小説《明晰な、儚すぎるその…》③…世界が終る前の恋愛小説
Quartet
明晰な、儚すぎるその…
Sleepless
...そう言ってわたしを見ていた圭輔の
あの日、ホテルのドアが勝手に開いた。鍵をかけていなかった、自分のせいでもあった。
その背後に降っていた雨が
ハンがそこに居て、はにかむように笑った。一瞬だけ。目を伏せる。恥じらいを、押し隠すように、そして戸惑い、何かが葛藤しあい、やがて暴力的に、無根拠な諦めが、すべてを破綻させた。
いま、眼の前の雨と
彼女はうつむき、世界中の苦悩のすべてを背負ったような表情を曝し、部屋の中に入り、ソファーに座り込み。
同じ雨である必然性など
ややあって、わたしを見上げたハンの眼差しには、泣いてもないのに、何だが零れ落ちそうな潤いにむせ返る。
どこにもなかった
わたしも愛しています。
… Em cũng yêu anh
彼女は言っている。
… Em cũng vậy
あなたと同じように。
見覚えのない女…少女だった。まったく見覚えのない、すべてが虚弱で、すべてがやつれた女。…あるいは少女。
すきだよ
褐色の肌に、かすかな荒れがある。肌の荒廃。
僕は言った。圭輔に
「お前の、…肌の感じ」
「ばか…」
…圭輔が?
…貧弱な、褐色のハン
「若干、穢くない?…おれの」
「そんなこと、」
と想った。覚醒剤で、頭の中を飛ばしているときに、彼は独りでホテルの部屋を出て行く。
わたし以外には、誰も知らないままに終わるハン
…ないって
「すきだよ」
圭輔を、その日《買った》女、日向愛花という源氏名の女が、裸のままで、裸のまま出て行く圭輔を眼で追う。
疾走するバイクごと血に塗れたハン
圭輔の、ざらついた
荒れた肌
体中を、クスリが駈けずりまわり、心臓に、手触りもないままに巣食う。女はただ、眼で追う。
わたしを愛していた
「おれは、すきだよ」
「…ばか」
言葉などかけない。なにもかも、わかっている気がする。
なにもかも、すでに、知っていた気がする。
ハンの体中が、そして
…ばか
…圭輔が?と、
わたしは知っている
圭輔は死ぬ。ラブホテルを出たその足で、ライオンズマンションの、わたしが借りていた部屋に行く。
愛していた
口付ける
微笑む。
ハンを
そっと
全裸になって、飛ぶ。
わたしは
息遣う
あさの9時。わたしは寝付いたばかりだった。
少なくともいまは
生きている
圭輔が帰ってきたことにさえ、気付かなかった。
すべてを悔いる
愛している
何を見た?
君は。最後の風景は?
君を愛しているいま、
ハンの体の匂いを嗅いだ。見て。あの、ほら、雨の日に。
わたしはすべてを悔いるのだった
ハンが 指が、わたしを 震えてる。裸にする。
なすすべもなく
わたしは 見て。無抵抗に、ほら、彼女の 思わず、言いなりにまかす。
わたしが犯したすべての破壊行為
誰?
愛するということ
君は誰?…笑っちゃう。…ハン?
わたしが愛したのは
初めて 思わず、…部屋に入ってきたとき、…ね? 戸惑いながら、わたしが何か言おうとした瞬間に、ハンは滂沱の涙を流す。
誰?
不意に。
私を愛したのは
前触れもなく。
ほら
一気に。
光
そうでなければならない正確さで。
昼下がりの
いつか、見たことが在る。
アスファルトが照る
わたしは訝る。
純白の
もはや、戸惑うことは何もなく、もはや、憚ることはなにもない。
きらめき
**するかのように。**された気がした。何も知らない少女を、君に。わたしは抱く。戸惑いながら、彼女が、抱きしめた。まだ、君を。何も知らなかったことに驚く。なぜ、ハンがわたしを導きさえしなかったのか、わたしは戸惑った。
20年前、19歳のときの圭輔のように。
暴力的な、夢のような **。…交感。
…穢らしい。感じあう。
お互いが、ここに存在している事実を。
シーツが、血で穢れた。
ハンの。鼻血。…わたしのこぶしが、殴りつけるのと同じ強さで、彼女の鼻を愛撫したかも知れない。何度か。
途切れ途切れに。…なぜ?
かさついた、荒廃した皮膚。頬の、にきび、…のようなものが、薄く血の玉を蓄えた。
僕は
唇をふれた。
口付けて
ハンがまばたく。
感じた
…許します。
皮膚の触感を
彼女は言っている。
想いだす
君を見つめながら
その眼差しと、皮膚と、骨格と、体臭と、それら存在のすべてが、明示する。
ときに
いつも引き起こされる逡巡は
…あなたを、許す。
不意に
君を、愛していたから
涙は乾いていた。
意味さえ知らずに
圭輔とわたしは、愛し合った。
その概念の
愛、し、会う。合う(重なる)。った。(一致する)(混ざる)(同一化する)
定義さえ
その言葉の正確な意味は、ふれ、合う。いまだに、かなね、合う。かつても、みとめ、合う。わかったことなど一度も わかり、合う。ない。どうすればいいのか ひかれ、合う。わからない。にくみ、合う。圭輔、しり、合う。どうやって ささやき、合う。愛すればいいのか? きずつけ、合う。どうすれば、いやし、合う。それは あわれみ、合う。愛と呼ばれ獲るのか?
…なにが?
君を愛することに
戸惑いながら
言いよどむ、口籠り、《…なにが》まばたく。
にもかかわらず
そこにはなんの
為すすべもなく、まばたき、息を吐き、吸いかけて、上目越しに見詰めた。
孤独もなかった
圭輔を。
いかなる
瞬く。「…なにが?」
孤立も
圭輔はなにも言わない。
感じたのは、君の眼差し
そんな事など、すでに予測されていた。愛想がつきるほどに、すでに、いつも、そして、わたしはなじるように、…何が?言った。
嗜虐的?
窓越しに
…自虐的。
空を飛んだ
殺してくれればいいのに。
その鳩が
むしろ。
不意に
君を愛する、愛し仕方さえ、しらない。
旋回をしくじりそうになって
死んでくれればいいのに。
笑った
最早。
思わず
なにもかも、手遅れだから。
君は、不安げな
もう。
眼差しをくれる
世界を、破壊したい。
…なに?
…愛にまみれながら、愛、し、方をさえ知らないのだから。
君は、そして僕は
…世界を(その、比喩としての《世界》などではなくて、言葉としての《世界》などではなくて、この、世界のざらついた、この、そのものを。
見て
まばたく
これが
…いま。)
君の
微笑んだまま、
世界
なんでもない
君がくれた
…なんでも
美しい、世界
君の心にだけ、かすかな不安が残ったのには気付いている
「1週間前に、会社のみんなで、焼肉屋さんに行きましたよね?あそこの店の娘さんじゃないですか?あの店で見かけましたから。」
タンが言った。
「1週間前に、あの子、誰? 会社のみんなで、あなたは、焼肉屋さんに 記憶にありませんか? 行きましたよね? あの子、誰? あそこの店の 誰なのか、娘さんじゃないですか? 覚えてますか? あの店で わかりますか? 見かけましたから。」…どう?
タンが言った。いすかまえかいさぁわみんあしゃんに Thịt Nướng きましたのにこどもいえす。たぶんね、みまった。
「覚えてませんか?」…なにを? おぼえまぃか?
「…まったく」
「あなたに、誘われたといってますよ。身の危険を感じるほどに、潤さんに求められたと。」ゆんさんさそいました、います。あぶない、…ね。あぶない、…ゆんさんさそいます。…いつ?
タンはハンと話し込み、わたしは端の傍らでタンのビールをあけてやり、わたしも自分のビールを空ける。ホテルの部屋に、タンを呼んだのはわたしだった。ハンは、まるでわたしの妻のように、振舞った。タンに、ハンから何を聞き出させても、すべて、手遅れである気がした。彼らは、時に声を立てて笑い、微笑みあい、わたしに目配せをくれ、「この人は、ハンさんです。」Hằng さんじぇつ タンは、わたしに親密な「あなたの、恋人です。」ゆんさんのこいびとおじぇつ 眼差しをくれて、歓迎するように「ハンさんが言いました。」Hằng さんあいまった わたしの肩をたたく。
ピアノの音が聞こえる。耳を澄ましたのは、
ハンは、そして
川の向うの、僕だけだった。どこかのその家から。ピアノの音に
ときに、すべての事象の犠牲者であるかのような
曲名はわからない。
眼差しを、無意味に
圭輔がわたしに覆いかぶさる。
日差しの中にくれた
わたしは抵抗しない。
カフェの日陰から
ふたりのそれが、こすれあって、肉体が決して交わりはしないことを明示する。
向うの、白く輝くアスファルトのきらめき
当たり前だ。何が?
舞い上がった砂埃に
肉体の経験ではないから。それは。
バイクと大型トラックの騒音に
性欲 …あるいは、肉体の 救いようのない 経験を 孤独を さえ 経験した、孕みこんだ、わたしの 精神の 眼差しの中の 営み 色彩。だったから。…あざやかな。
音響
…愛。肉体が重なり合うべき …ねぇ、必然性など 僕たちは ない。ときに
目をしかめて、日差しから守り
むしろ、嘲笑う。愚劣だ。重なり合う肉体など。
見詰めた。すべてのものが
肉体は、その単なる 常に無力だった。合理性など。
彼女を傷つけてやまないことをすでに
唾棄すべき 肉体を 自然な 重ねる。妥当性など。
あえて許して、やさしい諦めのなかに
一之瀬愛という源氏名の女のそこに、わたしのそれが**させられる。
赦したかのように
完全に一致することなど 一瞬の、ない。
もう
絶対に。痛み。
何も言わないでいいです
その こじ開けるように。先端に
赦しましたから
静止を、感じられた …当然の眠りを、にぶい、暴力的に しずかな こじ開けるように。痛み。
わたしは、あなたを
声。痛い?愛が声を立てた。君も。拷問されたような かすかに、声。すこし。助けを 繊細な、でも 請うような。若干の、許してください、と、執拗さを持った なぜ、薄皮をめくるような 叫ぶようなその、痛み。あなたはこんなにも、ふれあい、無慈悲なことが、こすれあうこと、なぜ、かさなること 立てられる叫ぶようなその、痛み、出来るのか、と。ナーヴァスな、…声。…その。
あなたを
「…ねぇ、」愛が言った。明けて、朝。
「お前とさ、…結婚してやってもいいよ」ベッドの上に大またを広げて、すべてを曝して。
確信に満ちて、微笑む。…躁。次に手首を切るまでの間の。
くわえる。
なめる。
かぐ。
みる。
みつめる。
ふれる。
はじく。
かむ。
おす。
にぎる。
つぶす。
にぎりしめる。
ふるえる。
いく。
だす。
いれる。
はく。
とめる。
いきをとめる。
うかがう。
なげだす。
なげうつ。
まなせる。
だく。
つかむ。
すう。
あららげる。
すいこんだ。
わめく。
だまる。
しめる。
ふるわす。
沈黙。…どこ?行為が終わった後で、ここは?ハンが息遣う。わたしの体の上で。…なぜ?
言葉が。
なぜ、言葉が必要だったのだろう?
体温がすべてを語る。
かすかなふるえ、二の腕の。わたしはすべてを理解する。眼差し。無慈悲なまでに。
わたしは理解した。
聞く。
残酷なほどに、見透かされた、すべての、彼女の、すべての、…聞く。音を。
感じた。
息遣いの。
言った。愛しています。その音は、…あなたを。何をも言っていないに等しい、永遠に。無防備な、あなただけを。無意味な言葉。
何を語っただろう?
圭輔は時に、その無慈悲なまでに
鋭い眼差しを曝して、女たちを
圭輔は?
後から、まるで**のように
抱いたものだった。美しい、
何を語りえただろう?
知性のかけらさえない馬鹿な圭輔は
まるで家畜をあやすように、わたしたちは、
わたしは?
剥きだしの軽蔑と、容赦ない侮蔑とともに
留保なき差別主義として彼女たちに
膨大な時間の中で、
奉仕してやりながら、どこかで
どうしようもなく彼女たちそのものに
膨大な時間を濫費し、
陵辱されたのは自分たち自身だったと
いつかは、きっと、自分自身で
それそのものに触れることさえなく、
確信して仕舞うに過ぎないことさえをも
わたしたちは気付きながらも
いつの間にか、時間は忘却した。
。る見
。た見
わたしのことをさえ。
、を君
、日のあ
自殺に限りなく近い、事故死。
、を君
、はしたわ、で中、のめあ
圭輔の死体。無様な。
?をにな
、はしたわ
あきらかな、肉体の破綻。
?をにな
、にみき
魂の不在。精神は、所詮は、
?をにな
、がみき
肉体の隙間を穿った、事故に宿った可能性にすぎないと、
?をにな
…したら?
ハンの体。貧弱な。女の、美しさ?…なぜ、君が。ここに?ハンの、痩せた、栄養失調児のような、君が、拒食症の、ここに?少女のような、…なぜ?
君が、ここに?「…圭輔」わたしは呼ぶ。
ハンが振り向く。
ハンにひざまづき、ふれる。Tシャツをめくらせた(無造作に)腹部に、(無造作に)わたしは顔をうずめ、(無造作な)皮膚。その(無造作な)触感、(無造作に)嗅ぐ。
匂いを。…圭輔。想う。
なぜ、ここに?
****圭輔が、なぜ?