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inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

あかねいろ(20)合宿の最後は、祭り

2023.08.07 09:22

  男だけの合宿なのでエピソードは、汚いか、汗臭いか、暑苦しいか、その全部かというものばかりだった。

  1年生の僕と同じ部屋の子は、ジャージやTシャツの着替えを忘れてしまい、毎日同じジャージで過ごすことになり、そのくせしっかり洗濯をしないので、日増しに暴力的な臭さのジャージになっていった。それをかき消そうと、なぜか、もっていたオーデコロンを毎日練習前にたっぷりふりかけるものだから、もうこの世のものとは思えないような香りになり、コンタクトやタックルの練習をすると、その臭さにみんなが驚いた。

  食事は1日2回だったが、カレーが出た時は戦争状態だった。とにかくたくさん、速く、食べたいので、急いで食べるのだけど、まだルーが熱くてそのままでは食べられなくても、手元にある水をかけてカレーを食べていく。美味しいわけもないのだけど、速く食べないとなくなるという恐怖感から、多くの人がそれをやっていた。

  いびきも大変なものだった。だいたい4人が1部屋で暮らしていたけれど、僕の部屋は120キロの深川と110キロの一太がいて、疲れているせいもあり、この二人のいびきのハーモニーは素晴らしかった。低音と高音に分かれて、オペラ歌手よろしく音を響かせながら、時折ふっと息を詰まらせて無音になったかと思うと、その次にものすごい爆音を響かせる。夜中にいびきで寝付けない中でも、その瞬間に居合わせると吹き出してしまう。



    栂池という響きは、僕たちには、特別な思いを感じさせるところで、誰もが、辛い、しんどいという共通概念とともに、どこか爽快で憎めない思いを持っている。ものすごい辛い食べ物を食べると、その時はとてもしんどくて、ヒリヒリするけれど、しばらくするとまた食べたくなる、あの感覚に似ている。



  合宿最大のイベントは最終日の練習の後に待っている。

  恒例のことのようで、最後の練習の後に、谷杉をみんなで取り囲み、わざわざ川から汲んできた水を、みんなで一斉にかけていく。


  この7日間の鬱憤というか、このやろう!という思いを込めに込めて、冷たい水をかける。人によっては何回もかける。3年生も2年生も、1年生も、初めは恐る恐るだけど、次第に図に乗って水をかけ続ける。

  水をかけながら、何かをそれぞれ叫んでいるけれど、多分言語ではない。そうして、その水の向かう先はそのうちに、谷杉から3年生の大元さんに向けられ、次に川下さんに向けられる。それに乗じて、誰かが誰かに水をかけ始める。かけられた人が何かを叫んで水をかけ返す。そうこうしていくうちに、最終的には、奇声をあげた水かけ祭りになっていく。



  全員が、ずぶ濡れになった服を脱ぎ、よく絞ってそれを肩にかけて、最後に、グラウンドに対して礼をして坂を登る。誰かが校歌を歌う。次第にみんなが歌う。上半身裸の60人が、長野の北の高原の道で、大声で校歌を歌う様子は、周りの人には異様に映っただろう。もちろん誰もそんなことは気に留めない。全てから解放された僕らには、どんな上り坂だって、トライへの一本道にしか見えていない。