清水さんを見送った後、私はブハラの観光街から離れた庶民のバザールを観に行ってみた。
「デフコン・バザール」
バザールの周辺には自転車の後ろにバーベキュー台を積んだような簡易な露店があって、焼き鳥のような肉を焼いて売っている。その匂いがたまらなく良い香りをどこまでも放っている。
バザールには大きなアーチ状の入り口があり、入っていくと大部分が屋根に覆われていて、昔のアーケード街のような感じだ。
バザールといえば、「Amazon」と同じくありとあらゆる商品が売られている。
服、下着、靴、台所用品、肉、野菜、穀物、日用雑貨、おもちゃ、ホームセンターに置いてあるような工具、部品。
それらの店がただひたすらに境目なく続く。
日本では「初売り」だが、こちらでは年が明けたからといってこういったバザールが大混雑することはないようだ。そういう文化の違いも興味深い。
あまりにもバザールは広大なので、地図を見ながら直線的に歩いて反対側へと抜ける。
これまた広大な公園へと出る。冬のため緑はない。そしてまったくひと気もない。
空は灰色。気温もかなり冷え込んでいる。
ぼんやりとしながら公園を歩いていると、ポツポツと小雨が降り出してしまった。
日本から折り畳み傘はもってきてはいるが、なにより気分が落ちてきてしまう。
ここ、ブハラを離れるのは今夜9時。天気がどうであろうと日中の時間をこの町で過ごさねばならない。
天気予報を見ていなかったためまさか雨とは思ってもいなかった。
とにかく、一度観光通りへ、アルク城へと戻ってみることにした。
戻る途中にもメドレセがあり、中に入ってみるが半ば朽ちているようで、日本の神社と同じような身近さでこういった宗教施設があるようだ。
アルク城前のバス停が小さな屋根で覆われているため、ひとまずそこに座って雨宿り。
お昼だったが腹は空いていないため、柿ピーでカロリーだけ摂取する。
さて、どうするか。
小雨で気温も低いが、時間はまだ半日もある。
観光通りはおおよそ歩いて見てしまったため、「地球の歩き方」をめくり、どこか行くところはないか探す。
あるにはあった。
「スィトライ・マヒ・ホサ宮殿」
ここブハラを最後に治めた「アリア=ハン」王の宮殿だという。
アリアハン??
それはドラクエシリーズの中でも屈指の人気作、「ドラクエ3」の主人公が育った町の名だ。
そして、そのドラクエ3は私が海を渡った世界を見たいと思わせるきっかけのひとつとなったゲームでもある。
まさか、そこが地名の由来だったとは。言われてみればドラクエ3の商人のキャラは中央アジア風だ。町並みも似ている。
私にとって、いや、初期ドラクエをプレイしてきた旅人にとって、旅はドラクエそのものなのだ。由来がある町ならぜひ訪れてみたい。
バスで行く手が一番だが、そこへ向かうバス停まで遠い。小雨の中歩くのはしんどい。
なにより、タクシーを呼んでも50円ほどしか変わらず、しかも宮殿眼の前まで行ってくれる。
私はまよわずアプリでタクシーを呼ぶことにした。
ほどなくやってきたのは廃車にしたスズキアルトのようなボロボロのミニカー。
乗り込んでもお互い言葉を交わすこともなく、目的地へ出発する。
少し観光通りを離れるだけで視界に映る町は一気に庶民的に変化していった。
おそらくちょっとしたスーパーなのだろう、いくつかの店がかたまった小さな複合施設があったり、総合病院があったりした。が、それ以外は荒野という、アンバランスさ。
15分ほど走ったろうか、大通りを少し入ったさきにその宮殿はあった。
無事に着き、テンションが上ってしまい、うっかり一眼レフカメラをリュックから出してしまい、受付にてそのカメラを見られて「カメラ料金」を取られてしまう。
これが入場料とほぼ同じ額で、バス代の10倍くらいの金額。
入場料は当然頭にあったが「カメラ料」で余計に現金払いが必要となり、私の手持ちが100円ほどになってしまった。帰路のバス代で飛んでしまう。いや、ギリギリそれだけでも残ってよかったと考えるか。
観光街にATMがあったことは覚えているため、戻ったらもう少し下ろすしかない。
月と星の宮殿という意味の、東西の建築様式が混在しているのが特徴の夏用の宮殿とのこと。
冬、小雨。
観光客はほとんどいない。
夏用の宮殿ということは、別荘のようなものだったのだろうか。
内装はヨーロッパの宮殿の影響を色濃く受けている様子がわかる。
あまり手入れをされていない、古びた様が私のロマンをくすぐり、思いの外、気持ちが吸い込まれていくのがわかった。
アジアの王の宮殿にはやはりハーレムがある。
50mプールほどの大きさの水池。そこに多くの女性を水浴びをさせ、王がそれを宮殿から眺めていたという。
歴史遺産として大変素晴らしい施設であることが分かると同時に、今日が天気が悪く、さらには季節が冬だったことが残念に感じられた。
新緑の季節であれば、たいそう美しい庭園を味わうことができただろう。
さて、街へ戻るか。
バスはおそらく大通りへ行けば走っているはずなので、そこまで200mほど歩く。
その歩いている横をなんとバスが走り去っていく。宮殿は観光地だ。バスが来ないことはなかったのだ。
ま、いいや。せっかく郊外まで来たのだからもう少し歩いてみよう。
相変わらず空は灰色だったが、雨はやんでいた。
大通りには一応歩道があった。一応、という訳は当然それらはガタガタのコンクリートだったり土だったりした。
それでも歩けるスペースがあるのはありがたかった。
異国の地へ来て、さらには観光地を離れて郊外へ来て、身一つ、ザック一つで歩いていると無事に帰れるだろうかという僅かな不安と何もかもから解放された心地よい気持ちに包まれる。まさかウズベキスタンへ来て、持ち金が50円ほどになるとも思わなかった。
どこの誰に話しかけてもおそらく言葉は通じず、私という人間とどこかで通じている人もいる由もない。
旅、という響きに私という存在すべてが没入していた。
アリア=ハン王、肖像