あかねいろ(23)「私、あんまり甘いもの食べたくない」
そんな僕らにも、救いのLINEが舞い込んでくる。
立川の友達の女子4人組から、「校門前に着いたよ」という連絡がやってくる。立川は小躍りする。僕は嬉しいようなもうどうでもいいような態度をする。態度は対照的でもやっていることは同じで、そそくさと部室を後にして、クラスのもう一人を連れて校門へ向かう。 「遅かったな」 と立川。 「まずご飯かな」 と僕。 「まずは出店だろ」 「それもいいね」 2時間半遅れの到着は僕らにシナリオの変更を求めていたが、シナリオを練り直す時間はない。事前準備も虚しく、出たとこ勝負、ということになる。
僕は中学校の時は、お世辞にも女子から注目の対象となるようなタイプではなかった。いや、今だって変わりは無いし、この後の人生もずっとそうだった。だから、この時まで女の子と付き合ったことはないし、それどころか中学時代などは、必要最低限ぐらいしか、女子と話をしていない。この日も、張り切っているように見えるけれど、その実はどうしていいのか、どんな顔してどんな話をすればいいのか、全く見当もついていなかった。本音としては、「どうせ無理なんだから何をしても無駄だよな」と思っていた。でも、そう思っている一方で、何かの間違いとか、何かの偶然が僕と女の子を引き合わせてくれるのではないか、というような妄想は大いに持っていた。僕のそんな様子をよく知っていたのは中学校の頃の野球部の同級生の星野で「吉田なんか連れていってもしょうがないぜ」とこれみよがしに言っていた。
校門で4人の女の子と対面して、立川が僕ともう一人の男を紹介して、相手の子たちもそれぞれがどこの高校の誰々だというようなことを話した。すごい人の数だね、とか、どこをみにいったらいいの、とか、そういう話が始まっても、僕はあまり口を挟むことができなかった。右を見て左を見て、ふむふむ、という感じだけで、事の成り行きを見ているだけだった。
とりあえず出店を回ってみようという事で、みんなで中庭に向かって歩き出す。立川とその友達の4人が前で、男二人が後ろから続く。立川はなかなかの話し手で、4人を相手に話をしながら、時折僕たちにも何やら気を使って話を振ってくる。その時だけ僕は、うんとか、そうとか、短く答える。
出店では同じクラスの剣道部の面々がやっているクレープの屋台で立ち止まり、そこでそれぞれが何かを買うことになった。お金は自分で払うことにした。立案していた、僕らが奢ろう計画はどこかへ飛んで行ってしまっていた。
一人ずつメニューを見ながら何を買うかを選んでいると、女の子のうちの一人が僕に声をかけてきた。 「私、あんまり甘いもの食べたくない。何か別なのにしない?」 同じ駅の女子校のうちの1つの制服を着た彼女は、不服そうにメニューを見ながら言う。 「そうなの。じゃあ、あっちの焼きそばのところにしようか」 僕も正直言って甘いものは得意ではないので、何を頼もうか決めかねていた。助けに船と言うところで、2軒隣の3年生のクラスがやっている、焼きそばやホットドックを出しているお店を指して彼女を誘う。 「うん。そっちがいい」 僕は立川に、あっちの店行くね、と言う。立川は右手で親指を立てる。
僕は彼女の前に立ち出店に向かう。彼女もそのあとを進む。たった2軒先だけど、人だかりですんなりとは歩けない。僕と彼女の距離は限りなく近くなる。朝の駅のホームのようなスピードで、列をかき分けるでもなく、その流れに乗って出店へ向かう。その間は何も喋らない。
たった1、2分だけど、十分に緊張しながら歩いて出店につき、テントの上の方についているメニューと値段の書いてある、手作りの、段ボールの看板もどきを見上げる。 「甘いもの嫌いなの?」 「吉田くんは?」 「あんまり。特にチョコとかクリームとかは得意じゃない」 「私も」 お互い看板を見て、メニューを吟味しながら話をする。でも、僕はメニューを見ていない。目はメニューを見ているけど、気持ちは彼女をしっかり見ている。
地味なセーラーの制服は1年生らしく、スカート丈もそれほど短くなく、半袖のシャツからは、夏場の日焼けの跡がしっかりと見える。きっと何かの運動部なのだろう。160センチまで行かない身長だけど、体つきはがっしりと言ったら失礼だけれど、しっかりしている。
「何か運動しているの?」
僕は特に意味もなく聞く。でもその質問は、彼女には意味を持って届く。
「運動?なんで?なんでそう思うの」
その言葉はちょっとだけ何かを責める響きがする。
「え、いや、なんとなく。ただ、スポーツやってそうに見えたから」