月、昇りぬ
月、懸かりぬ。山の端へ。
当日は見事なまでの清けき月夜。
*
良い月夜ですね。
今宵は十三夜。恋しき月夜でございます。
旧暦八月十五夜とこの九月十三夜に出づる月は
いづれ劣らぬ名月として「二夜の月」とも申します。
ただ、十五夜と違い、この十三夜の月はまだ望月には満たぬ月。
これから満月にならんとする月でございます。
十五夜の満月を愛づる習わしは、遠く大陸などにもあると聞きますが、
十三夜の月を愛づる習わしは、日本独特のものだと申します。
様々理由はあるようですが、この十三夜の月が日本に根付くのは
完璧ならざるもの、まだ足らぬもの、欠くるところあるものにもまた
美しさを見いだす日本独特の美意識によると申します。
今宵十三夜の月は、皆様の目にはどのように映っているでしょうか。
さて十五夜と十三夜がともに秋の月であることからも分かるように、
秋はもっとも月が美しく見える季節でございます。
月は秋の季語。
月を眺め、もの思う。私たち日本人は昔から、そのように秋の夜を過ごしてまいりました。
様々な和歌にも詠まれますように、もの思いの最たるものは恋ではないでしょうか。
ここ、「恋しき」という場所にちなんで今宵の宴は「恋しき月夜」と題しましたが、
「恋しい」ということは私たち日本人にとって最も強い思い。
古のこの国では、思いを寄せる相手に対して
「愛する」という概念はなかったと申します。
「恋しい」。
それこそが私たちの記憶に刻み込まれた切なる思い。
「恋しい」とは、すなわち「乞う」ということ。
強く願い求めるということ。
それが私たち日本人の持つ、最も強い心の動き。
今宵は、十三夜。
恋しき月夜でございます。
遠い昔から、私たち日本人がそうしてきたように
月を眺め、恋しきものを思う。
皆様にも今宵そのように過ごして頂ければと思います。
*
月、昇りぬ。上空へ。
この日、この時、この場所、ここに集まった人たちでしか味わえない
月の宴を皆様へ。
二度とないこの瞬間をどれだけ恋しく思ってもらえるかが
演者としての勝負です。
そして月の宴「恋しき月夜」は夜の部へ。