78年目の戦没者を追悼し平和を祈念する日に当たって
昭和20年(西暦1945年、皇暦2605年)8月15日に我が国が『ポツダム宣言』を受諾してより、78年が経ちました。
『ポツダム宣言』受託の際には、戦争継続派によるクーデター未遂事件も起きましたが、郷土の偉人である田中静壹大将がそれを鎮圧し、無事終戦へと向かうことが出来ました。
近年、一部の方に大東亜戦争を「自存自衛の戦争」であったとして美化される方がいますが、結果的に他国に占領されたところも見ても、決して「自存自衛」の目的は達成できなかったわけであり、そのことも含めて大東亜戦争を美化することはできません。
一部のタカ派はともかく、最近はリベラル派も表向きは「平和主義」を言いながら「自衛戦争ならば正義!」という論調で露宇戦争も評価しています。しかし、「自存自衛」は戦争を正当化するマジックワードには、なり得ません。
岸田文雄首相は「核兵器の使用は個別的自衛権と集団的自衛権の行使に限定するべき」と発言していましたが、少しの期間とはいえインドに住んでいた私は、その言葉に怖ろしさを覚えました。
インドとパキスタンは国境地帯で小規模な衝突ならば頻繁に起こっていますが、もしもいずれかの国が「自衛権の行使」であるとして核兵器を使用したならば、広島と長崎の比ではない大惨劇が起きること、明白です。
現に露宇戦争ではロシアもウクライナも「自衛権の行使」を掲げており、どちらも一切妥協する気はなく、戦争は長期化しています。核兵器こそ使用されていませんが、日本を含む多くの国々が非人道的であるとした廃棄した、クラスター爆弾は使用されています。
一方で、大東亜戦争の結果としてフィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオス、ビルマ(現ミャンマー)、インドネシアが独立できたことは紛れもない事実であり、その事実を否定する一部左翼勢力による歴史改竄は、断固糾弾されなければなりません。
ただ、例えば日本政府は当初インドネシアを独立させる気が無かったことが最近の研究で明らかとなっており、インドネシアが独立できたのはインドネシアの独立運動家と日本内部で本気でアジア解放を目指した人々の尽力の結果です。大東亜戦争に良い面があったからと言って、当時の政府の行為を全肯定は出来ないのです。
最後に、住吉大神が谷口雅春先生に啓示したとされる「日本の実相顕現の神示」を引用し、本稿を終わらせていただきます。
「現象の三日月は沈んでも実相の円満玲瓏一円相の満月は依然として虚空に輝いている。それと同じく、心狭く尖りたる排他的な軍国主義の似非日本の国は沈んでしまっても、実相円満の日章旗のようにまんまるい日本の国は無くなってはいないのである。有るもの、有りしものは永遠に滅びることなく、必ずそれは日本人全体の心が円満になり、実相の波動に日本人全体の心の波動がぴったりと合うようになれば、現象界にもその不滅円相のすがたをあらわすのである。汝等歎くことはない、滅びしものは本来無きもののみが滅びたのである。無きものは滅びるほかはない。軍国日本の如きは本来無き国であるから滅びたのである。」