Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

紅く色づく季節

夜と朝の間にて

2023.08.15 06:47

【詳細】

比率:性別不問1

現代

時間:約5分~8分


【あらすじ】

ふと夜中に目を覚ますあなた。

シンと静まり返った部屋に一人。

いつもの部屋のはずなのに、なんでこんなに寂しいのだろうか。


【登場人物】

私:ふと目が覚めてしまった人

  *一人称変更、語尾の変更可能でございます




私:

「……ん……」


フッと優しいなにかで包まれるように意識が掬い上げられる

ゆっくりと目を開けるとそこはまだ暗い空間だった

少しだけ手を伸ばし、近くにあるスマホの画面をタップする

急に与えられる眩しい光に目が眩むが、すぐに慣れ、そこに表示される時間を確認する


「……まだ、こんな時間か……」


小さく息が漏れる

もう一度ふわふわとしたあの場所に戻るのはなんだか違う気がしてゆっくりと身体を起こす

シンと静まり返った部屋

夜と朝の間(はざま)のこの時間

外を走る車の音も隣人の生活音も動物たちの声さえも無い時間


急に寂しさに襲われる

なんてことはない、いつも過ごしている時間のはずなのに

意識が覚醒しているだけでこんなにも印象が違うのか


一人だけこの世界に取り残されてしまったかのように錯覚する


日が昇れば、様々な音が鳴りはじめ

いつもの、私が知っている世界が返ってくるのはわかっているのに


胸がキュッとなり

少しだけ呼吸が浅くなるのを感じる


それが少し怖くなり、手元にあるスマホを操作する

SNSを開けばこんな時間だというのにいろんな人がいて

少し安心する


あぁ、私はこの世界に取り残されたわけではないのだと


それでも寂しい気持ちだけは残っていて

何気なく呟いてみようかとタップするけれど

何を書いていいのか分からなくて指が止まる

今の私からは寂しい言葉しか出てこない気がして

そんなのは私らしくないし、第一誰かに心配をかけたいわけじゃないのだから


でも、頭ではわかっていても心は分かってはくれない

まるで大人と子ども

いや、しっかり者になりたいお姉ちゃんとまだまだ甘えたい妹ちゃんのようだ

迷惑になるからダメだよと諫める姉と、ちょっとくらい大丈夫だよって我儘を言う妹

それが私の中で言い合いをしている


ふと、目にあるアイコンが止まる

いつも一緒に楽しい時間を過ごさせてくれる人

時に二人で馬鹿なことをして大笑いをし、時に意見をぶつけては大喧嘩をし、かと思えば急に真剣な話をしだす

この人といると時間があっという間に過ぎてしまう


この人になら……

そんな妹ちゃんの我儘心が私の前にひょっこりと顔を出す

それを必死に止めるお姉ちゃん

画面には「こんばんは」と打っただけの文字

我ながら大変だなぁとどこか他人事のように考えてしまう


「あっ……」


少し気が緩んでしまったのか、スマホが手から滑り落ちる

急いでキャッチする

こんな時間に床に落としでもしたら下の部屋の住人にいい迷惑だ


「……やっちゃった……」


キャッチしたスマホの画面を確認すると打つだけのつもりだった文字が送信されてしまっていた

急いで消さなければと思った瞬間、メッセージが入力されているモーションが表示される

起きてたんだ、いや、もしかして私が起こした?

時間にしたら数秒だっただろうが、私にとっては途方もない時間に感じた

どうしよう

それだけだった


『こんばんは』

画面に表示される文字

あの人からの返事


『ごめん、起こした?』

『んや、起きてた』

『起きてたの? この時間に?』

『それはそっくりそのままお返しするよ』

『私はたまたま目が覚めただけだから! 夜更かししてません!』

『さいですか』

『そうです!』


他愛のないやり取りが続く

特に何があるというわけではない、ただのじゃれあい、日常会話

でも、それが今の私にとってすごくありがたかった

自分は一人じゃないと確認が出来たから


『で? どうした?』


パッと表示された文字にドキッとする


『なにが?』

『いや、この時間にメッセージ送って来るなんて珍しいなって思ったから』


そうだ、あの人はこういう人だった

あの人の言葉に嬉しくなると同時に申し訳なくなる


『ねぇ、今、暇?』

『暇って……まだ夜中だよ?』

『もうすぐ朝だよ』


「え?」


その言葉にカーテンをサッと開け、空を見る

確かに暗い青の中に微かに光がある気がした


『ほんとだ』

『だろ? だから、話さない?』

『え?』

『こんな綺麗な時間、一人で味わうのはちょっともったいない気がしてさ』


それは気遣いなのか、本音なのか

こういう時、あの人は本当に読めない

だから、なのかな……


『いいよ』


言葉を送り、一呼吸おいてからそっと通話のボタンをタップする

数秒後、聞こえてきたのはあの人の声

暖かくて、安心する声


「うん、おはよう」




―幕―




2023.08.15 HP投稿