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超人ザオタル(112)過酷な修練

2023.08.06 01:26

そこには思考はなく、存在そのものでした。

焦点は落ち着きなく思考に飛んでいくのですが、

それも一時的なこと。

すぐに存在へと戻ることができます。


自分の中で起こっていることが分かってきました。

まだまだそれが落ち着いているわけではありません。

ただ、私のやるべきことはさらにはっきりとしています。

この修練を続けていきます」


シュマは一礼をして、去っていった。

いつの間にか日が西に傾き、夜の訪れを感じさせた。

シュマはしっかりと道に入った。

そこを歩き続ければ、いずれは自分の真実に到達するだろう。


自分が存在であるという真実を受け入れ、

その存在が何かということも理解していく。

それはこの世界の原点であり、頂点であること。

矛盾と二重性を含んでいて、世界の概念では推し量れない。


それを言葉で説明しようとすれば、膨大な量になってしまう。

ただ黙って存在自体でいることがすべての答えなのだ。

答えは言葉ではなく、自らの内に燦然と輝いている。

だから、そこにそれとしていれば、理解が自ずと浸透してくるだろう。


横道に逸れたり、間違うことも修練のひとつだ。

自我の強力な抵抗にあって、頓挫するかもしれない。

そういったことも道なのだ。

それを誰かが無理やり修正する必要もない。


自我に真実を信じさせることは無意味なことだ。

信じるということは、自我を騙していることに過ぎない。

自らの厳しい検証によって、自我自身がそれを認める必要がある。

疑いや否定すらも、真実が事実であると認める糧となる。


それは信じるという言葉では明らかに足りない。

それが事実であることを知っているのだ。

これは自分自身の修練であり、

誰かに認められるためや世界で評価されるためにやっていることではない。


これはそういったこととは無縁の修練だ。

だからこそ、世界で最も過酷な修練なのだ。

いったい誰が好き好んで、このような道に入るというのだろう。

しかし、アフラの波動は全世界に及んでいる。


人はどのような人生を送っていたとしても、その道へと突き進んでいる。

自我の偽りの壁は、その波によっていずれは破壊されるだろう。

私のこの世界での役割は、その波を少しだけ増幅させるくらいのこと。

そう世界が望んでいて、私はそれに従っているのだ。