「かかりつけ医機能」をいかに実現するか
https://www.yomiuri.co.jp/choken/kijironko/ckmedical/20220916-OYT8T50032/ 【香取照幸氏に聞く 「かかりつけ医機能」をいかに実現するか】より
POINT
■「かかりつけ医」の制度化が議論されている。かかりつけ医には、日常的な健康管理と初期診療のほか、医療・介護の総合調整役を果たすことが求められている。その前提となるのが、地域包括ケアネットワークと、健康情報の連携・一元管理システムだ。
■ネットワークと情報連携を実施機関の要件とし、クリアした地域や組織に手を挙げてもらって、できるところからスタートするのが現実的だろう。かかりつけ医を持つことは患者の権利。希望する患者が実施機関を選択する方式が望ましい。
■かかりつけ医機能は、予防や健康相談、総合調整機能など保険診療で包摂できない機能を含むパッケージなので、費用保障のあり方を考える必要がある。診療報酬体系の考え方を変えて全てを医療保険で見るのか、「療養の給付」を超える部分について別の形での費用保障を考えるのか。特区のような制度を作り、保険者と実施機関の契約で、そこの被保険者についてだけ別の形の診療報酬体系にするやり方もあるかもしれない。それも保険者機能の発揮ではないか。
聞き手・構成 調査研究本部 林真奈美
コロナ禍で、患者が適切な医療を受けられない事例が相次ぎ、地域医療の機能不全が露呈した。これを受けて、患者の健康管理に責任を持つ「かかりつけ医」の重要性が再認識され、2022年度の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」が盛り込まれた。それは具体的にどんなものなのか。どのように進めていけばいいのか。香取照幸・上智大教授に聞いた。
「誰ひとり取り残さない保健」を目指す国際協力
適時適切な医療・介護の総合調整役
――「かかりつけ医」の制度化が議論されている。かかりつけ医が果たすべき役割とは。
かかりつけ医・かかりつけ医機能については、2013年の日本医師会と四病院団体協議会の合同提言で統一見解が示されている。その要素を分解してみると、〈1〉患者の生活背景を把握した初期診療および保健指導〈2〉専門医療機関の紹介〈3〉休日・夜間対応体制の構築〈4〉検診など地域保健への参加〈5〉保健・介護・福祉関係者との連携〈6〉在宅医療の推進および家族支援――などが求められている。つまり、健康な時から継続的に利用者に関わり、健康相談や予防接種などにも対応し、医療・介護全体で最適なサービスを実現させる「総合調整機能」と位置付けられる。
これは、従来の一般的なイメージとは異なる。多くの患者にとって、かかりつけ医は必要な時に初期対応をしてくれる医師であって、健康な時は没交渉だし、変更も自由だ。あるいは、疾患ごとに複数いる「主治医」をかかりつけ医と認識している場合もある。日本は、受診するかどうか、どの医療機関に行くかどうかを患者自身が決める「フリーアクセス」を基本としている。制度的に患者の受診行動をコントロールできる仕組みになっていないため、一人一人の健康管理を特定の医療機関が一元的・継続的に責任を持つシステムが作られてこなかった。そのため、重複受診・重複検査、多剤投与といった問題はいわば不可避的に生じている。
コロナ禍で、発熱患者が身近な診療所に相談したら受診を断られ、行き場を失うケースが相次いだ。一方で、病院はパンク状態になった。今回の教訓は、在宅医療を強化しておかなければ、同じような事態が生じた時に医療崩壊が起きる、ということだ。かかりつけ医機能の問題は、地域医療・在宅医療の強化という視点から考える必要がある。
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地域包括ケア・ネットワークをどう構築するか
――とても一人の医師や一つの診療所ではこなせない役割だ。コロナ禍で発熱患者も受け入れなかった地域の開業医にできるとは思えない。今の医療現場に幅広く導入することは可能なのか。
かかりつけ医の議論をする際には、〈1〉個々の医師・医療機関に求められる診療能力〈2〉適切な医療・介護を切れ目なく提供できる地域ネットワークの構築――の2つの視点から考える必要がある。
個々の医師・医療機関に着目すれば、プライマリ・ケアを担う能力、総合診療能力が求められるだろう。ただし、そのような医師がかかりつけ医になったとしても、自動的に医療・介護全体として適時適切なサービス提供ができるわけではない。地域の診療所、病院、介護・福祉関係者らの連携体制=地域包括ケアネットワークができていなければ、本来的な役割を果たすことはできない。つまり、かかりつけ医機能の問題は、個々の医師・医療機関の能力というより、このネットワークをいかに組み立てていくかというシステムの問題だ。
介護保険では、訪問介護やデイサービス、施設といったそれぞれのサービス提供者とは別に、ケアマネジャーという全体のサービスを束ねる人がいて、患者に必要なサービスを判断してコーディネートする。直接的な介護ではなく、全体の調整をするのがケアマネジャーの役割だ。医療の世界でも、同様の機能・役割を果たす人、それを可能にするシステムを用意しなくてはならない。実は、それは診療そのものとは別の機能だ。
――地域包括ケアのネットワークを作るべきだという話は、20年前からされてきた。高齢化で複数の慢性疾患を抱えて暮らす人が増え、地域の病院と在宅医療、医療と介護・福祉が連携して支える必要性が高まったためだ。しかし、全国的に取り組みが進んでいるようには見えない。このままでは、かかりつけ医も絵に描いた餅になるのではないか。
この問題は地域差が大きい。地域に中小病院一つと開業医数人というような場所では、自然にネットワークが作られている。普段は開業医が診ていて、病変時や夜間・休日は病院がバックアップする。介護サービスも限られているので、それを使う。おのずから提供者側の協働の形ができて、かかりつけ医を中心に切れ目なく医療・介護サービスが提供される形ができていく。
難しいのは、東京などの大都市だ。人口が多く、医療・介護ニーズのボリュームが大きい。医療機関もたくさんあって患者の選択肢が多い。医療機関は競争(機能的競合)関係にあって、互いに連携することが難しい。さらに、診療所の多くは医師一人体制で、頻繁な往診や夜間・休日対応はできない。
例えば、今回のコロナ禍で病院がオーバーフローして在宅医療でカバーしなければならなくなったとき、都市部では開業医ができない往診や夜間・休日対応を専門に担う医療機関が参入し、地域の開業医と役割分担して在宅患者を支えたり、医師会や行政(保健所)が中心になって訪問看護や在宅介護サービスなども組み込んだネットワークを作って在宅患者を支える、といった取り組みが生まれた。
広域で往診に対応する「大規模在宅」と呼ばれる医療機関や、夜間休日を専門的に対応する医師グループの登場は都市部特有の現象といえるが、「チームで地域を支える」「機能分担・役割分担で面的に支える」仕組みの実践例という意味では重要だ。実際、彼らがいなければ都市部のコロナ医療は成り立たなかった。平時になったら「いらない」と言うのではなく、どのように地域医療に組み込んでいくかを考えるべきだ。そもそも、かかりつけ医機能をソロプラクティス(一人体制)の開業医が全て担い切る、というのは非現実的だ。自分でできない部分を専門医療機関に委託する、複数の医療機関が協働してかかりつけ医機能を担う、というのが通常の形態と考えるべきだ。
患者情報の一元化が大前提
――かかりつけ医機能がネットワーク全体のシステムを指すのであれば、個々のかかりつけ医はその中でどのように位置付けられるのか。
かかりつけ医機能は重層的で、〈1〉病院や専門医との連携〈2〉介護・福祉との連携〈3〉公衆衛生や保健行政との連携――など様々な局面がある。その結節点にあるのがかかりつけ医だ。そう考えると、「患者の健康情報・診療情報を一元的に集約・管理する(している)こと」がかかりつけ医であることの大前提、というか最も重要な要件、ということになるだろう。全体の情報をチェックして、異常値があれば診療し、必要に応じて病院や専門医に紹介して情報も渡す。介護・保健分野とも同様に連携する。ネットワーク内で情報が共有されてはじめて、共通のケア目標に基づく適時適切なサービス提供が可能になる。
多くの高齢者は複数の疾患を持ち、複数の医療機関にかかっている。つまり、複数の主治医がそれぞれ担当する疾患についての治療は行っているが、診療全体がどうなっているのかがわかる仕組みはない。このままでは、仮にこの中の一人をかかりつけ医に決めたとしても機能しない。患者(利用者)情報の一元管理こそが、かかりつけ医を有効に機能させる上での大前提だ。
かかりつけ医の話をすると、夜間・休日を含めた24時間対応という点がかかりつけ医になる上での大きなハードルになる、という議論になるが、お話ししたように、複数の医師がチームを組んだり、地域の医師会や中小病院がバックアップ体制を作ったりすれば解決する。事柄のポイントはそこではない。
できるところから「手挙げ方式で」
――具体的に、どのように普及を進めていけばいいのか。
かかりつけ医・かかりつけ医療機関の何たるかは、医療機関の機能役割の問題なのだから、医療法体系の中で規定すべき事柄だ。医療法体系の中で機能役割・要件を定め、地域包括ケアネットワークとの連携や情報連携体制など地域医療構想の中で具体的な絵柄を描き、枠組みを作って、できるところから手挙げ方式で始める、というのが現実的だろう。かかりつけ医機能の実装はそれぞれの地域でどういうシステムを組んでいくかという問題だから、地域の病院グループや複数医療機関の連合体といった単位での取り組みが進んでいくイメージだ。全国一律で、とか言っていると、全く進まない。
ここで大事なことは、「すべての国民は必要な医療を受ける権利がある」という意味において、「かかりつけ医を持つことは患者・利用者の権利だ」ということだ。かかりつけ医は、患者・利用者から自身の健康情報、医療・診療情報の管理・利用を託される者でもある。その意味でも、患者にとって最も機微で重要な健康情報を託する相手であるかかりつけ医は患者自身が選択するものでなければならず、その機能は患者との信頼関係があって発揮されるものであることを銘記すべきだ。登録の義務づけとか強制的な割り当てといった官僚統制的なやり方では、絶対にうまくいかない。患者が軽症でも大病院に行ったり、重複受診したりするのは、不安だから。その問題を解決しないと、患者の行動を変えることはできない。強制的にやると、かかりつけ医を飛ばして大病院を受診するために救急車を呼ぶなど、 歪ゆが んだ方向に行ってしまう。
かかりつけ医を持ちたいという人に自分で医療機関を選んでもらう。その前提で、選ばれた医療機関はかかりつけ医としての責任を持ち、患者側も自身で選んだのだから好き勝手に相談なく他のところに行ったりしない、というのが基本ルールだろう。今のような「何でもあり」のフリーアクセスではなく、専門家としてのかかりつけ医が適時適切な医療提供と受診のアドバイスを行い、地域全体で切れ目ない医療を提供する、言ってみれば「ゾーンディフェンス」で医療を保障する形を作っていくということだ。
保険者主導のネットワーク作りも
――医療側の「手挙げ」を促すには、どんな方策が考えられるか。
かかりつけ医機能というのは、医療の本来の機能役割といってもいいのだから、枠組みを用意して適切な費用保障をすれば自ずと進んでいくと思う。
例えば、地域の医療提供体制改革を促進するツールとして、地域医療連携推進法人(*)という制度が2017年度に創設された。複数の医療機関が参加して役割分担と連携を進め、地域ニーズに合った効率的な医療提供体制を構築することが期待されていて、公的補助も受けられる。すでに、人口減が深刻化している地域を中心に、推進法人の設立が広がりつつある。かかりつけ医機能を発揮するネットワークとしても活用してもらえばいい。
視点を変えて、健康保険組合などの保険者が主導して、こうしたネットワークを作る方法も考えられる。地域の医師会や医療機関と団体契約を結んで、「うちの組合員のかかりつけ医になってください。これこれの内容(健康管理や予防接種、健康相談、初期診療、休日・夜間対応等々)についてはまとめて費用を払いますので、面倒をみてください。その範囲を超える専門医療については、受診先を紹介してください」と決める。もちろん、組合員の同意が大前提で、組合員には「各種健康相談や予防接種、検診、初期医療等々はこのリストの中から自分で選んだ医療機関(=かかりつけ医)にかかってください。専門医療機関への紹介はかかりつけ医が責任持ってやってくれますから、勝手に他のところに行かないでください」ということで了解してもらう。保険者はもともと検診などの保健事業や予防事業を担っているし、レセプト情報も検診情報も持っているので、ネットワーク内の情報連携は容易にできるはずだ。
市町村も国民健康保険の保険者だから、地域全体の情報連携システムを用意し、ネットワーク作りを促すというやり方もあるだろう。地区医師会に力があれば、医師会主導もあり得る。そう考えると、準備ができた地域で、高齢者から始める、というのが一番現実的な形かもしれない。
いずれにしても、3年、5年でできる話ではないが、枠組みを作ることは早急にやる必要がある。今から始めないと、いつまでたっても実現しない。
ふさわしい報酬体系を考える
――最終的には、診療報酬をどうするかという話になる。かかりつけ医の役割には、予防接種や検診、コーディネート機能など、診療報酬の範囲を超える内容も含まれる。報酬体系については、どう考えるか。
先ほど言ったような、保険者と医療機関が団体契約する形であれば、提供する内容も価格も、それぞれで決めればいい。いわば診療報酬特区のようなイメージで、かかりつけ医の部分だけ別の診療報酬体系にする。かかりつけ医が担う部分を超える専門医療や手術などは、通常の診療報酬を適用すればいい。
診療報酬の範囲を超える部分、例えば病気でない時の健康管理や予防に関わるもの、多職種との調整・ネットワーク機能など「保険診療=療養の給付」で読み込めない部分をどう考えるかは大きな問題だ。ここの部分の費用保障を適切に行わないと「かかりつけ医・かかりつけ医機能の実装」は絵に描いた餅になる。
診療報酬の考え方を変えて、予防や健康管理、コーディネート機能についても保険でカバーすることにするか。保険者機能の延長として広い意味での保険料財源の対象と考えるか、別途、財源を用意するか。例えば患者の健康情報・診療情報基盤の構築や情報集積・運用は本来、公的機関の仕事だ。とすれば、そこに関わる費用は公費で賄うべき、ということでもある。全体の交通整理が必要になる。
かかりつけ医によるコントロールで、医療費を減らすことを期待する向きもあるが、トータルで削減になるとは限らない。ただ、費用対効果は確実に上がる。
いずれにしても、カネの話から入ると、今とどっちが得だという話になって、改革が進まない。まず、システムの姿を固めて、それにはどういう報酬体系がふさわしいかを考えるべきだ。
――将来的には、全国民がかかりつけ医を持つのが望ましいか。
理想的にはそうかもしれないが、1億2700万人全員がかかりつけ医を持つとして、いくらかかるのか。やってもらう内容にもよるが、仮に患者1人あたり月1万円として年間12万円。全国民だったら15兆円以上だ。
医師一人が何人の患者を受け持つかも考えねばならない。国営医療のイギリスは全国民にかかりつけ医の登録を義務づけているが、一人の医師に担当患者が約1500人もいる。そうなると、医師の診療は予約制で、何日も待たされる。お金のある人は私営病院に行く。日本で同様のことが起きれば、国民皆保険の理念が揺らぎかねない。やはり、必要とする患者が自分で選ぶ形が基本になるだろう。
オンライン診療も組み込んだシステムを
――オンライン診療など新たなスタイルも登場している。かかりつけ医システムへの影響は。
医師の働き方改革の影響もあり、今後、地方ではさらに医師不足が深刻になる。すると、初期診断はオンライン診療でやって、対面診療は本当に必要なときだけになるだろう。全てを現在と同じように対面診療で、とやっていたら回らない。IT(情報技術)も駆使してバイタルデータを遠隔でも確認できるようにして、対面診療が必要かどうかを判断して必要な時に診療に当たる。オンライン診療も組み込んで考えれば、かかりつけ医システムに参入するハードルも下がるのではないか。
大事な点だが、地域医療の担い手が動き出さないと、地域医療と接点のないオンライン診療専門の医療機関が増えてしまう可能性が高いこと。対面診療なしで初見の患者をオンラインで診て、薬も処方して、連携薬局が宅配便で薬を届ける、という診療モデルだ。患者にとっては便利。ただ、大きな病気だというときに行き場を失いかねない。医師会などが一番問題にしてきたことだ。そういうことも念頭に置いて仕組んでいかなければならない。
(*)複数の医療機関や介護事業所が組合員となって、それぞれ独立性を保ちながら、医薬品の共同購入や人的交流などグループ化のメリットを享受できる仕組み。推進法人から組合員への資金貸し付けもできる。
プロフィル
香取 照幸( かとり・てるゆき )
東大法卒。1980年、厚生省(現・厚生労働省)入省。内閣審議官として社会保障・税一体改革を担当し、厚労省の年金局長、雇用均等・児童家庭局長を歴任。2016年に退官し、17~20年にはアゼルバイジャン大使を務めた。20年から現職。