アンデルセン 絵のない絵本 より
第二十二夜
「わたしは小さい女の子が泣いているのを見ました」と、月が言いました。「その子は世の中が意地悪いのを泣いていたのです。この女の子はとても美しいお人形をもらいました。それは、ほんとうにかわいい、きれいなお人形でした。もちろん、この世の中で不幸な目にあうように生れてきたわけではありません。ところが、この小さい女の子の兄さんの、大きい男の子たちがお人形をひったくって、庭の高い木の上にのせると、そのまま逃げて行ってしまったのです。
小さい女の子はお人形のところまで行くこともできないし、お人形をおろしてやることもできません。それで、泣いていたのです。お人形もたしかにいっしょに泣いていました。両腕を緑の枝のあいだからのばして、いかにも悲しそうなようすをしていましたもの。そうだわ、これがママのよくおっしゃる世の中の災難てものなんだわ。ああ、かわいそうなお人形!
あたりは、もう薄暗くなりはじめました。もうじき夜になってしまいます。お人形は今夜一晩じゅう、おもての木の上に、ひとりぽっちですわっていなければならないのでしょうか? いやいや、そんなことは、女の子にとっては思ってみるだけでもたまらないことです。
『あたし、あんたのそばにいてあげるわね』と、女の子は言いました。といっても、そんな勇気があるわけではありません。早くも、高いとんがり帽子をかぶった小さい小人の妖魔が茂の中からのぞいているのが、はっきり見えるような気がするのです。おまけに、向うの暗い道では、ひょろ長の幽霊が踊りをおどっていて、それがだんだんこっちへ近づいてくるではありませんか。そして両手をお人形ののっている木のほうへのばして、笑ったり、指さしたりしているのです。ああ、小さい女の子はこわくてこわくてたまりません。
『でも、なんにも悪いことをしていなければ』と、女の子は考えてみました。『悪ものだって、なんにもすることなんかできやしないわ。でもあたし、何か悪いことしたかしら?』そうして、いろいろと思いだしているうちに、 『ああ、そうだっけ』と、女の子は言いました。『あたし、足に赤いきれをつけてた、かわいそうなアヒルを笑ったことがあったわ。あんなおかしなかっこうをして足をひきずるんですもの、あたし笑っちゃったんだわ。だけど、生き物を笑うなんていけないことだわね』こう言いながら、女の子はお人形のほうを見上げました。
『あんた、生き物を笑ったことがある?』と、ききました。すると、お人形は頭を振ったように見えました」
絵のない絵本、時々ぱっと開いて一夜分だけ読むとなんだか考えてしまう本です。昨日は第二十二夜。なんだかなぁ。
上記は青空文庫から引用したので矢崎源九郎訳ですが、個人的には手持ちの山野辺五十鈴訳の月の語り口調がお気に入り。