ガムボールマシン・ラプソディ(0:1:3)
【配役】
ウィンストン:売れない画家。作中男性だが、性別は不問とする。
メイヴ:元天才役者。国立劇団新座長。作中男性だが、性別は不問とする。
クロード:若き天才俳優。初の脚本に挑戦している。作中女性だが、性別は不問とする。
リリアーナ:不思議な雰囲気のある女性。
ーーーーーーーー
ウィンストン:絶望的だよ、もう。
メイヴ:そんなにか?
ウィンストン:破滅的に絶望的だよ。もうだめだ、だめだー!!!
メイヴ:相当だなあ。
ウィンストン:僕は蛆虫(うじむし)だし、とろけたスライムだし、角のないカブトムシだ。
ウィンストン:余りにも不甲斐なさすぎて、毎日毎日嫌がらせばっかしてる。
ウィンストン:僕ってこんなに性格悪かったかな……
メイヴ:厄介者に成り下がってるなあ、具体的にどんなことしたんだい?ウィンストン。
ウィンストン:駅前にさ。
メイヴ:うん。
ウィンストン:新しいコンビニエンスストアが出来たんだよ。
メイヴ:ああ、できたな、そう言えば。
ウィンストン:そこのさ。
メイヴ:うん。
ウィンストン:カウンターにさ、あるんだよ。
メイヴ:なにが?
ウィンストン:ガムボールマシーンが。
メイヴ:ガムボールマシーン。
ウィンストン:そこでさ、毎日一個、ガムを買うんだ。カラフルなやつ。
メイヴ:カラフルなガムを。
ウィンストン:うん。
メイヴ:それの何処が嫌がらせなんだ?
ウィンストン:噛み続けて味のしなくなったそのガムをさ。
メイヴ:うん?
ウィンストン:審査員長の家の使われてない納屋の壁にバレないように貼り付けてる。
メイヴ:最悪だなそれは。
ウィンストン:うううう。
メイヴ:しかもバレないように、ってのがまたヤバい。
ウィンストン:君の作品は味の無くなったガムだ、なんて言うんだぜアイツ……。
メイヴ:皮肉が効きすぎてるな、でもそうか、だからか。
ウィンストン:だからか、って?
メイヴ:審査員長って、あれだろ、パズフ美術館の名物館長だろ?
ウィンストン:そう、だけど。
メイヴ:話してたよ、納屋にガムをつけまくってる犯人を探してるって。
ウィンストン:な、え、なんで!?
メイヴ:うちの劇場の常連なんだよ。
ウィンストン:最悪だ……。
メイヴ:……わるい事は言わない、早めに自首しとけ。ウィンストン。
ウィンストン:最悪だあ!!!もうだめだあ!!!
メイヴ:……なあ、ウィンストン。
ウィンストン:僕なんて角の抜けたユニコーンだ、羽のないペガサスだ、三角コーナーの玉ねぎだ……。
メイヴ:ウィンストン。
ウィンストン:……なに。メイヴ。
メイヴ:もう、いいんじゃないか?そんな、品評会やら、賞レースなんて、さ。
ウィンストン:……なんで?
メイヴ:……わかるだろ。
ウィンストン:……わからない。
メイヴ:ウィンストン。
ウィンストン:僕もいい歳だ、未だにウィンストン・パノマールは路上の売れない似顔絵書き。レストランで給仕しながら食いつないでる木偶の坊だ。
ウィンストン:そしたらもう!狙う他ないじゃないか!
メイヴ:ウィンストン。
ウィンストン:……メイヴはさ、国立劇団で成功してるじゃないか。
メイヴ:成功ってわけじゃないさ。
ウィンストン:成功だよ、君は昔から凄かったもの。
ウィンストン:努力も才能も、君はちゃんと味わった。
ウィンストン:……僕には、才能が無い以上、努力をし続けるしかないじゃないか。
メイヴ:ウィンストン、一度絵から離れてみるのもありなんじゃないか?
ウィンストン:離れる?
メイヴ:そうだ。少し違うことをして、客観的にだな……
ウィンストン:離れてる暇なんてないよ!もう!
メイヴ:……。
ウィンストン:……ごめん、ちょっと熱くなった。
メイヴ:なんてことないよ、ウィンストン。
ウィンストン:……ちょっと、頭冷やしてくる。
クロード:お待たせしましたー、お茶が入りましたよー、ってあれ?
ウィンストン:……ごめん。
0:出ていくウィンストン
クロード:あ、あれ。メイヴさん、ウィンストンさんは……。
メイヴ:……ふう。角の折れたユニコーンになってくるってさ。
クロード:つ、角の折れたユニコーン……?
メイヴ:はたまた三角コーナーの玉ねぎか。
クロード:三角コーナーの、玉ねぎ……。
メイヴ:……ふう。
クロード:……大丈夫ですか?座長……?
メイヴ:大丈夫。こればっかりはね。
メイヴ:あいつが、自分で乗り越えなきゃ行けないことだから。
クロード:なにか、あったんですか?
メイヴ:また落選したのさ、あいつの絵が。
クロード:落選……。
メイヴ:そう。なんの意味もない賞レースだと思うんだけどね。
クロード:なんの意味も?
メイヴ:ああ。何せあいつは……。
【場面転換:喧騒、ホリベス街】
ウィンストン:最低だよ、僕は。
ウィンストン:最低の最悪の、萎んだトマトだ。
ウィンストン:……そりゃあ、噛み終わった後のガムなんて言われても仕方ないや。
ウィンストン:あの頃みたいに、ガムシャラに描き殴る事もできない。
ウィンストン:……でも、絵を描くこと以外にできることもない。
0:ホリベスの街を行き交う人々を眺めながら、持ち出したキャンバスを設置していく。
ウィンストン:よいしょ……と。
ウィンストン:こうして、結局は絵を描いては、この落ち着かない気持ちを誤魔化すだけ。
ウィンストン:わかってるんだよなあ……。
0:ざらざらとしたキャンバスの表面に、ひたすらに炭を描き殴る。
ウィンストン:ふんふん。
ウィンストン:んー……いや、でもこれだとパースがおかしいか。
ウィンストン:でもあのピカソだって往年はパースよりパッションを大事にしてた。
ウィンストン:うん……でも、うーん。
リリアーナ:ふむふむ。
ウィンストン:でも、いや、違うな。
リリアーナ:なにが違うんです?
ウィンストン:もっとこう、都会のアスファルトの中で力強く生きるというこの構図を活かして……
リリアーナ:ふむふむ。活かして……?
ウィンストン:……君、誰?
リリアーナ:気にしないで続けて。
ウィンストン:いや気になるでしょ、気になるよ
リリアーナ:気にする事はないわ、私はそうね、空気みたいなものよ。
ウィンストン:君は空気じゃない。
リリアーナ:空気だと思ってよ、ほら、続きは?
0:そう言い、リリアーナはウィンストンのキャンバスを覗き続ける。
ウィンストン:……人に、見せられるようなものじゃないんだよ。
リリアーナ:あら、どうして?
ウィンストン:僕は何も評価されない売れない画家だからさ。
ウィンストン:いや、違うな。
リリアーナ:なに?
ウィンストン:ただのレストランの給仕。
リリアーナ:ふうん。
リリアーナ:レストランの給仕にしては、絵が上手いのね。
ウィンストン:……なにそれ皮肉?
リリアーナ:あら。あなたの方の皮肉に乗っかったのよ?
リリアーナ:むしろ骨太な意見だと思って欲しいわ。
ウィンストン:……皮肉で、皮と、肉だから、君は骨ってこと?
リリアーナ:その通り!
ウィンストン:……はは、君、面白いね。
リリアーナ:特別にリリーと呼んでもいいわよ。
リリアーナ:そんな事より、早く絵の続きを書いて?
ウィンストン:……こんな絵のどこがいいんだい?
リリアーナ:あら、絵の事は知らないわ。
ウィンストン:なんだって?
リリアーナ:「絵を描いてるあなた」の事が見たいのよ。
ウィンストン:……まるで、口説いてるみたいだ、そんなの。
リリアーナ:あら!その通り!口説いてるのよ?
ウィンストン:……ええ?
リリアーナ:俗に言うナンパってやつよ。
リリアーナ:こんな何も無いホリベスの街並みを、真剣な顔で、こう、こうね、睨みつけるみたいに。
ウィンストン:そ、そんな顔してたかな。
リリアーナ:してたわよ!それこそこれから死地に赴くガンマン、いや、ナイルワニと戦うターザンみたい!
ウィンストン:ジャングルにナイルワニは居ないんじゃないかな…
リリアーナ:そうなの?
ウィンストン:うん、だってナイルワニって言うくらいだし、ターザンはナイルには居ないだろう?
リリアーナ:ナイル版のターザンだって居るかもしれないじゃない?
ウィンストン:それはターザンがナイルにいるの?それともナイルワニがジャングルにいるの?
リリアーナ:確かに、そこはきちんと決めておかないといけないわね。
ウィンストン:これなんの話だい?
リリアーナ:……なんの話かしら???
【場面転換:翌日のメイヴ宅】
ウィンストン:でね!彼女ったら、それならゴリラが砂漠にいたらきっと全身の毛が黄色でジャポーネのアニメーションみたいになるわねって言うんだよ!
クロード:……ふふ、それで?
ウィンストン:僕の働いてるレストランでね、ディナーを食べたんだ。
ウィンストン:僕、あのレストランがあんなに上手いカルボナーラを出すなんて知らなかった。
ウィンストン:それでね、また彼女は言うんだ。
ウィンストン:知っているようで知らないことも、知らないでいて知っていることもある。
ウィンストン:その事に挑戦しないなんてことが、あってもいいと思うの?って。
メイヴ:ふふ。そうか。
ウィンストン:ああ!
ウィンストン:笑ないでくれよ!メイヴ!
メイヴ:笑ってなんかないさ、ふふふ。
ウィンストン:笑ってるじゃないか!
クロード:それで……その後どうしたんですか?
ウィンストン:え、えっと、その、
クロード:その?
ウィンストン:連絡先を、ね、交換、したんだ。
クロード:おお!
ウィンストン:は、はじめてだよ!女の人と連絡先を交換するなんて!あ、いや正確にはママとは交換しているけど、それは、それはほら、ノーカウント!ノーカウントだろう!?
メイヴ:ああ、そうだな、ノーカウントだ。
クロード:メイヴさん、ずっとニヤニヤしてますね。
メイヴ:そんな事ないよ。
ウィンストン:してるじゃないか!
メイヴ:そんな事ないって。
ウィンストン:ああもう!昨日会ったばかりなのに、もう会いたくなってる、メイヴこれ、これ、どういう事なのかな。
メイヴ:どういう事なんだろうなあ?
ウィンストン:わからないの!?
ウィンストン:メイヴでもわからないの!?
ウィンストン:じゃあ僕なんてなおさらわからないよ!
ウィンストン:ああもう!どういう事なんだろうこれ!
メイヴ:……ふふ、ははは、ホント、どういう事なんだろうなあ、ウィンストン。
メイヴ:もしかして、心臓がずっとドキドキしてたりするんじゃないか?
ウィンストン:そうなんだ!!!
ウィンストン:ずっと心臓が鼓動してて痛いくらいだ!!
メイヴ:それと、もしかして、眼を瞑るとそのリリーって子の顔ばかり浮かぶんじゃないか?
ウィンストン:す、すすすす、すごい!
ウィンストン:その通りだメイヴ!!!
ウィンストン:なんでわかるんだ!?
クロード:恋じゃないですか?
ウィンストン:こここここここ、ここ、こここここ!?
メイヴ:あーあ、クロード。
クロード:??
クロード:なんです?
メイヴ:こういうのは本人に言わせなきゃあ。
クロード:そういうモノですか?
メイヴ:そういうモノなのさ。
ウィンストン:恋!?
ウィンストン:こ、これが恋!?
ウィンストン:す、すごい、これが!
ウィンストン:これがあの、恋なのか!
ウィンストン:こ、こんな衝撃をみんなは感じてたのか!
ウィンストン:な、なんてことだ!
ウィンストン:恋すごい!!すごいよ恋!!
メイヴ:ああ、すごいな、恋。ふふ。
クロード:……うーん。
【場面転換:暗転の中】
クロード:それからと言うもの、ウィンストンさんは毎日メイヴさんの家に入り浸り……
クロード:あ、いえ、正確には一日置きなのですが
クロード:「昨日はリリーとこんな話をしたんだ」
クロード:「あの子はすごいんだよ、まるで僕の女神みたいな人なんだ!」
クロード:はじめておもちゃを買ってもらった純新無垢なキラキラとした瞳で
クロード:リリーという女性の話をメイヴさんに話すのです。
クロード:まったく。
クロード:そのメイヴさんもメイヴさんで、毎日通ってくるウィンストンさんの話を
クロード:それはそれはにこやかに聞いています。
クロード:……こっちは次の公演のことでてんやわんやなのに。
クロード:いい気なものです。
【場面転換:レストラン】
ウィンストン:それでね、僕は言ったんだ。
ウィンストン:君はどうしたいの?って。
リリアーナ:ふふ、うん、それで?
ウィンストン:役者とか、グリーンブーツとか関係ない、君はどうしたいのさ!ってね。
ウィンストン:そしたらメイヴのやつ、泣きながらさ、言うんだよ。
リリアーナ:なんて言ったの?
ウィンストン:あの舞台に立ち続けたい、って。
ウィンストン:……かっこいいんだ、あいつ。
ウィンストン:諦めないでさ、毎日毎日、そこからすごかったんだよ。
リリアーナ:どう凄かったの?
ウィンストン:あいつさ、辞めた劇団にさ、また入団したんだ、「雑用係」として。
リリアーナ:雑用係として?
ウィンストン:うん。そこからあっという間に、また花形スターに舞い戻ってさ。
ウィンストン:今じゃ、座長にまでなって、すごいんだ、あいつ。
ウィンストン:僕の、誇りさ。
リリアーナ:ふふ。ウィンストンはいつも、メイヴさんの話しをする時はいつもうれしそう。
ウィンストン:そ、そうかな。
リリアーナ:そうよ、ナイルワニの話の時も嬉しそうだったけど。
ウィンストン:ナイルワニ!ホントに何度聴いても笑えてきちゃうよ!
リリアーナ:ふふ、そうね。ねえ、ウィニー。
ウィンストン:ん、なんだい、リリー。
リリアーナ:貴方と知り合ってもうすぐ1ヶ月くらいになるわね。
ウィンストン:そうだね、もっと多くの時間を過ごしたような気もするよ。
リリアーナ:うん、それは私も感じてる。
リリアーナ:本当の運命の相手とはそういう感覚になるって言うもの。
ウィンストン:う、ううう、運命の相手?
リリアーナ:そう、運命の相手。
ウィンストン:ぼ、僕が。リリーの運命の相手だって?
リリアーナ:そうよ、少なからず私はそう思ってる。
リリアーナ:あなたは?
ウィンストン:ぼ、ぼぼぼぼ、僕は。
ウィンストン:ちょ、ちょっとまって。
ウィンストン:ああ、なんだろ、なんてことだ。
ウィンストン:ちょ、ちょっとごめん、の、飲み物飲ませて。
ウィンストン:あ、か、からっぽだった。
ウィンストン:ま、参ったな。ちょっと待って。
リリアーナ:今日はね、ウィニー。
リリアーナ:ううん、ウィンストン。
ウィンストン:ご、ごくり。
リリアーナ:大事な話をしようと思って、ここに来たの。
ウィンストン:だ、大事な話。
リリアーナ:そう、大事な話。
リリアーナ:ねえ、ウィンストン。
リリアーナ:私ね、あなたの事がすき。
【場面転換:深夜、メイヴ宅】
クロード:……それで、あの部屋の隅っこでぷるぷる震えてる蛆虫のなりそこないみたいなのはなんですか、メイヴさん。
メイヴ:お前も言うようになったなクロード。
メイヴ:あれは極限に弱っている時のウィンストンさ。
クロード:わかってて言ってるんですよ、メイヴさん。
メイヴ:まあ、一頻り(ひとしきり)泣かせておいてやってくれ。
クロード:はあ。……って、メイヴさん、出かけるんですか?
メイヴ:ああ。ちょっとね、お得意様との会食があってさ。
クロード:え!そんなの聞いてないですよ!
メイヴ:仕方ないだろ?さっき連絡が来たんだから。
クロード:ええー……何時頃戻ってきます?
メイヴ:うーん、朝帰りになるかもしれないなあ。
クロード:なんだぁ、じゃあ打ち合わせ出来ないじゃないですか。
メイヴ:ごめんごめん、でも粗方は決まってるだろう?
クロード:粗方しか決まってないですよ!こんなの、いくら打ち合わせてもいいんですから!
メイヴ:もう充分すぎるくらいだよ、あとはクロード、君が書くだけだ。
クロード:ううーん……。
メイヴ:ウィンストンの事は放っておいて大丈夫だから。クロード、鍵はいつものとこへ。
メイヴ:じゃあ、行ってくる。
クロード:行ってらっしゃい。
クロード:ふー……。
クロード:そうは言ってもな……。
ウィンストン:くすん……。
クロード:……あーもう。放っておけるわけないでしょ。
クロード:わかってて置いていったな、あの人。
クロード:ウィンストンさん。
ウィンストン:僕は、最低だ。
クロード:ウィーンストンさん。
ウィンストン:最低最悪のハナタレオオアリクイだ……。
クロード:意味わからないですよそれ、ねえ、ウィンストン。ウィンストンさん。おーい、ウィンストン。
ウィンストン:はぁーーーーー。
クロード:しゃっきりしろ!ウィニー!!!
ウィンストン:わ、わわ!クロード、ご、ごめん、眼中になかった……。
クロード:めちゃくちゃ失礼なひと。
クロード:いつまでうじうじうじうじしてるんですか。
クロード:そんなジメジメしてたらその部屋の角がカビちゃいますよ。
クロード:ほら、こっち、ちゃんと椅子に座って。
ウィンストン:はい、すいません……。
クロード:で、何をそんなにメソメソしてるんですか。
ウィンストン:……ううー!!!!
クロード:大の大人がジタバタ!しない!
クロード:まったく、話にならないな。
クロード:……何か、のみます?
ウィンストン:え……?
クロード:だーかーら。
クロード:何か飲みますかー?って。
ウィンストン:いいの?
クロード:いいですよ、何が飲みたいですか?
ウィンストン:……それじゃあ……チャイ……。
クロード:チャイ?
ウィンストン:う、うん……チャイが、飲みたい……かな。
クロード:わかりました、今淹れてきます。
ウィンストン:本当にいいの?
クロード:いいですって。でも言っておきますけど、メイヴさんほど上手くは淹れられないですよ。
ウィンストン:嫌われてるかと思ってた。
0:チャイを作りながら、クロードは答える。
クロード:なに?なんて言いました?
ウィンストン:いや、その、嫌われてると思ってたよ。
クロード:まぁ、嫌いですけどね。
ウィンストン:え、ええ!?
クロード:でも、憎いわけではないです。
ウィンストン:……そっか。
クロード:……そこは、なんで?とか、どうして?とか聞くところですよ。
ウィンストン:ご、ごめん。
クロード:そうやってすぐ謝るところもあんまり好きじゃあないですねえ。
ウィンストン:ごめん……
クロード:ほらまた。
ウィンストン:あ、ああー……
クロード:……ふふ。
クロード:嫉妬ですよ、嫉妬。
ウィンストン:嫉妬……?
クロード:そ。嫉妬。
ウィンストン:僕なんかに?
クロード:はい、嫌いポイント1点追加。
ウィンストン:ああー!
クロード:……メイヴさんの一番は、いつだってあなたですもん。
クロード:頑張ってメイヴさんの真似事をしてみても
クロード:ちょっと困ってみても。
クロード:結局は、ウィンストンさんが一番ですからね。
ウィンストン:そんなこと……
クロード:あるんですよ、これが。
クロード:次にやる国立劇団の脚本、まだ出来上がってないんですよ。
ウィンストン:そう、なの?
クロード:ええ。
クロード:どこぞの、一番弟子を名乗る馬鹿がね、師匠を真似して、脚本を書き始めようとしてるんですけど。
クロード:それがまあ、上手くいかない事。
ウィンストン:は、はは、こ、困った馬鹿だね。
クロード:……そうですね?
0:がたん、と少し乱暴にチャイがテーブルに置かれる。
クロード:どーぞ?
ウィンストン:な、なんか怒ってる?
クロード:いいえ?別に????
ウィンストン:絶対怒ってるよー……
クロード:……羨ましいんですよ、二人が。
クロード:その、揺るがない関係性が。
クロード:メイヴさんが落ち込んだり
クロード:苦しいとき、奮い立たせてくれたのは、ウィンストンさんだったんでしょう?
ウィンストン:そんなことも、あったね……
クロード:……憧れを持ったまま、叱咤することはできないんですよ。
ウィンストン:そう、なの……?
クロード:そうですよ。
クロード:対等じゃなきゃ、殴る事は出来ないじゃないですか。
クロード:憧憬(どうけい)は、支えることはできても
クロード:隣に立つことは出来ないんです。
ウィンストン:そう、なのかな……
クロード:ええ。ほら、チャイ、冷めないうちに。
ウィンストン:あ、ありがとう。
ウィンストン:……おいしい。
クロード:本当?それは良かった。
ウィンストン:うん。メイヴのやつより、甘さが控えめで。
ウィンストン:シナモンが効いておいしい。
クロード:なら良かったですよ。
ウィンストン:はあー……落ち着くね、チャイは。
クロード:あの時も、チャイだったって聞きましたよ。
ウィンストン:うん、そうだね、メイヴが、好きなんだよ、チャイ。
ウィンストン:ほら、僕らルームシェアしてただろ?
ウィンストン:夜な夜な大事な話とか
ウィンストン:芸術を語る時とか
ウィンストン:そういう時はね、いつだってチャイだった。
クロード:「グリーンブーツはかく語りき」
ウィンストン:え?
クロード:何度も聞かされましたよ、メイヴさんから。
クロード:酒が入った時も、入らない時も。
クロード:いつだってあの人の根幹には
クロード:あの日、あなたと語ったグリーンブーツの話が心にあるんだ、って。
ウィンストン:……メイヴが、そんな事を。
クロード:何があったんです?
ウィンストン:……。
クロード:なにか、あったんでしょ?
ウィンストン:……リリアーナに。
クロード:リリーさん?
ウィンストン:うん。
クロード:振られたんですか?
ウィンストン:ち、違うよ。
クロード:じゃあ、どうしたんです??
ウィンストン:それは……
【場面転換:時は戻り、リリアーナとのレストラン】
リリアーナ:今日はね、ウィニー。
リリアーナ:ううん、ウィンストン。
ウィンストン:ご、ごくり。
リリアーナ:大事な話をしようと思って、ここに来たの。
ウィンストン:だ、大事な話。
リリアーナ:そう、大事な話。
リリアーナ:ねえ、ウィンストン。
リリアーナ:私ね、あなたの事がすき。
ウィンストン:す、すすすすす、すき!?
リリアーナ:あなたの、絵を描いてる姿が。
ウィンストン:……あ。
リリアーナ:ねえ、ウィンストン。
リリアーナ:どうして、描かないの?
ウィンストン:……。
リリアーナ:私に夢中になっちゃった?
ウィンストン:そ、そんなことは!
リリアーナ:夢中じゃないんだー……そっかー……
ウィンストン:そ、そんなことは!あ、ある……あるけど……
リリアーナ:あるんだ?
ウィンストン:あ、あるよぉ……
リリアーナ:困ってるあなたも、可愛い
ウィンストン:や、やめてよ、からかわないでよ
リリアーナ:からかうわ、いくらだって
リリアーナ:これからも、ずっと、からかい続ける
ウィンストン:り、リリー……
リリアーナ:でも、絵を描いてないあなたは
リリアーナ:少しだけ嫌い
ウィンストン:……。
リリアーナ:どうして、描かないの?
ウィンストン:……リリーにはわからないよ
リリアーナ:そうね、そうかも
リリアーナ:わかってあげられないかもしれない
ウィンストン:……
リリアーナ:でも、わかろうとしてあげる事はできる
ウィンストン:それは……
リリアーナ:一緒に悩んであげることもできる。
ウィンストン:う……
リリアーナ:だから、ね
リリアーナ:教えて、ウィニー。
ウィンストン:ぼ、僕……
リリアーナ:うん
ウィンストン:あ、あわわ……
リリアーナ:うん
ウィンストン:……きょ、今日は帰る!!!ごめん!!!
リリアーナ:うん
リリアーナ:……えっ?
リリアーナ:ちょ、ちょっとウィンストン!
リリアーナ:ウィンストン!?
【場面転換:呆れ顔のクロードのいるメイヴ宅】
クロード:へたれ。
ウィンストン:わかってるよお!!!!
クロード:なーんで逃げちゃうかな。
ウィンストン:わかってるよお……
クロード:わかってない、全然わかってない。
ウィンストン:ううー……
クロード:ウィンストン、君ね、そんなのは一番したらいけないことだよ。
クロード:リリアーナは最も君に寄り添ってくれてるんじゃあないか。
ウィンストン:そう、だよね、そうなんだよ、それはわかってるんだけど……
クロード:……はあ。
ウィンストン:そんな溜息つかないでくれよう!
クロード:溜息もでるだろ、ウィンストン、ウィンストンウィンストン!
クロード:君は甘えがすぎる!
ウィンストン:あ、甘え……?
クロード:自分のこともちゃんと見れてない。
ウィンストン:自分を……
クロード:「角の抜けたユニコーン」だ!
ウィンストン:や、やっぱり……
クロード:……ウィンストン。
ウィンストン:はい……
クロード:なんで、絵を書かないんだ。
ウィンストン:……それは。
クロード:言えない?誰にも?
ウィンストン:そんな、ことは……
クロード:メイヴさんにも?
ウィンストン:……メイヴにだって……言えないよ。
クロード:そうだろうね。
ウィンストン:……。
クロード:ウィンストン。
ウィンストン:……なんだい。
クロード:私は、いや、僕は、天才役者だ。
ウィンストン:う、うん。
クロード:かつて、自身が憧れた役者の演技をすべて真似て、
クロード:そして、まるで飛び道具のようにその役者の
クロード:しないであろう事をし、注目を浴びた。
ウィンストン:メイヴのこと……?
クロード:最後まで聞けよウィニー。
ウィンストン:ご、ごめん。
クロード:すべてを模倣したつもりだった。
クロード:全部をわかったつもりでいた。
クロード:何もかもを、手にしたつもりだった。
ウィンストン:……うん。
クロード:それくらいに、僕は天才だった。
ウィンストン:すごいよ、クロードは。
クロード:「でも、初めから天才だった奴なんかいない。」
ウィンストン:え……。
クロード:本気の天才ってやつはさ、確かにいる。
クロード:こんだけ広い世界だ、ホリベス州だけじゃない。
クロード:クエンティン、キャルボニー、ヒースカロライン。
クロード:リーウォルに、べスタフ。どの州をとっても、確かに天才はいる。
クロード:でも。
クロード:「その天才達は、誰一人として、努力を惜しまなかったはずだ。」
ウィンストン:努力……。
クロード:何より大切なのは、「続ける努力」
クロード:諦めずに、辞めない努力だ。
クロード:君はそれを、してきた男なんじゃないのかい。
ウィンストン:僕は、だって、そんな。
クロード:大それた人間じゃない?
ウィンストン:……うん。
クロード:賞レースに勝ててないから?
ウィンストン:……そう、だよ。
クロード:表彰されたことがないから?
ウィンストン:そう、だよ。
クロード:クソ喰らえだ!そんなの!
ウィンストン:え、ええ?
クロード:甘ったれんな!ウィンストン!
クロード:芸術ってのは、誰かの講釈や、どこかの入札で決まるものなのか!?
ウィンストン:……それは。
クロード:そんな事で芸術のすべては決まらない!
クロード:価値のある芸術とはなんだ!
クロード:高い金額がつくこと?
クロード:それとも、多くの人間の心を打つことか!?
ウィンストン:……少なからず、大人なら、そうであることを望む、だろう?
クロード:あんたの絵はそんなものじゃないだろ!
ウィンストン:……じゃあ、どうしろって言うのさ!!!
クロード:……。
ウィンストン:君はいいよ!胸張って役者をやってるって言える!
ウィンストン:あの国立劇団だ、誰が聞いてもすごいって
ウィンストン:すごいって思える!
ウィンストン:メイヴだってそうだ、あいつが努力してきたことだって……
ウィンストン:そんなこと、そんなこと僕が一番わかってるさ!!!
ウィンストン:まいにち、毎日泥に塗れながら雑用をこなして!
ウィンストン:認めて貰えるまで何日だって、何ヶ月だって、
ウィンストン:文句のひとつも言わなかった!
ウィンストン:自慢だよ!誇りだよ!
ウィンストン:でも!!!!
ウィンストン:でも僕には何も無い!!!
ウィンストン:絵描きでもなんでもない、ただのレストランの給仕だ……。
ウィンストン:だって、だって……ただの、レストランの給仕が、絵を描いてるだけなんだから……。
クロード:全員が、天才になれるわけじゃない。
ウィンストン:……残酷なこと、言うね、クロード。
クロード:でも、君の絵は、人の心を打っている。
ウィンストン:打ってなんか、ないよ。
クロード:君の凄いところは、ねえ、ウィンストン。
クロード:あの「メイヴ・ハーティ」に、
クロード:「羨ましい」と思わせてることだ。
ウィンストン:……メイヴが?
ウィンストン:僕を羨ましいって?
ウィンストン:そんな、そんなわけないよ。
クロード:あるさ、だって……。
【場面転換:そして回想】
クロード:あ、あれ。メイヴさん、ウィンストンさんは……。
メイヴ:……ふう。角の折れたユニコーンになってくるってさ。
クロード:つ、角の折れたユニコーン……?
メイヴ:はたまた三角コーナーの玉ねぎか。
クロード:三角コーナーの、玉ねぎ……。
メイヴ:……ふう。
クロード:……大丈夫ですか?座長……?
メイヴ:大丈夫。こればっかりはね。
メイヴ:あいつが、自分で乗り越えなきゃ行けないことだから。
クロード:なにか、あったんですか?
メイヴ:また落選したのさ、あいつの絵が。
クロード:落選……。
メイヴ:そう。なんの意味もない賞レースだと思うんだけどね。
クロード:なんの意味も?
メイヴ:ああ。何せあいつは……。
メイヴ:誰よりも楽しそうに絵が描けるんだよ。
クロード:楽しそうに……?
クロード:そんなこと、幼稚園児だって出来るでしょう……?
メイヴ:わかってないな、クロード。
クロード:ええ……?
メイヴ:誰しもが、はじめは楽しいんだよ。
メイヴ:演技をすることも、絵を描くことも、文字を綴ることも。
メイヴ:料理や、天文学、はたまたスポーツだってそうだ。
メイヴ:それと出会った時、誰しもが最初は「楽しい」に決まってる。
クロード:そう、ですね。
メイヴ:でもそれを「人は忘れる」んだよ。
メイヴ:忘れて、段々と、楽しむ事だけじゃなく
メイヴ:「努力」する事を「努力」していくんだ。
クロード:「努力」することを、「努力」する……。
メイヴ:上手くなりたい、何かに勝ちたい、賞をとりたい。
メイヴ:「そうやって、ただ向き合うだけになっていく」。
メイヴ:でもあいつはさ、悩んだり、苦しんだりしていても、
メイヴ:「絵を描いてる瞬間」だけは、楽しそうなんだよ。
メイヴ:いつだって。
クロード:楽しそう……。
メイヴ:クロード、お前はなんで演技をし始めた?
クロード:なんでって、そりゃ
メイヴ:「楽しかったから」だろ?
クロード:そう……ですね。
クロード:学生の頃、学芸会でやったロミオとジュリエットが
クロード:ひどく先生方にウケて、褒められて……
メイヴ:「楽しかった」
クロード:はい。
メイヴ:「楽しむために」私たちの芸術は始まったんだ。
メイヴ:それが、間違いなく、私たちのはじまりだった。
メイヴ:楽しむってことだけは、努力して得られるものじゃあない。
メイヴ:あいつはさ、そうやって、どんな事をしても「楽しみながら」やれるやつなんだよ。
メイヴ:何をしても「楽しめる」やつに、勝てる気がするか?
メイヴ:私はいつだって、あいつが羨ましいんだよ。
【場面転換:ひとり、ポツンとメイヴ宅】
クロード:まーったく。
クロード:単純な人だなあ。
クロード:すぐ飛び出して行った。
メイヴ:ただいま。
クロード:おかえりなさい、メイヴさん。
メイヴ:ウィンストンは?
クロード:さあ。
クロード:角でも探しに行ったんじゃないですかね。
メイヴ:ユニコーンの?
クロード:ええ。
メイヴ:なんだそりゃ。
クロード:メイヴさん、決まりましたよ、脚本。
メイヴ:おお、マクベス題材のものと、シャーロック・ホームズをモチーフにすると言ってたやつのどちらにしたんだ?
クロード:完全に、新作で、書き下ろします。
メイヴ:なっ、い、今からか?
クロード:はい、書き上げます。
メイヴ:ま、間に合うのか?それで。
クロード:「間に合うのか」じゃないですよ。
クロード:「間に合わせる」んです、座長。
クロード:国立劇団の名物でしょ?急な変更は。
メイヴ:……違いない、はは、楽しくなってきたな。
クロード:ええ、覚悟してください。
【場面転換:喧騒、ホリベス街】
リリアーナ:ふんふん。
リリアーナ:んー……パースってなに?建物ってなんでこんなに描くの難しいの?
リリアーナ:でもウィンストンはササササーって描いてたもの。
リリアーナ:うん……でも、うーん。
ウィンストン:何を、描いてるの?
リリアーナ:こう、私の憧れの人がね、さささーっとこのホリベスの街を描くのよ。
ウィンストン:うん。
リリアーナ:その人がね、絵を描く姿がね、大好きなの。
ウィンストン:……どう、好きなんだい。
リリアーナ:楽しそうなの。
リリアーナ:とっても、とってもね。
リリアーナ:彼の瞳に写る景色がね、みるみるうちに
リリアーナ:この真っ白なキャンバスに描かれてくの。
ウィンストン:……うん
リリアーナ:彼は気付いてないみたいだけどね。
リリアーナ:その時ずっと、彼は笑ってるのよ。
リリアーナ:ダーティハリーが不敵に笑うように、
リリアーナ:スーパーマンが爽やかに立ち去るように。
ウィンストン:変な、人だね。
リリアーナ:そう、とっても変で、とっても可愛いの。
ウィンストン:……そっか。
リリアーナ:うん、それでね、その彼が楽しそうに描く絵をね。
リリアーナ:私も描いてみたくなったの。
ウィンストン:どうだった?
リリアーナ:ぜーんぜん駄目。
リリアーナ:私、絵の才能は無いんだわ。
ウィンストン:練習したら、うまくなるかも。
リリアーナ:そうね、でも私はね、その練習する時間をね。
リリアーナ:彼の事を見つめる時間に使いたいの。
ウィンストン:……変な人。
リリアーナ:そう、とっても変でね、愛らしいの、私。
ウィンストン:自分で言うのかい?
リリアーナ:誰かさんが言ってくれないから。
ウィンストン:……。
リリアーナ:ねえ、ウィンストン。
リリアーナ:私、あなたが私を好きじゃなくてもいいの。
リリアーナ:ただ、あなたが絵を描くとき、隣に置いて欲しい。
リリアーナ:空気でいいの、私。
ウィンストン:君は、空気だよ。
リリアーナ:……ええ。
ウィンストン:ちがうよ、そういうことじゃなくて。
ウィンストン:ああ、もう、上手く話せないな。
ウィンストン:ちがうんだ、リリー、リリアーナ。
ウィンストン:僕にとって、呼吸するときに必要な、
ウィンストン:無くてはならないというか、
ウィンストン:その、酸素のような、ああ、もう!
ウィンストン:口下手で嫌になる。
リリアーナ:いいの、あなたの言葉で聞かせて。
ウィンストン:……怖いんだ、リリアーナ。
ウィンストン:君が素敵すぎて、何も持ってない僕が、飽きられちゃうんじゃないかって。
ウィンストン:僕の絵みたいに、噛むだけ噛んで、味が抜けた、僕の絵みたいに。
ウィンストン:ただのレストランの給仕で、お金もなくて
ウィンストン:性格も悪くて、何も、何も持ってないぼくが
ウィンストン:君を好きになんて、なっちゃいけないような気がして。
リリアーナ:うん。
ウィンストン:君が好きだと言ってくれた絵すらも、
ウィンストン:もし、もしも
ウィンストン:「上手く描けなくなってしまったら」
ウィンストン:「評価されるでもない」
ウィンストン:「賞賛されるわけでもない」
ウィンストン:「僕の絵が、興味の無いものになってしまったら」
ウィンストン:本当に
ウィンストン:僕には何も無くなってしまうんじゃないか、って。
リリアーナ:うん。
ウィンストン:それが、怖くて。
リリアーナ:描けなくなってしまってたのね。
ウィンストン:……うん。
リリアーナ:馬鹿ねえ。
ウィンストン:あ……
リリアーナ:ほんと馬鹿。
リリアーナ:絵を描くあなたがすき。
リリアーナ:「でも、今は」
リリアーナ:カルボナーラを啜って(すすって)感動するあなたがすき。
リリアーナ:ナイルワニの話で笑い転げるあなたが。
リリアーナ:そうやって、自身をガムに例えてしまうあなたも。
リリアーナ:「大事な親友のことを、大事だって素直にいえるあなたが」
リリアーナ:全部すきよ。
ウィンストン:リリアーナ……。
リリアーナ:「何も無いなんてことないわ」
リリアーナ:わたし、絵の才能はなかったけれど
リリアーナ:男を見る目だけは宇宙一だわ。
リリアーナ:お金なんてなくていいわよ。
リリアーナ:お金がかからないデートができるあなたがすき。
リリアーナ:くだらない私の話をいつまでも憶えてくれてるあなたがすきなの。
ウィンストン:リリアーナ。
リリアーナ:あなたの中には素敵がたくさんある。
リリアーナ:世界中の誰が貶(けな)しても、世界中の誰があなたをガムだと言っても。
リリアーナ:そんな視野の狭いこと、規模が小さいこと
リリアーナ:私が跳ね除けてあげる。
リリアーナ:ウィンストン、あなたはね。
リリアーナ:ガムなんかじゃないわ。
リリアーナ:きっとあなたは、ガムボールマシンなのよ。
ウィンストン:ガムボール、マシン。
リリアーナ:子供たちが、目を輝かせながら
リリアーナ:あなたの事をみつめる
リリアーナ:何回まわしても、永遠にあなたは
リリアーナ:カラフルで、ビビッドで、
リリアーナ:楽しさのつきないガムを私たちに出してくれるの。
リリアーナ:ねえ、ウィンストン。
リリアーナ:私、あなたがすき。
ウィンストン:僕もだよ、リリアーナ。
リリアーナ:結婚する?
ウィンストン:それは早いよ。
リリアーナ:早くないわ、だって
リリアーナ:カラフルな魅力の詰まったあなたを
リリアーナ:誰かに盗られる前に
リリアーナ:早く私のものにしなくっちゃ。
ウィンストン:……僕なんかで、いいの。
リリアーナ:「あなたが」いいの。
ウィンストン:……泣きそうだ。
リリアーナ:泣いて!ウィンストン!
リリアーナ:そんなあなたもすき!
ウィンストン:や、やだよ、恥ずかしい!
リリアーナ:ふふ!恥ずかしいのも、可愛い!
ウィンストン:も、もう!
リリアーナ:ねえ、ウィンストン?
ウィンストン:うん。
リリアーナ:でもやっぱりね、あなたは絵の才能、あると思うの。
ウィンストン:え?いきなりなんだい。
リリアーナ:そんな予感がするのよ、だって、知ってる?
ウィンストン:ん?
リリアーナ:「売れる絵」と「心を打つ絵」は
リリアーナ:おなじじゃないのよ。
【場面転換:ウィンストンのスマートフォンが鳴る】
ウィンストン:なんだろう、メイヴからだ。
リリアーナ:出てみて。
メイヴ:ウィンストン!!!いまどこにいる!!
ウィンストン:わ、い、いきなりどうしたの!
ウィンストン:そんな大声だして!!
メイヴ:どこにいるんだ!!
ウィンストン:どこって……駅前……だけど。
メイヴ:今すぐ国立劇場に来い!
ウィンストン:な、なんで?
メイヴ:ガムボールだよ!!!
ウィンストン:え?
メイヴ:忘れたのか!ガムボール!ガムボールだよ!
ウィンストン:な、なんの話?
メイヴ:お前が!やったんだろ!審査員長の家の納屋の!壁に!まいにち!
メイヴ:噛み終えたガムを貼り付けたって!
ウィンストン:げ。
リリアーナ:なに?どうしたの?
ウィンストン:バッドエンドかもしれない。
メイヴ:大変なことになってるんだよ!お前、そのガム、一体どうやって貼り付けていったんだ!
ウィンストン:ど、どうって……
ウィンストン:酷評された僕の絵を、ガムでそのまま描いてたけど……
メイヴ:よくやった!!!
ウィンストン:え、ええ?
メイヴ:賞レースどころじゃない!
メイヴ:お前の描いた、その、「ガム絵画(かいが)」が!
メイヴ:「近年最も価値のある現代アート」として!
メイヴ:その審査員長に評価されて!
メイヴ:3億円の値(ね)がついたんだよ!!!
ウィンストン:……さ、ささささささ、3億!!???
メイヴ:だから言ったろ、ウィンストン!!!
メイヴ:楽しんで描くおまえは、最高なんだよ!!!
【場面転換:クロードの語り】
クロード:たちまちウィンストンという画家は、一夜にして著名な画家の仲間入りをした。
クロード:あの審査員長は、毎日更新されていくガムによるドットアートに「芸術性」を見出したってこと。
クロード:それは、賞レースの為に描かれた中身のない絵なんかじゃなく。
クロード:「嫌がらせ」すらも楽しみながら、素直に描いたウィンストンの才能がそこに見えたってこと、なのかな。
クロード:でもあの人、やっぱり角のないユニコーンなんだ。
クロード:3億円の価値がついたガム絵画。
クロード:売ったお金で何をしたと思う?
クロード:リリアーナとの結婚資金?
クロード:いやいや。
クロード:大豪邸をたてて、お金持ちの仲間入り?
クロード:全然違う。
クロード:ホリベス中のコンビニエンストストアに
クロード:無償で設置したんだってさ。
クロード:ガムボールマシンをね。
【場面転換:ある日の国立劇場】
リリアーナ:ウィニー、こっちこっち。
ウィンストン:ご、ごめんごめん、遅れちゃった。
リリアーナ:大丈夫、まだ余裕あるよ。
リリアーナ:ふふ、今日はどうして遅れたの?
ウィンストン:それがさ、右足と左足の靴下の長さが合わなくて
ウィンストン:ハサミで調節してたらこんな時間になっちゃって……。
リリアーナ:切ったの?
ウィンストン:う、うん。
リリアーナ:靴下を?
ウィンストン:そうだよ?
リリアーナ:あはは!他の靴下にすれば良かったのに。
ウィンストン:あ、あああ!そっか。
ウィンストン:なんか、この靴下じゃなきゃいけない気がして。
リリアーナ:ふふ、変な人。
ウィンストン:あ、あははは。
リリアーナ:で、いつ私の両親に会ってもらえるのかしら?「現代アートの巨匠」さん?
ウィンストン:や、やめてよー!そんなんじゃないよ!
ウィンストン:ただの、レストランの給仕なんだからさ。
リリアーナ:ただの、じゃないよ。
ウィンストン:え。
リリアーナ:「私の大事な」レストランの給仕。
ウィンストン:……そうだね、ありがと。
ウィンストン:でも、ご両親との挨拶か。
ウィンストン:緊張するな。
リリアーナ:あら、どうして?
ウィンストン:だ、だって初めて会うし。
リリアーナ:あら、初めてじゃないわよ。
ウィンストン:え?
リリアーナ:少なからず一回は会ってるし、私の家にも来たことあるわ。
ウィンストン:どういうこと?
リリアーナ:私の家の納屋に、貼り付けてたじゃない、ガムを。
ウィンストン:……え?
リリアーナ:ん?
ウィンストン:ええええええ!!!????
リリアーナ:ふふ、知らなかった?
ウィンストン:し、知らなかった。
リリアーナ:知っているようで知らないことも、知らないでいて知っていることもある。
ウィンストン:君といると、本当に、退屈しないよ。
リリアーナ:ふふ、ありがと。ねえ、今日の劇はどんな内容なの?
ウィンストン:ああ、なんでもね、
ウィンストン:紆余曲折あってね、公演の1ヶ月前に急に脚本を変えたみたいなんだ。
リリアーナ:1ヶ月前!?
ウィンストン:そう。急にね。
リリアーナ:な、なんでそんな急に?
ウィンストン:脚本を担当した、若き天才俳優が
ウィンストン:どうしてもその話にしたかったんだってさ。
リリアーナ:その話?
リリアーナ:どんな話なの?
ウィンストン:1人の売れない画家が、天才役者の背中を押して
ウィンストン:最後にチャイを飲む話さ。
リリアーナ:……ふふ、それは、楽しみね。
ウィンストン:ああ、ほら、そろそろ始まるみたいだ。
ウィンストン:国立劇団、クロード・クリスウェルの初の脚本。
ウィンストン:「グリーン・ブーツ」