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グレート・リセット

2023.08.21 04:24

https://www.yomiuri.co.jp/choken/kijironko/ckeconomy/20220801-OYT8T50076/ 【「グレート・リセット」時代の企業経営 組織の社会性向上が成長につながる】より

■新型コロナ禍を節目に、社会や人の意識、企業の経営環境は大きく変化した。「経済価値」だけでなく「社会価値」を同時に実現させながら、持続的に発展することが企業の使命になった。

■経営の重視点は「ESG(環境・社会・企業統治)」に移行している。投資家の関心も高く、ESGの項目の中でも特に「人的資源の有効活用・人材育成」が注目されている。企業は人的資本戦略を強化し、情報開示を推進する必要がある。

■これからの企業には、「何をやるか」ではなく「なぜやるか」が問われる。社会に対する責任を自覚し、常に存在意義を確認することで、組織の社会性が向上し、人々の共感・納得を得られて成長につながる。

■気候変動など未踏の課題解決には、多様な人材を活用し、「新たな価値を生み続ける組織力」を獲得し、社会とともに進化するマネジメントスタイルが求められる。

日本能率協会 経営研究主幹 曽根原幹人

コロナ禍で激変する社会・人の意識・経営環境

 今、日本そして世界の経営環境は大きく変化している。特に、新型コロナがもたらした変化は甚大であり、これまでの様々な常識を覆しつつある。世界経済フォーラム(WEF)が開催するダボス会議の2021年テーマは、「グレート・リセット」だった。これまで社会を構成してきた様々な仕組み・制度・慣習を、“いったんすべてリセット”することを意味している。気候変動や格差拡大といった問題を引き起こし、解決できずにいる既存の社会・経済システムは、持続可能性を失っている。コロナ禍はそれを顕在化させた。これからの時代を生き抜くために必要なのは「変化」であり、この未曽有の危機を未解決の大きな問題を解決する機会にしていこう――そんな強いメッセージが全世界に発信された。

 経営者の意識も変化している。

 日本能率協会(JMA)が経営者を対象に実施している「経営課題調査」の最新版(2021年)では、経営全般における「5年後の課題」として「CSR(企業の社会的責任)、CSV(共創価値)、事業を通じた社会課題の解決」を挙げる経営者が前年の2倍近い13・0%に上り、「事業基盤の強化・再編、事業ポートフォリオの再構築」(13・3%)と並んでほぼ同率1位となった。大企業に絞ると23%で突出して1位を占め、この傾向は企業規模が大きくなるほど顕著である。

 ちなみに、「企業の社会的責任」とは法令順守や環境配慮、社会貢献活動など「社会に存在する上で果たすべき責任」のことであり、「共創価値」とは企業が社会的課題への取り組みを通じて「社会価値」とともに「経済価値」も生み出すことを意味する。一般市民の間でもSDGs(持続可能な開発目標)への関心が高まる中、ESG(環境・社会・企業統治)経営への課題認識を持つ経営者が急増していることがわかる。

【図表2】「5年先」に来る経営課題 過去3か年の推移(2019~21年)(出所:日本能率協会「日本企業の経営課題2021」調査結果より)

 経営者は、様々なステークホルダー(利害関係者)のニーズの変化や、社会からの要求事項を素早くキャッチし、“社会価値と経済価値の両立”を図りながら企業・事業の方向性を決め、持続的に発展することを求められている。新型コロナ禍による経営環境の激変を受け、「事業ポートフォリオの再構築」を徹底議論した結果、企業各社は「社会課題解決領域を次の事業の柱に」と腹を決めたのだろう。

投資家が重視する「ESG経営」

 上場企業は今、投資家からいわゆる「ESG視点」の経営の推進を要求されている。上場企業の行動原則を示す「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」が2021年に改定され、気候変動、人権、従業員の労働環境・処遇、取引先との公正な取引等に配慮した「サステナビリティー(持続可能性)課題への取り組み」の重要性が強調された。企業にとって対応が急務となっている。これまでの経営や事業の延長線上では対応できない事案やステークホルダーからの各種の要請に応えていかねばならない。“ソーシャルファースト”で、「多方面に目配りをしながら、経営目標を自ら達成する」という、高度で複雑化した経営環境を乗り越えていかねばならない時代である。

【図表3】「ESG」として対応が求められる項目(筆者による整理)

 投資家は、ESGの各分野の中でも「S(社会)」分野への関心を強めている。経済産業省の資料(2020年9月「持続的な企業価値の向上と人的資本」に関する研究会報告書・参考資料)によると、機関投資家が重視するESG項目として、トップの「経営理念・ビジョン」(53・5%)に次いで「人的資源の有効活用・人材育成」(36・6%)が挙げられた。また注目する理由として、「企業の将来性への期待」(58・3%)が最多だった。企業の成長のカギを握るのは、人材の育成・活用という「人的資本経営」である、と認識されるようになったことが見て取れる。企業側は、人材戦略や取り組みの成果についてより積極的に情報開示する必要性が高まっているといえよう。

【図表4】投資家が重視するESG項目とその理由(2020年9月 経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本」に関する研究会報告書・参考資料より)

「人的資本経営」の取り組みと情報開示のメリット

 ESG経営の目的は、「社会的な課題への積極対応による経営革新、それを通じた中長期的な企業の成長・発展」と位置付けられる。人的資本経営への取り組みと情報開示のメリットは、以下の3点に集約されると筆者は考える。

〈1〉イノベーション、新しい価値創造にむけた戦略実行力の強化=経営計画・戦略の達成プロセス・と必要な人的資本の明確化により、経営革新の道筋が立つ。

〈2〉投資家との対話を通じた理解促進=投資家の視点を知り、自社の取り組みの改善に生かせる。

〈3〉社会的評価の向上、優秀な人材の獲得=外部機関の評価によりブランド価値が向上し、優秀人材に注目される。

 上記〈2〉の「投資家との対話」は、客観的に自社を見つめ直すうえで効果的である。ただし、長期的な話だけでは投資家の理解は得られにくく、「長期の方針・施策」と「短期の成果・ 進捗しんちょく 」のつながりを明示してこそ長期展望の説得力が増す。短期と長期のバランスが求められる。いわば“外圧的”な「人的資本経営」ではあるが、この流れを上手に活用し、人という資本を増強し勝ち続ける経営姿勢に展開していくチャンスともいえる。

人や組織の潜在力を“開花・開化”させる

 ここまで、経営環境変化やESG経営、人的資本経営について整理し、外部からの要請にいかに応えていくかを見てきた。では企業は、組織内部においてどのような体質改善の取り組みが求められるだろうか。

 日本能率協会は、10年ほど前から新たな経営思想「KAIKA経営」を提唱し、その考えに基づく組織づくり、マネジメント行動づくり、人づくりを推進している。不確実性の高い今とこれからの時代において、企業全体や各組織、社会の構成員一人ひとりが、自分の持っている多様な力を生き生きと発揮し、その力を開花・開化させることが、よりよい価値を社会に生み出していく。こうした理念のもと、KAIKA経営を打ち出した.少し内容を紹介する。

 KAIKAの基本思想は、「個人の成長、組織の活性化、組織の社会性の同時実現」であり、その肝となるのは「組織の社会性」を追求することである。

 企業は、「経済価値」だけでなく「社会価値」も同時に生み出す存在でなくてはならない。環境問題や資源問題、人権問題や貧困問題など、簡単には解決できない様々な問題に直面する今の時代、自社だけが良ければいい、という考え方では市場から退場を迫られる。そもそも企業は社会課題を解決する存在であり、その課題解決に向けて事業を行うもの、つまり「企業は公器」とする考えが前提にある。

 やや乱暴な言い方になるが、これまで企業にとっての価値は業績(財務的成果)であり、右肩上がりの経済成長が望ましい方向性だった。業績の向上そのものが、物質的な豊かさを追求するという社会課題の解決に大きく寄与してきた時代ともいえる。しかし、価値観や働き方、豊かさなどの多様化、成熟化が進むにつれ、業績だけでは社会課題の解決に寄与しきれない時代になっている。

 企業は「何をやるか?」ではなく「なぜやるか?」を訴求しないと、顧客を含む社会の共感は得られない。企業の存在価値を問う“パーパス経営”の時代である。この「なぜ?」の答えに社会貢献や社会課題の解決が入ってくると、ステークホルダーの共感・納得が得られやすくなり、賛同者・参画者の巻き込みや情報発信力の強化につながってくる、というわけだ。「わが社は何のために存立しているのか」「自分の仕事が社会とどのようにつながっているのか」を、経営者、管理者、社員一人ひとりが常に問いかけあう。この共通の目的軸のもとに、一人ひとりが創意工夫し、職場の仲間と協力し、目標に向かって挑戦・協働し、成長することによって「働く喜び」を実感する。そして企業としても、社会にとって有意義な製品やサービスを提供し続け、新たな価値が創出され、社会になくてはならない存在になっていく。

【図表4】日本能率協会「KAIKA経営モデル」

企業の「社会性」向上がカギ

 「個人の成長」と「組織の活性化」は、これまでのマネジメントにおいても重要な要素だったが、今日の企業経営にとっては、組織を社会に開いていくこと、すなわち社会性を高める具体的アクションが求められている。言い換えれば、「利他の精神」に基づく行動である。CSVやESG、SDGsといった近年のトレンドも、すべて企業の社会性向上が強く期待されている表れである。「個人」「組織」「社会」の3要素の同時実現こそが、価値を創造し続けられる組織に欠かせないポイントだ。これまで相対的に優先順位の低かった「社会性」をより高め、3要素のバランスを取っていく必要がある。

 組織が社会とつながることで、個人は自分の仕事の意義を認識することができ、自律的な行動をし、成長し、「働く喜び」を感じることができるようになる。また、組織にとっても、社会とつながることによって、自社が社会の中でどのような存在意義を果たすのか、組織としての本来の目的を見つめ直すことにつながる。そして、共通の目的が組織に一貫することで、部門を超えて協働したり、互いに学び合ったりすることができ、組織の活性化に結び付くことになる。これが、KAIKAの“好循環”であり、三つは別々に存在しているのではなく、互いに強く作用しあっているのだ。

長期の時間軸、メタ視点、青臭い議論

 経営は、継続することを前提に考えると、長期の時間軸を持たなければならない。「瞬間風速的な利益」を求める経営をし始めると、組織は必ず疲弊する。先々を見通す時間軸を考えると、多くの関係者のことにも思いが及び、そこに「利他」の考え方が多く含まれてくる。時間軸は「社会の課題」すなわち利他を考えるうえで重要なエッセンスである。

 時間軸を考えると同時に、一つ上の立場の目線(メタ視点)を持って考え方の幅を広げることも重要だ。組織も人も、得てして「重要なことよりも緊急のこと」「長期よりも短期のこと」が優先されがちだ。そこに歯止めをかけ、組織に戦略性と多様性をもたらすためにはメタ視点が不可欠となる。メタ視点の獲得には、社外・異業種の人たちとの豊富な対話・交友の機会づくりが大変有効だ。自身の考えや行動を、「もう一人の自分」から客観的に見ることができる。それこそがリーダーに求められる資質といえよう。

 また、組織内においては、「青臭い議論」を巻き起こしたい。これは、生き生きとした組織に共通してみられる特徴の一つである。「青臭い」とは、真正面に正論、正義に立ち返る、という意味であり、社内の会議などで「そもそも何の目的でこの議論をしているんだっけ?」「そもそも私たちは誰に対してどんな価値を提供する責任があるんだろう?」という原点に立ち返った議論ができるか、ということだ。部分最適に陥りがちな日常業務の遂行・発想から社員を引き戻し、組織的一貫性、目的志向、全体最適思考に向かう組織にするために、あえて青臭い議論を誘発する工夫が必要なのだ。

多様性を生かし、共に進化する

 これまでの経験やセオリーが通じにくい、まさに「未踏課題の創造的解決」が求められる時代に、組織・企業が連続的なイノベーションを起こすためには、「社会との共生」「社会課題の解決を通じた持続的成長」、すなわち「利他を考え、責任を果たす経営」を追求・実践すること、多様な人たちが対話を重ね、思いを共有して行動することが重要となる。様々な経験、価値観、発想を持つ人たちがともにアイデアを出し合い、失敗も許容しながら新たなトライをし、少しずつ前進する。そんなマネジメントスタイルが求められている。

 「多様性を生かす」のは、労働人口減少・人手不足だから取り組むのではなく、それにより「新たな価値を生み続ける組織力」を獲得できるからに他ならない。これまでとは異なるマネジメント上の留意点が生まれるだろうが、それも包含しながら、「個性が異なる人たちの巧みな組み合わせでよい成果・新しい成果を出していく時代」なのである。ポストコロナ時代の経営は、「利他」を基軸としたリーダー、マネジャーの知恵と創意工夫、そして古いスタイルを捨て社会と共に進化する努力にかかっているといっても過言ではない。

プロフィル

曽根原 幹人( そねはら・みきと )

 一般社団法人日本能率協会 経営研究主幹。1996年日本能率協会(JMA)に入職。人事・人材開発分野の各種プロジェクト企画・運営に従事し、2013年より理事。2016年より、公益事業、調査・研究活動、アジア関連プロジェクト(アジア共・進化活動)を担当。2018年より、経営者・経営幹部育成、人事プロフェッショナルの育成、KAIKAの普及・推進、各種経営課題解決に資する事業を統括、2022年6月より現職。経営者育成事業(現役員向け・次世代経営者層向け各種トレーニングプログラムの企画・ファシリテーション・講師業務等)や企業経営調査・研究に従事。著書に『「未踏の時代」のリーダー論』(日本能率協会編・共著、日本経済新聞出版社刊、2019年)他。