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カタカムナ語

2023.08.21 07:34

https://minamiyoko3734.amebaownd.com/posts/36878747  【カタカムナ語】


Facebook横田 とみ子さん投稿記事

カタカムナ語とアイヌ語の相違点

【カタカムナ語とアイヌ語の通底性考】

 (最新見直し2009.3.19日)

 (れんだいこのショートメッセージ)

 ここで、カタカムナ語とアイヌ語との通底性を確認する。「土蜘蛛正統記」がこれに挑んでいるように見受けられる。おおいに啓発させていただく。

 2009.3.19日 れんだいこ拝

【カタカムナ語考】

 日本列島の最古の昔よりいわゆる縄文時代になって、現在のアイヌは北海道の一隅に住むが、アイヌが当時の日本列島の全土に居住していたと思われる。倭人とは、アイヌ人を含む古代日本列島生息人の総称と理解するべきであろう。その頃のアイヌ人の言語を仮にアイヌ語と命名すれば、カタカムナ人のカタカナ語と通底しているように思われる。アイヌ語とカタカナ語の比較をすると、カムイが興味深い。アイヌ語で神を意味するが、カタカムナ語でも「充実した最高のチカラ。あらゆる現象を発現させる根源のチカラ。潜象であるが確かに存在する究極的な本質」という意味になる。

 記紀の文字は全文漢字で書かれている。漢字の表意表音(音訓)を当時の日本語に当て嵌めた万葉がなで綴っているところに特徴があるが、一部に漢字の表意では意味の通じない個所がある。これらがカタカナ語に相当する。例えば、魏志倭人伝の「下戸、大人と道路に相逢えば、逡巡して草に入る。辞を伝え事を説くに或いは蹲(うずくま)り或いは跪(ひざまづ)き、両手は地に拠り、これが為に恭敬す。対応の声を噫(アイ、イ)と曰い、比するに然諾の如し」の記述がある。ここの「噫(アイ、イ)」がカタカムナ語と思われる。

 カタカナの歌の基調は「五.七」である、これは漢詩とは全く異なる。 ここに消滅させることのできなかった、漢詩にもできず、表意文字にもできなかった、民族性の強さを感ずる。

【カタカムナ語と万葉仮名の通底考】

 漢字を向こうの読み方をまね、意味もそのままで 用いるのだから「正音」という。漢字の意味に従いながらも、 読み方はそれに当たるやまとことばをあてるのを「正訓」という。これに対して、意味を無視した ものを「借音」、「借訓」という。「しが」という地名を「志賀」と書くのは「借音」、「あひみつるかも」 を「相見鶴鴨」と書くと、「鶴鴨」の部分が「借訓」である。借音はあらゆる固有名詞に応用可能な点優れ、 借訓は簡潔であることで優れていた。このほか、「十六」と書いて「しし」と 読む暗号のような戯訓(ふざけよみ)など、多様な表記がある。これらすべてを総称して「万葉仮名」 という。漢字の本来の使い方から外れた仮の表記だから「仮名」なのであり、これに対して漢文は 「真名(まな)」と呼ばれた。

  「仮名」が必要になるのは、もう一つは歌の表記のためである。 歌は意味が通じればいいというものではなく、音の響きをも楽しむものでもある。このため、歌は一音節 一音節漢字をあてはめて表記されることが多かった。しかも、日本語には中国語にない、助詞、助動詞の たぐいが多く、動詞などもしきりに活用する。このため、同じ音はできるだけ同じ漢字で表す習慣が 一般化し、どうせ同じ漢字を使うなら、字形を簡単にしたほうがいいということで、漢字を崩した ひらがなや字画の一部をとったカタカナが一般化した。こうして漢字で表せるところは漢字、表せない ところは仮名という漢字仮名交じり文が成立し、今日にまで続いている。

 音韻組織の異なる中国語の文字である漢字を、いわば外来語として借用する漢字の「音」用法 だけでなく、意味の翻訳・対応に基づいて、固有日本語を表記する漢字の「訓」用法まで成立させたこと は注意していい。

 さらに、仏教における「悉曇学」(古代サンスクリット語学)の学習は、漢詩 の「平仄(ヒョウソク)」、漢字音の「反切」とあいまって、音韻・音素的な見方を促し、「五十音図」へと 導いた。

 「日本語とカタカナ語とはいったいどちらが主体か。年代歴史的にいえば、明らかにカタカナ語の方 が先發である。それが漢字はじめ、次々に外来語を呑みこみ活用して居ると思われぬでもない。 また一方、カタカナ語を文字化してくれた漢字の主体性も動かせない。 この二つの立場、どちらに主体性を置くか。ここはとくと、考えてみたい。古代人のカタカナ言葉が、渡来した漢字で漢字化していたが、間もなく、平安時代に及んで。 カタカナ文字を獲得して混合文となり、近代になり外来語の流入、これも呑み込んで現代日本語が成立 した、と、私は考える。ここに、日本語とカタカナ語の区別の存在を認めざるを得ない」。

【万葉仮名のカタカムナ語による翻訳考】

 【カタカナ言葉は天地自然の倭語である】

 「初めてわが国の国王として国際に登場したのは卑弥呼である。その前には、徐福や出雲の権力者そしてエミシなどの存在が考えられるけれども、やはり卑弥呼が第一位であろう。卑弥呼は私の想像では、ヒミコと発音された女性であり、鬼道に優れた超能力者であり、つとに人望の高い人物 として衆目を集めていたのであろう。彼女は純粋のカタカナ人であり、そのカタカナ言葉、 所謂、平田篤胤のやまとことばで、呼称されていたのを、中国後漢時代に、邪馬台国女王として国際舞台に登場してきたということである。そのヒミコがヒミコという言葉を卑弥呼と漢字 で記録されたのが魏志倭人伝ということである。文字を持たなかった国の、ヒミコというカタカナ言葉を、中国という漢字国が、卑弥呼という漢字 で、魏志倭人伝に表音したである。ヒは朝日、ミは真昼の太陽、コ」継続。日が昇り照り耀いている、最高のチカラが 継続している状態と解読される」。

(私論.私見)

 上記論者が、上代日本を「文字を持たなかった国」としていることに異存があるが、魏志倭人伝文中の邪馬台国女王の卑弥呼をカタカナ言葉で解読しようとしていることに賛辞したい。万葉仮名で意味が通じない語彙を上代日本語で解読する試みはもっと為されて良いように思われる。

 2012.8.7日 れんだいこ拝


https://ameblo.jp/raito0791/entry-12744137919.html 【カタカムナ、八咫鏡、アシアトウアン、出雲、海人族、椎根津彦命(渦の日子)、宗像・海部、阿多隼人】より

六甲山を中心として栄えたと云われているカタカムナ文明をもたらしたカタカムナ人とは八咫烏とも関わりが深い海洋民族、隼人の地である南九州の阿多周辺にルーツがあると解釈できる。

【超古代文明の真相】誰も語らなかったカタカムナ人の正体がヤバい!

超古代の科学書「カタカムナ文献」古代、六甲山を中心にカタカムナと呼ばれる超古代文明が存在していたと云います。では、このカタカムナ文明をもたらしたカタカムナ人(アシア族)とは一体何者だったのでしょうか。今回の動画ではこれまで語られることがなかったカタカムナ人のルーツについて考察しています。-------------...

https://www.youtube.com/watch?v=sg4niaDEBLA

★1:08頃~

カタカムナ文献

カタカムナの神を祀ったのはアシア族

最後の頭領「アシアトウアン」、居城が六甲山系の金鳥山の辺り

天孫族の来襲に遭い敗北、九州の地に流され死亡

★1:40頃~「カタカムナ文献」とは

独自の図形文字が渦巻き状に並んだ80首のウタヒ(歌)から成る

図形文字は全て「ヤタノカカミ図象」と呼ばれる文字を根源としている

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楢崎皐月の言うカタカムナ文献とは

カタカムナ文献は歴史よりも科学面の叙述が多い

日本神話に登場する神々の名を歌詞にして“自然摂理”の意味を歌意に織り込んでいる

製鉄法、稲作農業、石器・木器製作、機織、医学、経済活動、哲学などについて記載

つまり

上記のような技術や考え方を持った人々が太古の六甲山を中心に文明を築いていた(?)

一方「創作なのでは?」懐疑的な見方も存在

カタカムナ文献の所在不明

カタカムナ神社も不明

★3:22~ カタカムナ人の正体を考察

カタカムナ神社(カタカムナ文献を御神体とする神社)は不明

金鳥山にある「保久良(ほくら)神社」が有力

創立に関する詳細は不明の謎多き神社

境内内に多数の磐座(いわくら)群←古代祭祀が行われていた場所(?)

保久良神社の祭神(⇐海洋民族が信仰していた神々)

素戔嗚命(すさのお)

大国主命(おおくにぬし)

大歳御祖命(おおとしみおやのかみ)

椎根津彦命(しいねつひこのかみ)

大国主命とは素戔嗚命の六世孫とされている出雲神

出雲族←海人族=海洋民族

大歳御祖命=神大市比売(かむおおいちひめ)←スサノオの配偶神

「大歳御祖命と素戔嗚命の子ども(2柱)」

大歳神(おおとしのかみ)

宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)

「宇迦之御魂神」(=穀物神)

伏見稲荷大社(全国に約3万社ある稲荷神社の総本社)の御祭神が稲荷大神(=宇迦之御魂)

6:33頃~「大歳神」とは?

「大歳神」(=饒速日、穀物神)

「饒速日(にぎはやひ)」とは

丹後国(元伊勢)一宮 「籠神社」で天火明命(あめのほあかり)として祀られている

太陽神、製鉄の神

「真名井神社」(籠神社 奥宮)

豊受大神(=穀物神)

保久良神社と籠神社に「椎根津彦」の像

「椎根津彦」=天火明命の末裔(その詳細に触れている動画)

籠神社の歴代宮司 海部氏(あまべうじ)の祖先

海部氏=海洋民族=海人族

保久良神社「元来の主祭神」←椎根津彦命

カタカムナ人の信仰の中心が「椎根津彦命」

★9:05頃~ 「導きの神 椎根津彦命」

籠神社では「椎根津彦命」は天火明と共に境内摂社の「蛭子神社」に祀られている

籠神社の伝承「椎根津彦とは」・・・(→その詳細に触れている動画)

https://www.youtube.com/watch?v=4v88uptli4Q

速吸門(現在の豊予海峡あるいは明石海峡)に船に乗って現れ、神武天皇を道案内した存在(導きの神としての神格)

椎根津彦命→神武天皇を道案内

神武天皇を道案内←「八咫烏」も。

「八咫烏」

=太陽の化身とされた三足「烏」(さんそくう)のこと。神武天皇を熊野の地から大和の地へ道案内した存在。

八咫烏=海洋民族系

「玉依姫」

(八咫烏(賀茂建角身)の娘)

  ↑

海人族が信仰していた女神

椎根津彦命=八咫烏???

★10:36頃~

「八咫烏」の起源(→その詳細に触れている動画)

八咫(ヤ「アタ」)烏➡「阿多(アタ)隼人」(=九州にいた海洋民族)説

  ↓

椎根津彦命(海部氏の系譜にあるが)

元々は隼人系の神?

★実際にある「隼人と海部氏の繋がり」

阿多(薩摩)隼人(→鹿児島県西部 吾田(阿多)に居住)の末裔「宗像氏」

 (他に、大隈隼人…鹿児島県東部 大隈に居住)

籠神社の伝承

(宗像氏が信仰する)宗像三女神のひと柱

「市杵島姫(いちきしまひめ)」(宗像氏)=天火明(海部氏)の配偶神

鴨氏(宗像氏)

大国主と結婚「瑞津姫」 その子「事代主」「高照光姫」

鴨氏(海部氏)

大国主と結婚「田心姫」 その子「迦毛大御神」「下照姫」

★11:35頃~

カタカムナ文献

ヤタノカカミ(八咫鏡)図象で渦状

椎根津彦命の別名「珍彦(うずひこ)」 つまり「渦の日子」

渦と太陽の化身が神名に刻まれている

保久良神社は六甲山の金鳥山にある

六甲山とは「六角形の甲」で亀に通じ

金鳥山とは八咫烏の別の姿「金鵄(きんし)」にも通じる

(保久良神社と関わりが深い)

「越木岩(こしきいわ)神社」(祭神=蛭児大神)

…元々は甑(こしき)岩(磐座)を祀った神社。阿多隼人系の海洋民族が祀った場所という説もある。

薩摩半島(阿多隼人の拠点)の西側に「甑(こしき)列島」

…古代、甑隼人(阿多隼人と同族)が居住。現在でも蛭子(ひるこ)神を祀った蛭子(えびす)神社が存在。

「蛭子」とは神話において異形だったが故に棄てられた神として描かれている。→もしかして?天孫族の来襲で敗れ九州の地に流され死亡したアシアトウアンを神話の中で蛭子として表現???

(注)椎根津彦命 ≠ カタカムナの神