!
ロウ:……俺が行こう
嵐:は?
ロウ:とりあえず、お前の妹が今どうなっているかだけでもわかれば良いんだろう?
嵐:あぁ……
ロウ:それくらいであれば、俺なら簡単に探ってこられる
嵐:だが……
ロウ:ここから村に戻るまでどれくらいの距離があると思ってるんだ。夜になれば獣だけではなく妖も闊歩する山だぞ? 万全ではないお前が、はたして無事に村に辿り着けるかな?
嵐:……
ロウ:安心しろ
嵐:え?
ロウ:お前の妹の具合を見て来るだけでいいんだろう? 夜には戻れるさ
嵐:……
ロウ:ってことで、今から行って来てやるよ
嵐:え?
ロウ:お前は大人しくここで待ってろよ? ここは俺の縄張りだからここから出ない限りは安全だ。じゃあな
嵐:待って!
ロウ:ん?
嵐:……ありがとう
ロウ:おぅ!
ロウ、嵐を残し住処から出ていく。
ロウ:……村長か。いつの時代も上に立つ奴はろくでなしだな……あの夜からお前が俺の目の前に現れているってことは、そういうことなんだろう、ハナ? せめて、形見か何かを持ってこられればいいが……(胸に痛みが走り、押さえ)ガミ……お前は出て来るなよ……俺はあくまでもあの子の物をもらいに行くだけだ。村で力を振ることなんざ考えちゃいねぇ……
●山中・夜・ロウの住処
塒の入り口で心配そうにロウの帰りを待つ嵐。
嵐:……遅いな……やっぱり、私が……
ロウ:……ただいま帰りました
嵐:ロウ! 無事で……え……血? ロウ、怪我をしたのか!
ロウ:怪我? 何故ですか?
嵐:何故って、着物に血が……
ロウ:血? あぁ、これですか? 別に気にするほどの物でもありませんよ
嵐:……お前、誰だ?
ロウ:誰とは?
嵐:お前、ロウじゃないな……
ロウ:私はロウですよ? 半日離れている間に顔も声も忘れましたか?
嵐:違う!
嵐、ロウの傍から離れる。
嵐:声も姿形もロウだが、お前は違う!
ロウ:へぇ。これは面白い。私とロウを見分けられるとは……同じ人間でも、貴女はまだまともな部類の人間なのかもしれませんね
嵐:お前は誰だ! あいつはどこだ!
ロウ:あれは……ここです
嵐:は?
ロウ:私とロウは同じ身体を有する二つの異なった人格
嵐:そんなこと!
ロウ:信じられないですか? まぁ、そうですね。たかだか人間ごときの貴女にこんな複雑なこと、わかるわけがありませんよね。私が配慮に欠けていましたね
嵐:お前っ!
ロウ:この人格としては初めまして、お嬢さん。私の名前はガミ。この山に住まう妖です。そして、貴女が探し求めている『送り犬』そのものです
嵐:……え?
ロウ:おや、聞こえませんでしたか? 『送り犬』とは私のことですよ。嵐さん
嵐、足元にある刀を握る。
ロウ:おやおや、目の色が変わりましたね
嵐:お前は本当に『送り犬』なのか!
ロウ:えぇ
嵐:だが、ロウは『送り犬』はもういないと言った
ロウ:あれはそうしたかったんでしょうね。忌まわしい記憶ごと、私を封印したかった
嵐:は?
ロウ:ですが、そんなことはあれには出来ません。私が、この山の『送り犬』です
嵐:ならばっ!
ロウ:ですが……良いのですか?
嵐:は?
ロウ:この身体はロウのものでもありますよ?
嵐:っ!
ロウ:私を殺せばロウも死ぬ。それでも良いのですか?
嵐:……
ロウ:(楽しそうに)おや? 殺せませんか?
嵐:うるさいっ!
ロウ:人間とはつくづく理解しがたい生き物ですね
嵐:黙れ!
ロウ:あぁ、理解しがたいと言えば……あの村の人間たちですね
嵐:え?
ロウ:いえね、私が先ほどまでいた村ですが、あの村、一人の少女を神の遣いとして崇めていたのですよ。人間にそんな役割が回って来るなんて事ありはしないのに。もっと面白かったのは、その村の長だという肥えた男が、その神の遣いの少女が聞いた信託だとのたまって己に都合のいい事しか民に伝えていなかったことですね。あれはいつから、どれほどの偽りを重ねてきたのか。妖ですら嫌悪するほどのどす黒いものを抱えていた。まさに外道と呼ぶに相応しい人間でした
嵐:……
ロウ:貴女には覚えがあるのではないですか?
嵐:……
ロウ:あ、そうそう、その神の遣いの少女ですが……(胸に痛みが走る)っ……ロウ……
嵐:え?
ロウ:(苦しそうに)邪魔をしないでください……誰が伝えても同じでしょっ……お嬢さん……貴女に吉報がありますよ……
嵐:吉報?
ロウ:その少女は……あの外道の屋敷の地下で……鎖に繋がれ……息絶えていました……
嵐:……え……
ロウ:もう、随分前に息絶え……
(息荒く)やめろ! ガミ!
ロウの荒い息遣いが塒である穴倉に響く。
嵐:……うそ……だよな……
ロウ:嵐……
嵐:妹が……ハナが死んだなんて、嘘だよな……
ロウ:……
嵐:そうだ……あの『送り犬』と名乗る男は違う村のことを言っているんだ。きっとそうだ……
ロウ:……嵐
嵐:なぁ、ロウ、そうだろ? あぁ、そうだ。妹はどうだった?
ロウ:……
嵐:ロウ!
ロウ:……
嵐:……沈黙は、肯定だったな……
ロウ:嵐! それはっ!
嵐:……さっきの奴を呼んでくれ……
ロウ:嵐?
嵐:……今はお前じゃなくて、あいつに聞きたい……
ロウ:……わかった……
嵐:……
ロウ:へぇ、わざわざ自分の心を抉りに来たんですか? やはり人間の所業は理解しがたい
嵐:黙れ
ロウ:おや? 黙ってしまって良いのですか?
嵐:私がお前を呼んだのは事実を聞きたいからだ
ロウ:……なるほど。ロウの口から聞くのでは納得できないと言うことですか。あれは言葉を選ぶ。貴女を前にしたらことさらに
嵐:……
ロウ:いいでしょう。こうやってロウ意外と会話できるのもいい機会。貴女の言葉に嘘偽りなく答えましょう
嵐:それでいい
ロウ:それで? 何が聞きたいのです?
嵐:……先ほど、お前が言ってたのは事実か?
ロウ:えぇ。事実です。どこからお話をしましょうか?
嵐:全てだ。お前の見たもの、聞いたものを全て話せ
ロウ:(寂し気に笑い)よほど抉りたいと……
嵐:話せ
ロウ:……あの外道の屋敷に忍び込むまでは人格はロウでした。ですから、あの地下の座敷牢を見る前のことは記憶もあいまいです。私の意識がはっきりと覚醒したのは、あの牢で鎖を両手に繋がれ、足に大きい重しを付けられた少女の遺体を見つけてから
嵐:……どんな、様子だった……
ロウ:もうずいぶん前に亡くなったのでしょう。身体の一部は骨となっていましたから
嵐:……
ロウ:目立った外傷はありませんでしたね。ただ、あの状態では断言できませんが
嵐:……
ロウ:一応、あの外道とその取り巻きのような者たちにはちゃんと聞いておきましたよ。あの地下牢のことを
嵐:……
ロウ:一部の人間はあの外道の悪行を知っていたようですね。知っていながらも止めはしなかった
嵐:……っ……
ロウ:ただ、あの少女が死んだことを知っていたのは、あの外道だけだったようですね
嵐:……それで、妹の言葉だと言って自分の都合の良いようにことを捻じ曲げていた……
ロウ:えぇ。察しの良い人間で助かります
嵐、無言で壁を殴る。
ロウ:どうされました? この岩は硬い。貴女のようなか弱い女性では岩ではなく、己の身の方が傷つくでしょう。怒りをぶつけるならば他のことにしませんと……
嵐:……そうだな……
嵐、塒を出て行こうとする。
ロウ:どちらに?
嵐:村に戻る
ロウ:この刻限にですか? もうこの山は妖たちの時間ですよ? 貴女のような人間、たちまちに……
嵐:(遮って)うるさい
ロウ:(ため息をつき)復讐をしに戻るつもりならば無駄ですよ?
嵐:え?
ロウ:私が……いえ、私とロウが、あの屋敷の人間そしてそれに関わった人間を全部殺しましたから
嵐:え?
ロウ:女、子ども、老いた方も全て
嵐:なっ……
ロウ:(笑って)殺すときの基本ですよ。後で己の寝首をかかれないために一族全てを消す。そして、この着物の汚れはその時の血です
嵐:……
ロウ:どうしたのですか? 殺したかったのでしょう?
嵐、その場に崩れ落ちる。
ロウ:おや?
嵐:もう、わからない……
ロウ:わからない?
嵐:全てが分からなくなった……私は、なんの為に生きればいいのか……
ロウ:なんの為……
嵐:妹を守る為に生きてきたのにそれも無くなり、妹の復讐をしたくてももうその相手もいない……私はなんの為にこれから生きていけばいい……
ロウ:自分のために
嵐:え?
ロウ:これからは自分のために生きればいい。それがハナの望みだ。なぁ、そうだよな?
ロウ、外に向かって語り掛けると一匹の蛍が現れる。
嵐:え? 蛍?
ロウ:ハナだよ
嵐:え?
ロウ:お前に会ったあの時からずっとお前の傍にいたんだ
嵐:そんなわけ……
ロウ:泣きそうな顔でずっと嵐のことを心配していた
嵐:え?
ロウ:お姉ちゃんを助けてって。自由にって
嵐:そんな……
ロウ:信じられないかもしれないが
嵐:……どんな顔をしている……
ロウ:え?
嵐:ハナは今、どんな顔をしている……
ロウ:……穏やかに笑っているよ。嬉しそうだ……
嵐:……ハナ……
ロウ:嵐、ハナからの最後の言伝だ
嵐:え?
ロウ:「ずっとありがとう。これからは自分のために生きて。お姉ちゃんの妹に産まれてよかった。大好きだよ、お姉ちゃん」
嵐:ハナっ!
スッと蛍が消える。
嵐:ハナっ! 行かないで! ハナっ!
●山中・朝・ロウの住処
塒の入り口で休むロウ。
入り口に近づく嵐。
ロウ:何処か行くのか?
嵐:っ! なんだ、起きていたのか……
ロウ:少しうたた寝していただけだ。それで?
嵐:え?
ロウ:何処か行くのか?
嵐:……わからない
ロウ:そうか
嵐:あまりにも急にいろいろありすぎて頭の中がまだ混乱している
ロウ:……だろうな
嵐:でも、何故か心は今までにないくらい穏やかなんだ
ロウ:……
嵐:ロウ
ロウ:ん?
嵐:私はもう少ししたら旅に出ようと思う
ロウ:そうか
嵐:身体が本調子になって、ハナを迎えに行って、それから。それまで、ハナが待っていてくれるか……
ロウ:それなら心配するな
嵐:え?
ロウ:昨日、ガミが墓を建て弔った
嵐:じゃあ……
ロウ:あぁ、この山の一番景色が良く見える場所。そこで今は眠っている。後で案内する
嵐:……どうして……
ロウ:さぁ、それは俺にもわからない。あいつに聞いても無視されたしな
嵐:……ガミに、ありがとうと伝えてくれ
ロウ:わかった
嵐:では、ハナの墓前でちゃんと報告出来るようにしておこう。ハナからもらった自由。なんの為に生きるのかちゃんと考えたいと。そのために旅に出ると
ロウ:あぁ
嵐:ロウ、お願いがあるんだ
ロウ:なんだ?
嵐:私が旅に出ている間、ハナの墓を守ってくれないか
ロウ:わかった。もとよりそのつもりだ
嵐:ありがとう
ロウ:あぁ。さて、飯でも食べるか
嵐:え?
ロウ:腹が減ってはって言うだろう
嵐:(微笑んで)確かにな
ロウ:良い顔だ
嵐:え?
ロウ:その顔でハナに報告してやれ
嵐:あぁ、もちろんだ。いつまでも怖い顔の姉では、ハナも嫌だろうからな
ロウ:あぁ。じゃ、俺は支度をする。お前は少しだけ陽の光を浴びてから来い
嵐:わかった
ロウ、奥に入っていく。
少しだけ外に出て青空を眩しそうに見上げる嵐。
嵐:ハナ、私もお前の姉であれたこと、誇りに思っているよ
―幕―
2023.08.03 HP投稿
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Special Thanks:JUN様、eikin様