異国で日本語を教えた時のこと
課題に追われ、ひたすら寮とキャンパスとを往復するだけだったけれど、毎日それなりに楽しかった。
キャンパスを歩けば色んな人が声をかけてくれる。オリエンテーションクラスの仲間。寮のウィングシスター。ルームメイトやそのともだち。ゼミの隣の席の生徒。広い敷地内を歩きながらすれ違う友人や知人と、覚えたての英単語を試しながらおしゃべりするのが楽しい。
学年は違うけれど私に「ハイ、調子どう?」とよく気軽に声をかけてくれた人がいた。ケイレブというジュニア(3回生)の男子生徒。卒業したら日本で教師として働きたいという夢を持っていた。恋人のリンジーといつもそろってキャンパス内を歩いていた。
ケイレブたちはN大学の中では超有名なカップルだった。私は密かに「N大の王と王妃」と呼んでいた。学生クラブの会長ケイレブと長身でブロンド髪のリンジーが目立っていて素敵だったので。
婚約も間近だと噂されていた二人が破局したのは半年後。あれだけしっくり見えた恋人でも別れてしまうなんて。他人事なのに私までショックを受けてしまった。日本で働く夢を持つケイレブと、アメリカに留まりたいリンジー。二人の間で未来図が大きく異なり、破局にいたったのだという。情報通のクミコさんが教えてくれた。
クミコさんはN大の留学生をお世話するボランティアをしていた。レポートや課題が難しい留学生を手伝ってくれるアメリカ人の学生をマッチングしたり、留学生のための特別な国際パーティーを企画したり、時には近隣の一般家庭にホストファミリーを見つけてくれたりしていたのだ。
ある日、クミコさんが私にこんなことを尋ねてきた。「トゥーターやってくれない?」トゥーターとは家庭教師のこと。えっ、でも私、今は家庭教師は必要ないよ。「そうじゃなくて」とクミコさんは言った。「日本語を勉強したいアメリカ人の学生がいるから、Yが週一回くらいで教えてあげてくれないかな?」留学生に教えるボランティアはよく聞くけど、反対のパターンは珍しかった。
で、よくわからないけれど面白そう!とOKした。
そしてその相手が、ケイレブだったのだ。(続く)