「こう、こう、こう。」
【こう、こう、こう】
元ネタ https://ameblo.jp/kaimonkyo/entry-12812660578.html
まずは、このネタから。
こうこうこう。(「こうやって、ああやって、こう。」みたいなやつ)
感覚派には良く起こる現象。
ですが、ソムリエなど味などの感覚を伝える時は、あまり出ない。
この言葉は、特に動きを伝えるときによく使われる。
スポーツ界は多いはず。
これは、まず見本を見せるとき。
そして、外見だけでは無く、中身(自身の中の動きの伝達)を伝えているとき。
イメージを顕在的に想像させる。
ビジュアル化。そしてイメージの共有。
「見て盗みなさい、そして私はこの感覚があります。」
身体を使うとき
外のイメージと中のイメージはとても大切
外のやり方
と
中のあり方
です。
その伝え方の究極のアナログ状態
「あなた自身で掴みなさい。」
「あなた自身で課程を積み上げなさい。」
「それがないと、自分で修正出来ません。」
直感的に練習しなさい。
言葉は時として邪魔をします。
私からすれば、言葉は感覚に対しては間接的。
スピードが遅い。
私は、空手やスキーの指導経験もあります。
子どもと大人で全然違います。
子どもは、言葉では通じないです。
ですが、もろ直感的。
見本を見せて勝手に上手くなるし、言葉すら真似て覚えていく、究極の直感TPP。
逆に大人は、言葉がないと不安になり、頭と身体をコネクトが鈍い人は時間がかかる。
言葉で理解した途端、やらなくなる。
身体を使わなくてはいけないこと、潜在的なスピード感を出すには
頭でなく、直感的に練習をおこなうこと。
面白さを損なわないためにも、自分でつかみ取る。
将来のために、自分で掴んでおくこと。
その先に、〇〇レッチ(自分らしいストレッチ)があるのでは無いでしょうか?
手取り足取り教わりすぎると。
種を知って手品を見てるようなもの。
ネタバレしながら、映画やドラマを見るようなもの。
そんなもの、不感症にしていくようなもの。
その場の感動より
先の感動
そう、そう、そう。
そうやって自分を解放しましょう。