異国で日本語を教えた時のこと②
↑続きです。
そんなわけで、私は「日本語講座」のボランティアをすることが決まった。ちょっと困ったのは、教材・教具がひとつもなかったこと。クミコさんに相談したところ、ケイレブが持っているらしいとのことだった。去年のアウトリーチ合宿で東京に行った際手に入れた「外国人のための日常会話」という日本語のテキストがあるそうだ。なのでそれを使うことにした。
数日後、N大学の図書館のテーブルで、私はケイレブと向き合っていた。それまでに人に何かを教えた経験はなし。ちょっとドキドキした。あ、そうか。今思えばケイレブに日本語を教えたのが私の講師としての初めての経験だったのだ。どうやら私は英語の講師になるよりはるか前に、日本語の講師をしていたらしい。不思議な感じ。
テキストの文は読み仮名(アルファベットで)がふってあるから声に出すことはできる。でも、発音が正しいかどうか、いつも自信がないんだ。とケイレブは言った。せめて簡単な日常会話をきちんと通じる発音で話したい、というのが希望だった。だから、指導者はネイティブの日本人でないとダメなんだな。私は納得した。
その時の私はまだ英語が全然流ちょうでなく、言葉のせいで不自由を強いられる毎日だった。言葉が話せないって辛いのだ。周りに助けられることはあっても、自分が誰かの役に立てないことが続く(ように感じる)。言葉のせいで落ち込んだ時は、自分に価値のないかのように感じてしまうこともあった。ほんの少しね。
だから、「日本語が話せる日本人」というアイデンティティを用いることができる場所をもらえて、結構嬉しかったのだ。よぉし、ネイティブとして正しく綺麗な日本語の発音を教えるぞ~と決意した。
レッスンの方法は簡単。テキストの日常会話文を私が読み上げる。そしてケイレブがリピートする。上手くできたら褒めて、違っていたら「こうだよ」と指摘する。それだけだったけど、ケイレブは割と喜んでいた。し、回を重ねる毎に、英語圏の人特有の強弱が激しい日本語はなりをひそめ、抑揚のない語り口調を真似できるようになってきた。えー私、結構教えるの上手いんじゃない、なんて調子に乗る程度にはやり甲斐はあった。
ある時こんなことがあった。
その日私が「OK, リピート・アフター・ミー、ケイレブ! "よろしくおねがいします"」と見本を発声し、ケイレブがそっくりに「ヨロシクオネガイシマス!」と繰り返したときのこと。側でプッと吹き出す声が聞こえた。見ると、社会人留学生のミキさん(福岡出身)。が笑顔。というか完全に笑ってる。「ちょっと、なんで笑うんですか~」と私。するとミキさんのひとこと。「だってY、ものすごく関西弁のアクセントで教えてんだもん。」
そうか、私は日本人だけど関西弁ネイティブだった。どうやら私はケイレブに「完璧な関西アクセントの日本語」を指導していたようだ。やばー!(続く)