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シーズーと一緒に映画

シーと森の隠遁者 part2

2018.08.05 04:53



プールから、更衣室のある体育館へは、短い砂利路でつながっていました。

夏の烈しい陽射しで、大小さまざまな石ころは、黒かったり、灰色だったり、あるいは白かったりと、いろいろな色に輝いています。


小さめの平べったい石ころを、2つ拾いました。

強い直射日光に晒されて、熱くなっています。

1つずつ、右と左の耳の穴に、落ちないように、はめ込みました。

耳が熱くなり、奥に留まっていたプールの水が、滲み出て来ます。


ユウちゃん

また石ころ?


あったかくて

気持ちいいよ

耳の水が出せるし


同じクラスのカナエは、しゃがんで、自分の石ころを探し始めました。

濡れた豊かな黒い髪が、ネイビー色のスクール水着の背中に、貼り付いています。

少しだけ細めた瞳のまつ毛が長く、儚く美しい横顔でした。


ユウちゃん

着替えたら

一緒に帰ってね


夏の太陽が眩しく、滲むような暑さの中。

小学校脇の小さな古い駄菓子屋で買った、水色のソーダ味の棒アイスを、舐めていました。

カナエは、お嬢様らしい、フリルの付いた白いキャミソールを着ていて、どこか涼しげな顔と相まって、さらに上品な雰囲気を醸し出していました。


私たちの耳には、あったかい平べったい石ころがはめ込んだままです。

カナエは、よく私の真似をしました。

ソーダ味の棒アイスを買うと、カナエも買いました。


常磐線の小さな踏み切りを渡り、「大排水」の鉄製の橋を渡りました。

「大排水」とは、そこの大きな用水路のことです。

幅が数メートルほどあり、小さな川のように大きいので、みな「大排水」と呼んでいました。

深緑色の水面のため、どれだけ深いのかはわかりません。

また「大排水」が二手に分かれた間の陸地を、「ひょっこりひょうたん島」と呼んでいました。

当時、流行っていたテレビ人形劇の島に、似ていたからです。


通学路の町道から、背丈ほどにも伸びている雑草の間の小径へ入りました。

「大排水」に架かる細く簡易な鉄製の橋を渡ると、「ひょっこりひょうたん島」に辿り着きます。


わずかな風に乗って、田舎の匂いが届きました。

自然の匂いなのかもしれません。

土や草や花や、田んぼや畑や生き物なんかが混ざった、懐かしい匂いです。


「大排水」の簡易な鉄製の橋を渡ると、夏の烈しい陽射しに深緑色の水面が、キラキラ反射していました。

ところどころ背伸びした雑草に覆われた「ひょっこりひょうたん島」の先端の方に、四角い蓋のない段ボール箱が置かれていました。

なんと、小さな三毛猫のような仔猫が、3匹鳴いていました。


わー

かわいい


私たちは、しゃがんで、夏の陽射しに晒されて、わずかな声で鳴いている、儚い仔猫たちを眺めました。

3匹のうち、1匹は横になったままじっとしています。


暑そうだ

このままではマズイよ

喉も渇いているかも


「ひょっこりひょうたん島」の北の方角の、背の高い雑草の隙間から、大きな笠をかぶったような1本の松の木が覗いていました。


カナエちゃん

「一本松」まで運ぼう



大きな笠をかぶったような「一本松」の下へ、難儀しながらも慎重に、段ボール箱を運びました。

ようやく、強い陽射しから逃れて、「一本松」の木陰は、オアシスのようです。

汗が、全身から吹き出していますが、ハンカチを忘れたので、白と黒のボーダーのタンクトップの裾を持ち上げて、顔を拭きました。


これ使って


カナエが、フリル付きのピンクのタオルハンカチを、差し出しました。


ハンカチで汗を拭きながら、段ボール箱の中の、壊れそうな命の仔猫たちを眺めました。


水を飲ませてあげよう

待ってて

水筒持って来るから


私は、カナエを残して、再び炎天下を、家へと走り出しました。

左手には、フリル付きのピンクのタオルハンカチが握られていました。



満タンにした水筒を肩にかけて、「一本松」へ戻ると、カナエの姿がありませんでした。

初めは、その辺からすぐに戻るだろうと思っていましたが、いっこうに姿を現しません。

360度、眩しく輝く稲穂で覆われた周辺を、必死に見渡しましたが、見つけられません。


「一本松」の木陰の段ボール箱は、そのままです。

止めどなく溢れる汗を、フリル付きのピンクのタオルハンカチで拭いました。

しかたなく、仔猫に水を飲ませようと、プラスチックの容器に、水筒の水を注ぎました。

ふと、段ボール箱の仔猫が、1匹いないことに気づきました。

あの横たわっていた仔猫が、いませんでした。



阿武隈山地が夕焼けに染まり、あたりは騒がしくなり始めていました。

カナエが、まだ帰っていなかったのです。


私は、父から、母から、担任の若い女性教師のナオミ先生から、話しを聞かれました。

扇風機の音が、一定のリズムで鳴っています。

純子の胸に抱かれるようにして、少しだけ涙が出ました。

晩ご飯の、香ばしい匂いに包まれるはずでした。

フリル付きのピンクのタオルハンカチを、握っていました。

カナエのこと、仔猫たちのことを思いました。


茶の間の箱型のカラーテレビからは、「おばけのQ太郎」が流れていました。

純子の優しい腕に包まれていなければ、もっと大声で泣いていたかもしれません。


やがて、父と母が慌しく、茶の間から出て行きました。



翌朝も、夏の太陽が、大宇宙の摂理を守って、眩しく輝きながら登り始めていました。

白いご飯に、バターを乗せ醤油でかき混ぜていると、セルロイド製のメガネをかけた母が、沈痛な顔で、四角い座卓の向かいに座りました。


カナエちゃんは、「大排水」で見つかりました

溺れていました

ユウちゃんには、責任はありません

気持ちはしっかりして

あとで

ごあいさつに行きます

ご飯はちゃんと食べなさい


バターが白いご飯に、ようやく馴染んで来たところでした。

どんな味がしたのかわかりません。

おそらく、バター混ぜご飯は、霞んでよく見えなかったし、よく噛むこともできなかったと思います。



後日、子供の私にも詳しい事情が、ようやく伝わって来ました。


「ひょっこりひょうたん島」のすぐ傍の「大排水」の底から、衣服のままのカナエは見つかりました。

「ひょっこりひょうたん島」には、1匹の仔猫が死んでいたそうです。

カナエを見つけたキッカケは「隠遁者」でした。

なぜ彼が、「大排水」の底に、カナエがいるとわかったのかは曖昧でした。

カナエの父親に、震えながら、「大排水」にいると伝えたそうです。


父親は、すでに暗闇に包まれつつある「大排水」に飛び込んで、探し回り、沈んでいる我が娘を、見つけ出しました。

狂ったように、泣き叫んだそうです。

そして「隠遁者」は、警察に連れて行かれました。



夏休みが終わる頃、純子と半分だけになった向日葵を眺めていました。

楽しく輝きに満ちているはずの夏が、終わろうとしていました。

この夏は、海にも行けませんでした。

純子の石鹸の香りが、少しだけ慰めてくれました。


カナエの長いまつ毛が、浮かんで来ました。



秋風が立ち始めた頃、「一本松」で、「隠遁者」を見かけました。

その日の「隠遁者」は、やはり黒っぽい格好をしていましたが、逃げることなく私を凝視しました。


ありがとう

シロにご飯を


シロとは、「隠遁者」が飼っている白い痩せた犬のことでした。

私は、「隠遁者」が警察にいる間、毎日こっそり「森」に入り、シロにご飯を与えていました。

そして、シロの傍の2匹の三毛猫のような仔猫にも、ご飯を食べさせていました。


意外にも、端正な顔立ちの「隠遁者」は、沈みかけた陽を浴びて、微笑んでいました。

あたり一面に、黄金色の稲穂が拡がり、「一本松」が、すくっと構えている光景は、神々しくさえ見えました。