長澤運輸事件について
【事件の概要】及び【訴訟経過】
長澤運輸(運送会社)を定年退職した後に同社との間で期間の定めのある労働契約(有期労働契約)を締結して就労している労働者ら(車両の乗務員)が、会社が無期契約労働者と有期契約労働者との間に労働条件の差異を設けているのは無効であり、労働者らには一般の就業規則が適用されると主張して同就業規則を受ける地位の確認と差額賃金の支払を求めた事案である。
労働者らの請求をより詳細に整理すると、
① 主位的に,当該不合理な労働条件の定めは労働契約法20条により無効であり,被控訴人らには
無期契約労働者に関する就業規則等の規定が適用されることになるとして,控訴人に対し,当該就
業規則等の規定が適用される労働契約上の地位に在ることの確認を求めるとともに,その労働契約
に基づき,当該就業規則等の規定により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額及び
これに対する各支払期日の翌日以降支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損
害金の支払を求め,
② 予備的に,控訴人が上記労働条件の相違を生じるような嘱託社員就業規則を定め,被控訴人らと
の間で有期労働契約(嘱託社員労働契約)を締結し,当該就業規則の規定を適用して,本来支払う
べき賃金を支払わなかったことは,労働契約法20条に違反するとともに公序良俗に反して違法で
あるとして,控訴人に対し,民法709条に基づき,その差額に相当する額の損害賠償金及びこれ
に対する各賃金の支払期日以降の民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求め
た事案
となる。
第1審の東京地方裁判所(合議体)は、被告会社の原告労働者らへの処遇は、無期契約労働者との相違に合理性がなく、労働契約法20条に違反するとして、原告である労働者らの請求(主位的請求部分)を全部認容した。 この判決に対して会社が控訴した。
第2審の東京高等裁判所は、本件の労働条件の相違は、労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情に照らして不合理とはいえず、同条に違反しないと判断するとともに、控訴人が被控訴人らを定年前と同一の職務に従事させながら賃金額を20ないし24%程度切り下げたことは社会的に相当性を欠くとはいえないと判断し、原判決を取り消して被控訴人らの各請求(主位的請求及び予備的請求)を棄却した。 この判決に対して労働者らが上告した。
【最高裁の判断】
(1) 労働者ら嘱託乗務員である有期契約労働者の労働条件と正社員である無期契約労働者の労働条
件の相違は、期間の定めがあることによるものであることを認定し、労働契約法20条が適用さ
れることを前提としている。
(2) 会社における嘱託乗務員及び正社員が、その職務内容及び変更範囲において相違はないと認定
(3) 労契法20条の労働条件の相違が不合理かどうか判断する事情として、有期契約労働者が定年
退職後に再雇用された者であることは、同条の「その他の事情」として考慮される。
(4) 労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金
の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解
するのが相当である。
(5) 本件における諸事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一
であるといった事情を踏まえても,正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で,嘱託乗
務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は,不合理
であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認めら
れるものに当たらないと解するのが相当である。
(6) 正社員に精勤手当を支給し、嘱託乗務員に支給しないのは不合理、そして、この精勤手当も時
間外労働の割増賃金の基礎賃金に含めた計算をした時間外手当を支給しないと不合理
(7) その他の賃金項目(住宅手当、家族手当、役付手当、賞与(不支給))については、相違は不
合理とは 認められない。
【解説】(最高裁判断で実務上特に重要と思われる点)
1 有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、労働契約法20条の「その他の事
情」で考慮されること
2 労働条件の相違が不合理か否かは、各賃金項目の趣旨から個別に判断されること
3 正社員(無期契約労働者)に能率給、職務給を支給する一方、嘱託乗務員(有期契約労働者)に
それらを支給せず歩合給を支給する労働条件の相違は、労契法20条にいう不合理と認められるも
のに当たらないこと
4 精勤手当(これを基礎賃金に含めて時間外労働の割増賃金計算している場合には時間外手当も)
の不支給は、労契法20条違反でも、同条の効力により無期契約労働者の労働条件と同一のものに
なるものではないと解するのが相当。それゆえ、主位的請求には理由がない。
5 上記4につき、予備的請求である不法行為を理由とする損害賠償(差額賃金分)は認容されるべ
き(原審に差し戻して審理を尽くすべき)とした。