彼岸に持っていけるものは
Facebook長堀 優さん投稿記事
ごくごく普通の外科医だった私が、"道を外すきっかけ"となったのが、二〇〇九年一月三十一日に世田谷公会堂で行われた「心を見つめ、命を見守る愛ある医療を考える」シンポジウムに実行委員長として参加したことでした。
赤字になるかも、との覚悟で臨んだイベントでしたが、聖心女子大名誉教授・鈴木秀子先生、山川紘矢先生・亜希子先生ご夫妻のご参加が決まるなど、強力なサポートをいただいて参加者も最終的に1000人に達しました。
誰もが予想できないほとの奇跡的な大成功をおさめることができたのです。
その勢いのままに行われたのが、岡部明美さんがこの記事で紹介されている第二回のシンポジウムでした。
このイベントをきっかけに、私は、衆議院議員会館での超党派議員連盟の会や、筑波大名誉教授・村上和雄先生の「心と遺伝子研究会」などからお声がけをいただくこととなり、活動の幅が大きく広がっていくことになります。
つまり、今の私の活動の原点となったのが、「心を見つめ、命を見守る愛ある医療を考える」シンポジウムだったわけです。
じつは、この日の世田谷公会堂を予約したのが女性デュオユニット、コクーンさんのお二人で、コクーンさんと私をつなげたのが岡部さんでした。
コクーンさんは、芳村思風先生とともに、前回の私のタイムラインに登場されてます。
お二人は当時、全国を周りコンサート活動を繰り広げており、その様子は、NHKや主要紙でも繰り返し取り上げられていました。
岡部さんも、当時から心理カウンセラー、エッセイストとして出版や講演で広く活躍され、今でも全国にたくさんのサポーターがいます。
しかし、当時の私は、対外的な活動はまったくしていません。つまり、コクーンさん、岡部さんとの出会いがなければ、今の私の活動などありえなかったのです。
世田谷公会堂でのイベントは、それほどまでに私にとって大きな意味があったわけです。
八月三十日、十四時半より、その岡部さんと私によるライブトークがZOOMにより行われます。
これまで話したことのない私の活動の原点について、岡部さんしか知らないエピソードも出てくることでしょう。
詳細は、後ほどまたアップされるそうです。
岡部さんのブログでは、二回にわけて、私の新刊を詳細に引用し紹介してくれています。こちらも合わせてどうぞ宜しくお願い致します。
Facebook岡部明美さん投稿記【彼岸に持っていけるものは】
こんな告別式は初めて。iPadからは、ご本人が生前大好きでよく歌っていた「千の風になって」を朗々と歌っている動画が流れている。
「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません。死んでなんかいません。千の風に、千の風になって、あの大きな空を吹きわたっています♪」
と亡くなられたご本人が歌っている動画が流れているのです。ご遺体と遺影の写真の横で。
高校時代からの親友コクーンのボーカルのゆりちゃんのお父さまが旅立たれた。
音楽・芸術を愛する心や、人を驚かせたり笑わせるのが大好きなところなどはそっくりの父と娘。
ゆりちゃんのお父さまは定年後、地域の老人会を心から楽しい会にしようと和太鼓を仲間達に教えたり、ハーモニカを吹きながら一緒に歌ったりしていた。
まるで学生のサークルみたいなノリの楽しい老人会だったそうで、会の人気者だったそうです。
亡くなる前日までご機嫌でビールを飲んでいたと言います。
お経はコクーンのマネージャーであり僧侶であり福祉の仕事をしている雨ちゃんこと雨宮さんがあげられました。
コクーンは、2009年に長ちゃん(長堀先生)達と全国から来られた1000人もの人たちで一緒に創りあげた「心を見つめ、いのちを見守る愛ある医療を考える」のシンポジウムの音楽担当でピアノは本田裕子ちゃん。絶妙のスットコどっこいコンビですが、コンサートはハンカチ3枚は必須です!!
懐かしい写真は第二回目の愛ある医療のシンポジウムの模様です。
パネラーは、ダラムサラ在住の大学教授・医師・チベット仏教僧侶・ダライ・ラマ法王第14世の担当医師であるバリー・カーズィン先生、
バリー先生同様、医師であり僧侶の斎藤大法先生、『覚醒のネットワーク』の著者であり文化人類学者の上田紀行先生、
そして今ブログでご紹介している育生会横浜病院院長の長堀優先生、コーディネイターは歯科医師の藍原繁樹先生でした。
私は総合司会を務めさせていただきました。
あれから11年たち、今再び、長ちゃん(長堀先生)の新刊が出たことをきっかけに何か一緒にやろうかということになり、
8月30日(日)、14時半からZoomで私と長ちゃんのライブトークをやることになりました。
私の一番新しい本は『約束された道』(学芸みらい社)です。この本は魂の目的を思い出していく内なる旅の道程を書いたものですが、
長ちゃんもご著書を通じて、世界のパラダイムシフトと共に人が自分の魂の目的(人生の目的)を思い出す時がきたと書かれています。
魂の目的は、生存欲求(生き延びること)以上の精神的欲求で、それを思い出す視点を私はこう思っています。
人生を通じてずっと興味や関心があったこと、好きで好きでたまらないこと、ワクワクすること、わけもなく心惹かれること、無心になってやれること、心が深く歓びで満たされること、知りたくて仕方ないこと、人からなんと言われようとやっていることの中にそのシード、種が隠されています。
同時に、現実への違和感、この世界への異和感、人生の苦しみ、理不尽としか思えない人生の出来事、嘆き悲しんできたこと(トラウマを含めて)の中にも魂の目的の種が隠されていると私は思っています。
人が自分の魂の目的を生き始めると次々に不思議な出会いやシンクロが起きてきます。応援者が現れます。
長ちゃんとのZoom対談では、長ちゃんがこのコロナ騒動を医師としてどう見ているのか、
なぜこのコロナ騒動を超えていく道が「日本人の覚醒」にかかっているのか、
日本の約束、魂の約束とは何かについてなどをインタビューしたり長ちゃんと対話してみたいと思っています。
https://okabeakemi.com/blog/?p=5324&fbclid=IwAR0w-g6LxCdrGVkvxCOz_CYvRdszobQAzVU6r61y6DYLnnNGoZnUKOfXMrI 【生きているということの奇跡】より
今回のブログは、前回、前々回のブログ「魂の医療」は「慈悲の医療」コロナ騒動と文明の病にメスを入れる外科医の続編になります。
生きているということの奇跡
西洋医学は、死を敗北と考えているのだと知った時、私はものすごい違和感を持った。
私たちは全員いつか必ず死ぬのに、死が敗北ってどういうこと?
私たちはみな生まれた瞬間から”敗北者の人生”を歩んでいるっていうこと?
なんか変だ、この考え方は。
そんなことを考えていたある日、写真家であり、作家である藤原新也の著作『メメント・モリ 死を想え』の中にドキッとする言葉があった。
私は、二十代の初め頃に、彼の著作である『東京漂流』『印度放浪』『全東洋街道』を夢中になって読んでいた時期がある。
私は、彼の生死に関する洞察、人間の心の闇の深さと光を見る眼、混沌の中に生の本質を探ろうとする姿勢、東洋に対する眼差し、この時代への“問い”に対して、ただならぬ感性と洞察の鋭さ、深さを感じていた。
何か、私の心の深い部分をえぐられたように思った。
日本が、ひたすらアメリカの成功と栄光、豊かな消費社会に目を向けていた頃、彼は時代の風に逆行するかのように、ただ東洋を見続けていた。
アジアの持っている猥雑なるエネルギーと混沌、この世の行き止まりと吹き溜まりのような世界・・・・。
その地上世界の上に広がるどこまでも澄み切った天上の蒼さ、青さ。
アジアの子供たちの持っている美しい目の輝き。
彼は、ファインダーを通して一体何を見続けていたのだろうか。
ファインダーとは、彼のスピリット、魂の眼そのものだったに違いない。
私は、彼が見ようとしているもの、探そうとしているもの、求めているものを知りたかった。
彼の意識が向かうものを感じていたかった。
この世の果てにあるものを私も知りたかった。
彼の作品を貪るようにして読んでいた二十代の私には、
十分な若さと時間があり、欲しいものも少しずつ手に入るようになっていたのに
何かがいつも満たされていなかった。
心が求めているものとは違う何か、私の存在の奥深くで求めているもの。
それは、今にして思うと、私の魂の渇き、飢えのようなものだったのかもしれない。
死は生のアリバイ
「メメント・モリ」とは、元々、ラテン語で、”自分が死ぬべき存在であることを思い出せ”という意味らしい。
ページを開くといきなり
「死の瞬間が生命の標準時」
なんていう言葉が出てきて驚いた。
本当の死が見えないと、本当の生も生きられない。
等身大の実物の生活をするためには、
等身大の実物の生死を感じる意識をながめなくてはならない。
死は生の水準器のようなもの。
死は生のアリバイである。
MEMENTO-MORI
藤原新也『メメント・モリ 死を想え』(情報センター出版局)
″死は生のアリバイ〃
どこから出てくるんだろう、こんな言葉。
〈死は、病気ではない〉〈人間は、犬に食われるくらいに自由だ〉〈市場があれば、国家はいらない〉
〈誰にも氷点はある。必ずやって来る〉
〈人間の氷点を溶かしてくれるものはニンゲンだ。ニンゲンの体温だ〉
〈旅やがて思想なり〉
この人の言葉にどれだけ今までドキンとさせられただろう。
人生を深く生きようとする人の旅というのは”巡礼”みたいだと思う。
そんな旅を私もしてみたい。
世界は、生にあふれているかのように見える。
そして、誰もが生きることを考えている。
しかし、生の輝きを見る意識だけでなく、死を眺める意識というのも、
人生の深さや、真の喜び、この世界の美しさに深く触れていく意識の水路なのではないかと思える。
死は、生の一部であること、生の中には、予め死が”包含”されているということを
“体験”として知り、もう一度この世界に戻ってきたという事実が私に教えてくれたことは計り知れない。
『私に帰る旅』
(岡部明美著/学芸みらい社)より