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《浜松中納言物語》⑨ 平安時代の夢と転生の物語 原文、および、現代語訳 巻乃一

2018.08.10 23:15









浜松中納言物語

平安時代の夢と転生の物語

原文、および、現代語訳 ⑨









巻乃一









平安時代の、ある貴にして美しく稀なる人の夢と転生の物語。

三島由紀夫《豊饒の海》の原案。

現代語訳。









《現代語訳》


現代語訳にあたって、一応の行かえ等施してある。読みやすくするためである。原文はもちろん、一切の行かえ等はない。

原文を尊重したが、意訳にならざる得なかったところも多い。《あはれ》という極端に多義的な言葉に関しては、無理な意訳を施さずに、そのまま写してある。





濱松中納言物語

巻之一

九、大臣の姫君、中納言に恋うること、中納言、笛を形見にさせること。


言いようもなく趣の深い宴も過ぎて暮れ行き、今宵はこちらにお泊まりなさいませと切にお引止められなさって御簾のうちにはお入りになられたものの、故国とは違ってとにかくにも恐ろしい人の質(たち)だと御子に伝え聞いていた、まさにそのふしには違いなく、いかにしてみせたものかとご思案されるも難しくお想いになられるが、大臣の三郎に当る、中納言というものの、御君につかず離れずご歓待させていただいていたものをお呼び出しになられて、中納言の御君、


どうしてわたくしをお引止めになったのであろうか、

ないないのご招待と聞かされてこそ、こちらに伺ったものなのだが…


そう、おっしゃいませば、


五番目に当られる御姫君の、すぐれて可愛がっておられる御子が、

この月頃、もう、数ヶ月にもわたって悩み煩われて、

起き上がることもおできにならずにいらっしゃるのを、

その御姫君の、日の本の御君にお会いさせていただけたならば、

悩ましき心地も晴れてしまうでしょうにとおっしゃいましたので

ただその切ない御心を慰めて差し上げる御ために、

お招きさせていただいた次第でございますが...


そう、ありのままをたやすく述べるのも、他国の流儀とは言え浅ましく、我が儘なばかりに感ぜられれば、この国の人のやりくち、何事につけてもつくろうということなどないらしい。

この三郎、けっして愚か者にはあらず、才覚もすぐれ有様もきらきらしくて立派なのだが、こんな風な物言いはまさに馬鹿者の振る舞いにこそ想えてしまうものだよと、御君、あきれられながらも、御故国の方々の、とにもかくにも万事をつくろい飾り立てなければ気がすまないありようもまた滑稽に想いだされなさって、ただ、おかしく独り笑いなさり、


それは確かにた易い御慰めには違いなかろうし、

このようにして参じ、お見せした無様を御覧になるにはお好きになさればよろしいのだが、

いずれにしても、

この世の、男と女のわざを仮初(かりそめ)のものと儚くかんずるところある者であれば、

かくも色に憧れた姫の近くに長居してましてや慣れ親しむこともできまい、

それに、遠く想っている御方もいることだし、御方の想っておられるようにはなるまいよ。

我が想い、推して量られよ。

ただただ陽炎ごときものに御憧れなさったが故に

かくまで想い煩われたにすぎまい。

想えば尋常とは言えない御振る舞いであることよ。

世の常の有様とは言えもすまい。

ただ、時々、このようにしてお召しいただいた折には喜んで姿を御見せさせていただこう。

世の中の尋常のすじを、すこしは想い遣られたほうがよかろうよ、


と、御君、御語りなさって、三郎に、行ってかの御父君にこう申して差し上げよと申されたのを、それ見たことかと想わないでもなかったが、行ってみれば皆そろって待ちわびていらっしゃり、その若き姫君も、逢瀬させていただきたくお待ちの御ありさま、お伝えすれば、ならばいつも毎夜こちらにお尋ねいただきたい、必ず、必ずと、為すすべもなきその態を、帰って中納言の御君にお伝えさせていただけば、御君、そこまでお誘いされるものを、無下に断って逃げ出すものでもあるまいよと、ついに、その御中に入りたまう。

御中のしつらい、更にえもいわれず、輝くばかりのさまであって、女房五十人ばかりかしこまって勢揃いされて、髪を上げ整えて、団扇さし仰ぎ、柱ごとに火をさえともして並んでおられる。

女(むすめ)の君は、帳(ちょう)の帷子(かたびら)を少し巻き上げられて、団扇をかすかに振られながらも、意中なる御方に、顔をお上げなさって臥していらっしゃる。

またともなく珍かで、とはいえ、はしたない限りにもお想いになられるが、どうしたものか、《かうやうけん》の御后の、生き写しの御様ででもあればまだしも、かくも身のいたずらにしかならないことは、何もしないほうがよかろよと想われなさって、帳のもとにお近くお寄りになられ、ひとこと、ふたこと、語られてみれば、女、恥じる気色さえなくただ色づく。

ゆれる火影に見れば、女、十七八ばかりにて、白い肌は趣もふかいものの、御后の御有様にはお比べさせていただくべくもない。

女の答えするのも、異国の聞き知られない言葉のみ多くて、まこと、じれる心地さえなさるのだが、なんともあきれる御有様かとすさまじく興も醒めさえなさって、床に座されながら琴などお弾きになられるも、為すすべもなくただ《あはれ》にお想いになれば、やがて浅からない時は更ける。

この国に居る間は、時々は参上いたしますよと言い置きなさって、お持ちになっておられた御笛を形見にとてお与えになられて、夜の果て暁に崩れる前に立ち去られる。

恐ろしいという風評の人の質、破らないがよかろうと、その後も御消息などさしあげていらっしゃる。

姫君も、ただめでたくて、美しき御方の御姿をご拝見したく恋しくただそれがばかりに病にもついたものの、まことに想いはいまや晴れやかにもさわやかにあらせられて、ただそればかりの刹那の逢瀬、刹那の語らい、あるいは語らわれる御さまをお見かけさせていただいたがためだけで、心地も慰められて、それより後には願是もない恨み言もない。

大臣もそうお聞き置きなさった御方の有様なれば、何の咎もなくお想いになられて、姫君の御心地の癒されたのを嬉しくて、御君をご招待させていただいた喜びを常に吹聴しておられるのも、珍しい御振る舞いであったことか。

かの大臣の姫君を見たにつけても、《かうやうけん》のかの御后の御姿恋しがられて、今一度お会いしたくお想いになられる御君であらせられるが、その手立てだにあるわけでもない。

想い侘びられて、菩提寺という寺に行かれる。





《原文》


下記原文は戦前の発行らしい《日本文学大系》という書籍によっている。国会図書館のウェブからダウンロードしたものである。

なぜそんな古い書籍から引っ張り出してきたかと言うと、例えば三島が参照にしたのは、当時入手しやすかったはずのこれらの書籍だったはずだから、ということと、単に私が海外在住なので、ウェブで入手するしかなかったから、にすぎない。


濱松中納言物語

巻之一


いみじうおもしろうて暮れぬるに、今宵はかくておはしませと、切(せち)に留めて御簾の内に入るゝに、いと恐ろしと聞きしあたりを、いかにしつる事と、いみじくむつかしく覚えて、大臣の三郎にあたる中納言といふ、常に来つゝ語らふを呼び出でて、いかに思して留めさせ給へるにかあらむ、ないない承りてこそ参り来(こ)めと宣へば、五に当る女(むすめ)の優れたる愛子(あいし)に侍り、この月頃悩み煩ひて、起きあがる事も侍らざりつるを歎き悲しみて候ひつるに、日本(ひのもと)の中納言を見奉らば、心地やみなむと申されければ、唯その心を慰めむとにはべりと、ありのまゝに聞ゆるも、世づかずあさましく、我が儘にうち聞こゆれば、この国のやうは、つくろふ事なく物いふなるべし。この人聊かかたはならず、才(ざえ)ありさまもきらきらしくやんごとなきが、かくいふは悪しからぬことにこそと聞えながら、我が世の人いみじく飾りつくらふ習慣(ならひ)に、いとをかしう打ち笑はれて、そはいと易き御慰めにこそ侍るなるを、などか今までかやうにて侍ひ御覧せられけむ事は安かるべきを、この世を仮初(かりそめ)に思ひ給へるやうありて、人の御あたりに、近く馴れ御覧ぜらるゝ事侍らざりし、かやうにおのづから心留まる人も侍らましかば、遥かに思ひより侍らましや。唯推し量り給へ。すゞろにあくがれ侍りしあまり、かくまで思ひなり侍りしなり。思へば世づかぬ事なり。世の常の有様にてはえ聞えじ。唯時々かやうに召し侍らむ折々は参り侍りなむ。世のつねのすぢに思ひよらせ給ふにやと宣ふを、入りて父君にかくと聞え給へば、さ聞きし事ぞかしと覚えて、しか皆承りてはべれば、唯若き人の、珍しく見奉らまほしかり侍るを、いつもいつも尋ね知らせ給へとばかりになむとて、唯入れに入るゝを、あまりいなとて逃げ出つべきにあらねば、入りたまひぬ。内のしつらひ更にもいはず、輝くばかりにて、女房五十人ばかりいみじうさうぞきて、髪あげ団扇(うちは)さしつゝ、柱ごとに火ともし渡して並(な)み居(ゐ)たり。女の君は、帳の帷子(かたびら)少し捲き上げて、団扇を手まさぐりにして、見出でて臥したり。珍(には)かにをかしうもあさましうも覚えて、いかゞはせむ、かうやうけんの后の、御やうにだにあらばしも、身のいたづらにならむもおぼえずかしと思して、帳のもと近く寄りて、物など宣ふに、恥ぢたる氣色もなし。火影(ほかげ)に見れば、十七八ばかりにて、白うをかしげにはあれど、后の御有様に譬へやるべきかたもなし。答へするも聞きしらぬ詞がちにて、誠にあらぬ世の心地するに、かばかりもなぞやとすさまじくて、床に押しかゝりつゝ、琴を手ずさみて、いとあはれに思しければ、浅からずなむ。この世に侍らむ程、時々は参らむなど言ひ置きて、持ち給へる笛を形見にとて留(とゞ)めて、あけも終(は)てず帰り給へぬ。恐ろしと聞く人の心破らじとばかりに、その後も消息(せうそこ)など聞え給ふ。姫君も唯めでたく、美しき人の見まほしく恋しかりつるに、病もつくにこそありけれ、實(まこと)しき思ひはさわやかにやありけむ、唯さばかりうち見、物宣ひし有様を見聞きしに、心地も慰みて、それより後は覚束なきうらみもなし。大臣もさ聞き置き給へる人の御有様なれば、何の癖もなく思ひなして、姫君の心地おこたりぬるを嬉しくてや、召させ給へるよろこびを常に聞き給ふも、いとをかしうめづらかにおぼす。かの大臣の女を見しにも、かうやうけんの后、今一度見奉らまほしき思ひまされど、さるべきやうもなし。思ひ侘びて、菩提寺といふ寺におはします。










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