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犬島の夢

2007.08.05 15:00

島には古い校舎があった。
その古い校舎の古い教室で、机に顔を伏せていると、
いやな夢が忍び込んできた。


私は誰かと一緒に歩いている。
ここはどこだろう。
とても大事な場所なのに、どうしても思い出せない。
一緒に歩いてるのは誰なんだろう。
大事な大事な人なのに、顔が見えない。

ああ、どうしよう。
具合が悪い。
吐き気がする。
眩暈がだんだん酷くなっていく。
手のひらが異様に熱い。

なのに私は
無理に笑おうとしている。
大丈夫よと強がっている。
心配されることを恐れている。

歩調を合わせるのがつらい。

待って。
待って。
足が進まないの。

なのに、言葉が出ない。声が出ない。

顔の見えない誰かは、
振り向くこともなくどんどん歩いていく。

背中が遠くなっていく。

私も、一緒に行きたいのに。
並んで歩きたいのに。

とうとう、背中まで見えなくなってしまった。




気が付くと涙が出ている。
教室の風景は明るくて、一時間前と何も変わっていない。

そうか、夢だったんだ。
いやだなぁ。
泣き目覚めだなんて。

具合が悪くなると、ときどきあの夢を見る。
分かっている。
あの夢は昔の記憶が見せる夢だ。
あれ以来、私は体調の変化に対する怖れが強くなってしまった。
出掛けること自体も、本当は少し怖い。

 小さいときから、溜め込むタイプの子だったわ。
 さっきまで元気だったのに急に熱を出したり、
 平気な顔をしていたと思ったら
 ふいにぽろぽろ泣き出したりしてね。

いつか、母がそう言っていたっけ。

きっと、体調や感情の変化に鈍感なのだ。
いや、気付いていても、
我慢できる、無理が利くと思い込みたいのかもしれない。

無理は結局の所、無理でしかないのに。

最近は、体調もすこぶる良くて、
日帰りなら大丈夫だと、警戒を緩めていた。
けれど今日、この島で炎天下歩き回ったのはよくなかったのか。
頭がくらくらして、視界が歪む。
手のひらが熱い。

そうしたら、またあの夢だ。

もう、顔を拭いておかないと。
誰かが帰ってくる前に。


誰もいない教室に、蝉の鳴き声だけが染みこんでくる。


ふと目を上げると、古い教室の正面の壁には、
古い地図が二枚貼ってあった。
地図に描かれた世界は、遍く色褪せている。

ほっとした。

褪せた色は、時間の経過を含んで、少し、優しい感じがする。



   教室の地図褪せており昼寝覚



じっとしていると、
蝉の声が、さっきよりもはっきりとした輪郭で聞こえてくる。
いま、この時を、生きているものの声だ。

目を閉じる。
蝉が土の中から出てきて、木を登り、
羽を得て、空に飛んでいく姿を思う。

空へ行くには不必要な何かを、
抜け殻としてそこに残していくのか。

だから抜け殻は、色褪せているのか。



   空蝉やここから上は空となる




蝉の声の向こうから、誰かが帰ってきた足音が聞こえる。




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と言うわけで、
ずいぶん遅いですが、7/29犬島句会より。

日本文学の巨星・芭蕉への敬意もって、
句を記すに文を以てす。

…句会経験者のくせに、当日2句しかできなかったので
水増ししたとも言う(笑)