萬葉の歌々
大学生の頃、
私は古代文学を専攻していました。
そう、『万葉集』とか、『古事記』『風土記』『日本紀』とかね。
遙か千数百年も昔の人たちの残した歌ひとつひとつに、
新鮮な感動や、懐かしさや、共感や、様々な感情を喚起され
また、自分の在る場所・思考のルーツを見るような気がして、
一時期は研究者になることも
考えていたりしました。
けっこう本気で。
当時、母校の古代文学ゼミは、
萬葉学会で知らぬものはいない伊藤博(いとう・はく)先生の
個人全注釈の校正に携わっており、
私たちの学年が、万葉集の最終巻"巻第二〇"を担当していました。
つまり、その全注釈の最後の校正に
携わることが出来たということなんです。
どうしてそんなこと急に…ってね、
これです↓
一昨年だったか、去年だったか。
本屋さんの文庫本コーナーでふと見つけたこの本。
びっくりしました。
だって、その当時関わっていた注釈書の文庫版だったんですもの。
当時の注釈書は、
当然のようにハードカバーで、
一冊1万くらい。
全巻そろえれば、10万強という金額です。
大学には刊行されたものは全てそろっていたので
不便はなかったのですけど、
個人的にも欲しいなぁと思っていたんです。
ただ、学生にとって10万オーバーって結構勇気のいる額で、
追々そろえようと、卒論によく使う巻だけ数冊買って
卒業後そのままになってしまっていました。
あの本が文庫版になって、一般の本屋さんに並んでる…。
それはとてもウレシイ驚きでした。
この手の注釈書、つまり「専門書」は、そもそも相当に大きな本屋さんでしか
並べてもらえない類のもので、
しかも、「文庫化」ということ自体がなかなか無いことなんです。
もちろん、ハードカバーのときの装丁も
あの箱の雰囲気もそれはステキなものでしたが、
(これね。)
「ああ、伊藤博先生の愛した万葉集が、
こんな風に、文庫本として広く広く世に出る形になったんだなぁ」
と思うと、感慨一入でした。
一般の人にもすっと手にとってもらえる、文庫本という形。
専門家としての真摯な目線で、
でも一般の人にもわかりやすい言葉で
(易しくというより)優しく綴られた注釈書ですから、
きっと、文庫本というこの形は
今は亡き伊藤先生も喜んでおられるのじゃないかと。
*
今年、私の所属する正筆会の青年部「暢心展」は、
平安遷都1300年を記念して
"萬葉の歌々"をテーマに取り上げ、書作します。
それを機に、私も改めてこの文庫版『萬葉集釈注』を手に入れました。
大学の頃、日々手に取っていた万葉集を
また懐かしく紐解いて、
優しく文字を綴れたら。
そう思っています。