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ショーシャンクの空に

2023.08.24 05:56

Facebook相田 公弘さん投稿記事

「鏡の法則」の野口 嘉則さんのお話をご紹介します。

今日は僕の好きな映画を一つ紹介します^^「ショーシャンクの空に」 です。

ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

...

主人公のアンディは、有能な銀行家でした。しかし、無実の容疑で逮捕されて、終身刑になってしまい、ショーシャンク刑務所に収容されることになります。

刑務所内の環境は、アンディにとって異質なものでした。刑務官は囚人たちを人間あつかいせず、ルールにしたがわない囚人には厳しい処罰を与えました。

また、刑務所の中は腐敗していて、アンディは他の囚人からの暴行にも悩まされました。

しかし、そのような状況の中でもアンディは、自尊心を失わず、希望を持ち続け、少しでも環境を改善すべく、行動していきました。

アンディは、刑務所内にりっぱな図書室を作るべく、所長に予算を申請しますが、それが却下されると、こんどは州議会に毎週1回手紙を書き続け、6年後には州議会からの予算を獲得します。

しかし、それでも満足しなかったアンディは、さらに予算を増やすよう、州議会に手紙を書き続け、ついには十分な予算獲得に成功します。

こうして、倉庫のようだった図書室が、さまざまな本も読めるし、レコードも聴ける、りっぱな図書室に変わり、囚人たちの憩いの場になったのです。

またアンディは、銀行家としての手腕を発揮して、所長や刑務官たちの税務指南をするようになり、刑務官たちからも一目置かれる存在になっていきます。

僕がとても好きなシーンは、放送室を占拠したアンディが、歌曲「フィガロの結婚」のレコードを全館放送するところです。

鍵のかかった放送室の外から、所長や刑務官たちが「アンディ、ただちにレコードを止めろ!」と叫ぶのですが、アンディは、全館放送を続けながら、心地よさそうに音楽に耳を傾けます。そして囚人たちも、全館に鳴り響く美しい音楽に心を奪われるのです。

アンディは、この出来事への処罰として、2週間、真っ暗な懲罰房(独房)に入れられます。

2週間の独房生活を終えて帰ってきたアンディに、囚人仲間たちは、「地獄はどうだった?」と聞きます。するとアンディは、次のように答えます。「モーツァルトを聴いていたよ」

「穴蔵でレコードを聴いてたって?」と失笑する仲間に、アンディはこう言います。

「頭の中で、そして心で聴いてたんだよ。音楽は決して人から奪えないものだ」

それを聞いた、囚人仲間のレッドが、「俺も以前はハーモニカを吹いていたが、この環境の中で、いつしか興味を失ってしまったな」と言うと、アンディは、次のように言います。

「心の豊かさを失ってはいけない。人間の心の中には、誰も奪うことができないものがある。

それは『希望』だ」どんな状況に置かれていても、僕たち人間の心の中には、誰からも奪われないものがある。それが、音楽であり、心の豊かさであり、希望なんですね。

そして、この映画は、この「希望」というキーワードに導かれて、感動的な結末へと向かって展開していきます。

これからご覧になる方もおられると思いますので、その結末については、「観てのお楽しみ」ということにさせていただきます(^^

前回の投稿で紹介した映画「ショーシャンクの空に」は刑務所を舞台にした映画でしたが、

今回、刑務所に関連して、興味深いお話を紹介します。

...

精神科医の小木貞孝(ペンネーム 加賀乙彦)さんは、『科学と宗教と死』『死刑囚と無期囚の心理』などのご著書の中で、死刑にされることが決まって拘置所に入っている囚人(死刑囚)と、終身刑によって一生を刑務所で過ごしている囚人(無期囚)の二つのグループを比較調査した結果を発表しておられます。

前者は、死刑執行日がいつなのかはわからないが、とにかく死刑にされることが決まっている人たちです。後者は、死刑にされることはないが、刑務所に監禁され続けることが決まっている人たちです。

小木さんによると、前者の死刑囚のほうは、活発で動きが多く、冗談を言ったり、歌ったり、笑ったり、泣きじゃくったりと、心の躍動感が大きい、という傾向があるそうです。

一方、後者の無期囚のほうは、従順で、腰が低く、一見愛想がよいのですが、自由でイキイキした感じはなく、ぼんやりした鈍感なかんじで、心の躍動感が小さい、という傾向があるそうです。

死刑囚に対する死刑の執行通告は、執行される当日の朝に、当人に知らされるそうですから、

死刑囚は毎日、「明日、死ぬのかもしれない」と思って生きているわけです。

10日の投稿で紹介したガンジーの言葉の中に、「明日死ぬと思って生きなさい」というものがありましたが、死刑囚の方たちは、まさにその心境で生きておられるのです。

一方、無期囚のほうは、死刑にされる心配はないのですが、最初は、変化のない退屈な毎日に苦痛を感じるそうです。しかし、やがてそれに慣れてしまいます。

つまり、感情を麻痺させ、感情の動きを小さくさせることで、退屈を退屈だと思わなくなるのです。さらに小木さんは、次のように言っています。

「死刑囚は濃密な時間を生きており、無期囚は希薄な時間を生きている」「私たちはいずれ誰もが死ぬ。つまり私たちは、確実に死を宣告されている。そういう意味では死刑確定者と同じはず。けれども、そのことを死刑囚ほど常にはっきりとせっぱつまって感じている人はあまりいない。自分の死は少し先のことだと感じている人が多い。そういう意味では、人間は無期囚に似ている」また小木さんは、ある死刑囚の言葉を紹介されています。

「死刑の執行が間近いと思うと、毎日毎日がとても貴重です。社会にいたとき、なぜもっと時間を大切にしなかったかと、悔やまれてなりません」

僕たちは皆、必ず死ぬ存在であり、その日はいつやってくるかわかりません。もしかしたら、明日かもしれません。そして、この大切な真実を、僕たちは忘れてしまいがちなんだと思います。「メメント・モリ」という言葉がありますね。「死を想え(自分が必ず死ぬということを忘れるな)」という意味のラテン語です。

あらためて、この言葉を胸に刻んでおきたいものです。

公式ブログ  http://coaching.livedoor.biz/

プロフィール

野口 嘉則(Yoshinori Noguchi)

「幸せ」と「人間学」の専門家、ベストセラー作家。高校時代は対人恐怖症に悩むが、大学入学後、心理学や成功法則さらに東洋哲学の研究と実践によって対人恐怖症を克服。その後、リクルートへの入社を経て、メンタルマネジメントの講師として独立する。2003年にコーチングのプロとしての活動を始め、「その人の中にある自己実現力を引き出すコーチング」が評判を呼び、EQコーチングの第一人者となる。2009年より、人間力を高めるためのeラーニング形式の私塾「人間学実践塾」を主宰する。

現在、ツイッターと公式ブログを通じて、「幸せな生き方」や「人間学」「自己実現」に関するメッセージや情報を発信中。また、自ら肉声で語るポッドキャスト番組は、登録リスナーが100万人を超える。

主な著書に、ミリオンセラーとなった『鏡の法則』(総合法令出版)の他、『心眼力』『僕を支えた母の言葉』『いつだって、うまくいく!(DVDブック)』(サンマーク出版)、『3つの真実 人生を変える"愛と幸せと豊かさの秘密"』(ビジネス社)、『幸せ成功力を日増しに高めるEQノート』(日本実業出版社)などがある。


Facebook田中 宏明さん投稿記事

人間にとって 最も触れにくい 話題があります 一体何だと思いますか?それはズバリ

「性」です^ ^ 性欲は人間の最大の欲求にもかかわらず あまり日常で話されることはありません むしろ日々のニュースでは 不倫をした芸能人が まるで大罪を犯した 罪人のように扱われているのを目にします 彼、彼女たちはただ自分の欲求に素直に従っただけだとは

誰も言いません ほとんどの論調は 社会倫理を破って家族や愛する人を傷つけたとんでもない奴らという調子ですよね^ ^

まぁ、そんな感じのニュースを見ていたら不倫をするリスクは誰もがわかっているはずです

でも、やっちゃうわけです(笑)それは食欲と同じくただの純粋な欲求だからです

でもこと性欲に関しては世間は 怒り、許してはくれません

ただ皮肉なことに 不倫報道を見て怒っている人は 十中八九 本当は自分もしたいと思って我慢している人です^ ^

我慢していなければ怒る必要はありません へー、君はそうなんだで終わりです

とにかくそんな煩わしい問題しか起こさない性欲は 倫理的に生きる人にとっては問題を生む種でしかありません そうして性欲は抑圧され目に見えない場所に押しやられて最終的には

歪んで行きます 何故歪んでしまうのかというと全人類に性欲に対しての罪悪感が集合意識に

刷り込まれているからです

だからもしその関係が倫理から外れていた場合誰もが心のどこで罪悪感を持ちながら まるで犯罪行為かのようにsexをするわけです

自分の惹かれた人と一つになりたいという人間にとって最大の美しい欲求は現代では犯罪行為

かのような認識にまで貶められたわけです そりゃー歪んで当然です^ ^ まぁ、すごい話しですな

さて^ ^こんな事を書いていますが 僕は不倫に賛同するわけでも 反対しているわけでもありません ただありのままを見たら 人間社会というのは いつも自らが創りだした 不自然さに苦しめられているように見えます

自分たちで創り出した規則や倫理観に縛られてとても不自然な生を生きています

その不自然さに気づくのにこの性というのは 強烈であるが故に とてもいいきっかけに

なってくれます

試しに今 何の罪悪感もなく 自分の惹かれた人と Sex出来る社会だとしたら あなたなら

どうしますか?(笑)そうです^ ^それが本当のあなたの気持ちです

とても自然なことですよね だからまず 自分自身の中にある 本心に素直になりましょう

自分の内にある 衝動を受け入れましょう それだけでも ずいぶんと抑圧が 薄くなるはずです 抑圧とは怖れ そのものです 怖れは愛と真逆のものです

今この世界は 怖れによってコントロール されています 怖れの中で人は幸せになることは出来ません そして実は その世界は あなた自身の中に あるのです

人々の中から 怖れが消えれば 愛に満ちた世界に 簡単に変わります

本当に人が愛に満たされた時 人は他人を必要としなくなります

もう少し言うと 誰かが いてもいなくても どちらでも幸せ になるのです^ ^

何故だと思いますか?愛に満たされているとは不足感がないということです

不足感がない人は他人を通して自分を満たそうとはしませんただ分かち合おうとするだけです

男と女はそれぞれが自分自身を半円だと思っています だからお互いを求め合うわけです

ただし 人が愛に満たされて自身の中の円を成就させた時 もうその不足感からの希求は消えてしまいます

愛の化身である天使や菩薩には性器がなく無性として表現されます それは内なる男性性と女性性の統合のシンボルでもあるのです 実は全ての人はこの内なる男と女の統合のエクスタシーを求めています 男女間のsexは一瞬その統合のエクスタシーを垣間見せてくれるのです

でも本当のエクスタシーは自身の中で円が成就した時に起こります

その時生そのものが法悦になります ただ一人でいて満たされます それでもまた男女は惹かれ合うでしょう ただ今度の関係性は 喜びを大きくするためだけのものになります

相手に何かを 求めたりするのではなく 二人でいる事で 喜びがただ大きくなることを楽しんでいるのです  ね? 不倫なんて言葉 もう消えてしまいましたよね 愛は愛を引き寄せます 同じく 怖れは怖れを引き寄せます あなたの生きている世界は 愛でしょうか?

怖れでしょうか?

ちなみに僕は 両方を生きています 少なくともその 自覚があります

目の前に広がる 世界ではなくて どんな時も 自分の内側に 真実があります

それを忘れずに 生きましょう^ ^ では皆さまも 良い一日を🌈💓😆 らぶ💓