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- 2023年2月25日 - 青年の記憶/セーフルームの彼ら

2023.08.06 14:35

オルタヴォルタ大学。学生の学びを深め、魔法使い達を管理する場所。

管理、と言うと、やや語弊があるのも事実だが。ともかく、細かな事情を抜きにして語るとすれば、この大学はあくまで……人々にとって重要な役割を担う、僕の職場だ。職場と言っても単なる副業であるからして、ここを頻繁に訪れる事はないのだが、今日だけは事情が違った。

おおよそ10年程度の付き合いを持つ旧知の友に会うため、本来立ち入りが厳しく制限されているセーフルームへと足を踏み入れる。まっすぐ歩き、曲がって、所定の位置で特定の操作を行い、階段を下って……、と、最奥の部屋にたどり着くまでの行程は非常に複雑だ。とはいえ、勝手知ったる、とはよく言ったもので、歩き慣れたここは散歩道と大差ない。

何せ、僕が所属するF班は強い。担当する仕事は危険なものが多く、従って、この空間にお世話になる事も多い。どちらにせよ、F班所属者にはかなりの自由が許されている上、身の潔白も証明済みなので、連絡無しでこの場所に立ち入ったとて罰則を受ける事はない。

ちょうど突き当たりの壁が僕を迎えたので、ようやく着いたと鍵を差し出し願いかければ、冷たげな石壁の表層が歪み、おもむろに木製の扉が現れる。素早く解錠しドアノブに手をかけると、そこには既にコルの姿があった。


「ようこそ」

「おや、出迎えがあるだなんて珍しい。歓迎して貰えて嬉しいよ」

「別に歓迎はしてないけど……。来るだろうなとは思ってたからね」


で、何の用ですか。ピシャリと言い放たれたセリフに少ししょんぼりして見せると、芝居は良いから、とこれまた一蹴される。普段周囲に振り撒いている愛想はどこへ行ってしまったのか。


「特に用事があるわけじゃあないが……。君の兄上に頼まれて、少し調査に協力して来たよ」

「それで?」

「君も気づいてるんだろう? ……この件の犯人はアルト・フロストだ」

「表面上はね」

「……訂正する。この件の犯人は、アルト・フロストと契約している悪魔だろう」

「うん」

「考慮すべき要素は幾つか存在するが……。彼女が悪魔と契約している、という推測については八割方正しいだろう。まあ、まだ確定とまではいかないが」


とは言え、あれはあまりにも杜撰な犯行だった。行き当たりばったりな印象さえ与える、痕跡を大きく残した犯行。悪魔の有無はともかくとして、少なくとも、あんなにお粗末な計画を彼女自身が考案したとは到底思えない。それが事件を知る大半の人間の総意だ。


「……まあ、直接個人情報ファイルを漁るなんて浅はかな真似、計画性以前の問題だからね。フロストさん本人による計画でないのは確かでしょ」

「そうだねえ。とはいえ、もしその計画を立てたのが悪魔だという事になると……それはそれで、色々覆ってしまう。……はは。悪魔に計画を立てる知能があるだなんて。可能性だけでも中々に青天の霹靂だな!」

「笑い事じゃないけど」


そもそも、悪魔と契約した人間自体、前例が少ないのだ。
その数少ない前例によれば、乗っ取られた人間の体の操作権は、悪魔に掌握されている。ところが、思考については話が別らしい。結論から言えば、彼らが人間の脳を乗っ取る事は不可能なのだ。悪魔の思考は宿主の気質に多少左右されるが、思考力は悪魔そのものでしかない。つまり、彼らは人の体を得てもなお、「混乱に乗じて暴れるために必要な、最低限かつ単調な思考のみ行う」筈なのだ。だからこそ、「悪魔が計画を立てた」という可能性は、様々な前提を覆す予兆とも言える。もちろん、これが事実であれば、だが。


と、2人して各々の思考を最優先していると、閑散とした空間に小さくノックの音が響いた。コルが素早く返事をすると、彼の背後にあった扉が徐に開かれ、暫くしてから、ヒィ、という奇妙な声が聞こえる。


「……おや、僕のファンじゃないか」

「その言い方やめてってば」

「し、シャルル・ウェスター!? な、な、なぜここに」

「ちょっと、リュカもいい加減慣れなよ」


作家と猛烈なファンに挟まれて、心底嫌そうな顔をした彼が立ち上がった。


「とにかく! 今はまだ分からない事が多すぎるよ。ひとまず、僕はこの件が解決したら邸宅に行ってこようと思うから、そうしたら……」

「1人でかい?」

「……ハイネに一緒に来てもらうけど。どうせ君もついて来るでしょ」

「勿論。でも、そうだな。細かい事はその後で考えようか」


だから今はお茶にしよう。そう告げて、彼の小さな友達のために買って来たケーキの箱を取り出した。

コルが最近親しくしている少年のことは、詳しくは知らないが、見かけたことくらいはある。青い目をした、利発そうで可愛い子だ。まあ、僕の弟ほどではないけれど。

どちらにせよ、甘いものと苦いものを両方買ってきたので、どれかしらは口に合うだろう。
……どんな子だろうか。あの年なら、全部少しずつ食べたい! なんて我儘を言うかもしれないな。
そう、呼びかけられて駆け寄ってくる少年に、小さかった頃の弟の姿を重ねた。