夏です。また恋をしたいです。
大足のうえ、かかとのところの骨が出っ張っている私は、どれほど靴に泣かされたことであろうか。
ショップへ行き、男性の店員さんがいるとひとまず引き返す。なるべくやさしそうな女性の店員さんに接客してもらう。私の場合、試した靴が入らないことが多いからだ。
とはいうものの、ヒールのおしゃれな靴を履きたい私は「シンデレラのお姉さん」をやっているので、それはそれは足への負担も痛さもひととおりではない。もう拷問である。
それで仕方なく、ラクチンなフラットシューズばっかり履くようになる。おまけに同じものばっかり履くから、哀れ靴は、すぐに横に広がってしまう。大足族の女性の悩みはそこだ。横に広がった靴は、履いていてもブスだが、脱いでもすごくブスになる。
つい先日、雨の日の会食があった。場所はホテルの料理屋さん。メンバーの中には以前から密かにハートマークを持つナイスミドルのA氏も。普段だったらかなりおしゃれをしていくのだが、生憎その前にかなり歩きまわる。よって引退間際のボロッちいフラットシューズにした。
ところが、食事はお座敷だったのだ。男性の靴に交じって、本来なら華やかできゃしゃな女性の靴がたたきの上で可愛く目立つはずなのに、私の靴ときたら、雨に濡れて白く塩を吹いている横に広がったものだ。
会食には偉いおじさまがいたので、皆かなり緊張していた。ところが、ところがである。
そのおじさまにぴったり寄り添って、狎れ狎れしく乾杯したりしている女性がいてびっくりした。それもふつうの中年女性だ。失礼を重々承知の上で申し上げますけれど、特別美人でもないし、ほれぼれするようなスタイルの持ち主でもない。これには同席した皆も顔を青くした。
身をくねらせる。清純派というより、たどたどしく甘えたり、急に手を組んで顎にのせ、小首をかしげる動作が習い性になっている感じだ。「かわいい、かわいい」って言われ続けた動作である。心をかきたてられたおじさまの問いかけに甘ったれた口調で答える彼女。枯れ専の女性というのは、語尾を伸ばす。可愛らしく喋ろうと思うあまり、つい語尾が伸びるのだ。
おじさん好みの女性というのは、ファッションにもややズレが生じてくる。あまり流行を追ったりしない。どこか野暮ったくするのが特徴だ。形が悪いワンピースといった、懐かしいといおうか、時代にそぐわないようなものを着ていたりする。ミニマリズムのパンツスーツなんか絶対に着ない。が、枯れ専の女性だって次第に年をとっていく。思うに彼女たちというのは、いちばんちやほやされていた時代で化粧やファッションが止まってしまうみたいだ。
むせかえるような南国の花のにおいに二人はどっぷり浸かる。たそがれ時の情事。“けだるい”という言葉が似合う余韻がある情事。その夜はいろいろな技が見られた。おじさんってこんな風にイジられるとうれしいんだ、ということをいろいろ学んだ。
もし自分にある種の才能、心映えといっていいものがあれば、どんなにいいだろう。それは自分を愛してくれる男性をすぐに好きになることができる、シンプルで善良な心である。そうした可愛らしさを持った女性は、すぐに幸福になれる。けれども自分にはそれがなかった。悲しいけれども本当だ。
日本へ一時帰国しているA氏はさらに端整な顔に陰影が増したという感じだ。精悍という表現がぴったりで、異国の地で働く男性独特のたくましさとりりしさがある。このところすっかりご無沙汰していたのだが、その間にあちらはすっかり貫禄も出てきちゃって、もう気安く“Aくん”なんて呼べないわ。が、野望は捨てない私。A氏に突進していく。
品のいいオスのにおいをさせて、笑っても、傲慢なことを口にしてもきまっている。そこいらの男性など、百人束でかかってきてもかなわない魅力。そういう男性が本気になって、女性を口説くシーンを見るとドキドキするのである。
私はいつもの念力で、他の人たちを私の視界から消すことにした(念力については2017年12月1日のブログをみてください)。
妄想の世界が始まる。そーよ、私はいけない女、こうやって海外にいる男性と逢瀬をしているの。雨に濡れた石畳の静けさ、夏座敷の風鈴もなんだか切なく甘いわ、、、。
そして二人は恋に落ちたのである(少なくとも私は)。
カラッとした性格と言われている私だけど、この頃いじいじと根に持つことが多い。
私は白く塩吹いている横に広がった靴を見られたくないため、すごく努力した。靴を脱ぐときはA氏よりも遅くし、履くときは他の人をつきとばすようにして玄関に急ぐ。ひたすら脱いだ靴を見られまいとしたのだ。
ところが食事が終わるやいやな、廊下を早歩きしているとき、ふと振り返ってびっくり!彼が、自分の靴と私の幅広塩吹き靴とを、ふたつ手にとってぶらぶらさせているではないか。
「こっちから出られるっていうから、靴を持ってきたよ」
恥ずかしさのあまり、顔から塩じゃなくて火を噴きそう。わーんと私はベソをかきながら家に帰った。死にたいとまでは思わなかったが、このままだとウツになりそうなぐらい落ち込んだ。しかし仕方ない、りりしく一人で耐えるのが、大人の女性の心意気というものだ。
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