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生きる

2023.08.25 07:41

Facebook草場一壽 (Kazuhisa Kusaba OFFICIAL)さん投稿記事

人生の借り

 すこし前に、千日回峰行を満行された大阿闍梨、塩沼亮潤さんの言葉や考え方を紹介しましたが、大阿闍梨さんの言葉を聞くうちに、わたしたちの「代わり」に行をなさったのだと思えてきました。

過酷すぎてだれもが出来ることではないから、代表してやってくださる。それを追体験して、わたしたちもいのちの尊さや生きる意味を学ぶことができるのだ・・・そんなことを思うのです。

すると、大阿闍梨さんの言葉がするすると胸にしみこんできます。お説教や、訓示や助言に向かうような心構えではなく、「素直」な心がじっと耳を澄ませるような感じです。

 わたしたちの大切な時間のおおきな部分を、こうした追体験でいただいているのではないでしょうか。読書もそうです。思い出もそうです。音楽や絵画の鑑賞もやはり同じではないか・・・。

 生と死の垣根をこえて、わたしたちは常にいただきものをしているのだ。そして、「わたし」もまた、気づかぬうちに、なにかしらの贈り物をしているのかもしれない・・・。

偉業を成し遂げた方の言葉は深いものですが、決してそういう方ばかりのものではありませんね。

「生きる」ということ自体が実に偉大なことだからです。それぞれに抱えるモノを持ち、それぞれに葛藤し、それぞれによりよい道を模索している。ただ、その重さを問うことがないだけかも知れません。(毎日みなさまのコメントを読んでの感想でもあります。)

千日回峰行を二度満行された酒井雄哉さんは、「この世でいちばん大切なものは?」と訊かれて、次のように答えられていました。

「生きることでしょう。いかにして生きるかということでしょう。

ぼくたちが生まれてきた時には、不純なものはなにもないじゃない。この世の中に、いま生まれてきたんだよ、という真実以外ない。歳をとろうがどうしようが、真実は自分が生まれたことにあり、仏様から授かった命なんです」。

「生まれたというのは、人生に借りができたということ・・・なるべくいいことをして・・・自分の人生にお返ししていく」。

心にストンと落ちます。

生まれたから出来た借りを、精一杯生きることで返していくのですね。


Facebook騰 飛さん投稿記事

【本当に死にたくなって危ないときに救ってくれる存在】

以前、十一面観音さんが気になって気になって仕方が無い頃があって、宝山寺の山内にある御堂で拝ませてもらっていた。(特定の神仏がある時期無性に気になるというのは、よくあるんじゃないかと思う)

あるとき、サンマルクカフェで突然物凄い強烈な龍のエネルギー(神気が強い龍は痛気持ちいい)を感じると、数頭の龍のビジョンがうじゃうじゃ脳内に飛び込んでくる。その真ん中に、可愛い少女がいて笑ってるんだけど、何とも清々しく、それでいて魅力的だった。

十一面観音を少女だと言っている人はけっこう多いらしい。そして、仏教に取り込まれる前は水神として祀られていたらしく、日本でも古くから治水の神として水害のあった地域で祀られてきたとかなんとかいう話を知ったのは、随分あとのこと。

水神としての性質と、ニギハヤヒを祀っていた形跡のある場所で必ず十一面観音が祀られていることから、瀬織津姫信仰と強引に結びつけて考える人もいるみたいだけどね。

この存在に僕が感じるのは、少女のような無邪気さと可憐さ、全ての命に寄り添おうとする慈悲深さ、そして曲がったことを絶対に許さないという熾烈なまでの激しさ。優しい顔の仏像しかみたことないけど、きっと物凄い恐いんだと思うよ。

自殺した人の霊を迎えに来る存在ともいわれているんだけど、死にたいという想いにとらわれて苦しいという人は、十一面観音に助けを求めると心が楽になるし、かつてそんな想いに苦しんでいたという人にも必ず寄り添ってくれる。

ちなみに、頻繁に死を語る傾向のある人は「死にたいけど死ねないので早く死ねるように助けてください」みたいなことを言いがちだけど、願掛けをするなら「もっと楽に生きたい、早くこの苦しみを抜けたい、助けてほしい」がベストじゃないかな。


FacebookHiroshi Kaneiさん投稿記事  『ドクダミ』--- 星野富弘

おまえを大切に 摘んでゆく人がいた 臭いといわれ きらわれ者の おまえだったけれど

道の隅で 歩く人の 足許を見上げ ひっそりと生きていた いつかおまえを必要とする人が

現れるのを待っていたかのように おまえの花 白い十字架に似ていた

***

■星野さんは、この詩について、次のようにコメントされています。

わたしは、ドクダミという草がきらいでした。

へんなにおいがするし、どそ黒い葉っぱに、ミミズのような赤い茎が、じめじめした日陰にはえているのですから、名まえからして、さわれば、指がくさってしまうような気がします。

でもわたしは、車椅子にのるようになって、とってもだいじなことを知ることができました。

わたしが元気だったころ、からだの不自由な人を見れば、かわいそうだとか、気味がわるいとさえ思ったことが、ずいぶんありました。

しかし、自分が車椅子にのるようになって、はじめてわかったことなのですが、からだが不自由な自分を、不幸だとも、いやだとも思わないのです。

けがをして、一、二年は、からだのことでなやんだり、くるしんだりしました。でも、うけた傷は、いつまでも、ひらきっぱなしではなかったのです。

傷をなおすために、そこには新しい力が自然とあたえられ、傷あとはのこりますが、そこには、まえよりつよいものがもりあがって、おおってくれます。

からだには傷をうけ、たしかに不自由ですが、心はいつまでも不自由ではないのです。

不自由と不幸は、むすびつきやすい性質をもっていますが、まったく、べつのものだったのです。

不自由な人を見て、すぐに不幸ときめつけてしまったのは、わたしの心のまずしさでした。

だから、ドクダミを見たとき、わたしは思いました。”自分のまずしい心で、花を見てはいけない・・・・・”と。

そのときから、ドクダミが美しく見えるようになったのです。ミミズのようだと思っていた赤い茎は、銅の針金のようにたくましく、いやだったにおいは、ほのかな香料のようでした。

上をむいて、四つにひらいているまっ白い花は、聖なる十字架のようでした。

いやだと思っていたものが、美しく見えるようなった。

・・・・・・・それは、心のなかに宝物をもったようなよろこびでもありました。

ドクダミの花の前で、わたしは、またひとつ、おとなになれたような気がしました。

星野 富弘 著 「かぎりなくやさしい花々」(偕成社)

星野富弘氏(群馬県生まれ1946年~)は、中学校に体育教師として着任したが、部活の指導中、宙返りの失敗により頸髄損傷の重傷を負い、肩から下の機能が麻痺する。

口にくわえた筆で水彩画、ペン画を描き始め、後に詩を添えるようになった。

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冒険家の「風間深志」さんが、インタビュー記事でコメントしています。障害者でも「心が健康であれば、健常者なんです!」と。風間さんも大怪我をしてから感じたと語っています。

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もったいないばあさん @mottainaibaasan

たとえば虫刺されには、ドクダミの葉っぱの裏側をあぶってペタとはっておくと良い。

あせもの季節はお風呂にいれて。

ドクダミの花を焼酎につけて、ドクダミチンキを作ったりね。

ドクダミのお茶もいただくよ。トイレに飾って消臭効果にも。


Facebook清水 友邦さん投稿記事

必要なものは、それを必要とする人のところにあればいい。

母なる大地から恵みをいただいて、わしらは生きている。

それなのに、すべての人が必要もないのに人と同じものを持ちたがるから、母なる大地は傷ついていく。

やがて訪れる大浄化の前に、人々はそのことに気づかなければならない。

(アメリカ先住民長老の言葉)

八戸の是川縄文館に国宝の合掌土偶(キャラ名いのるん)が展示されています。

合掌土偶の時期は縄文時代後期後半(紀元前1600年)と推定されています。

その時代は夏王朝が滅ぼされ黄河流域に殷王朝が成立、ギリシア本土でミケーネ文明が起きて、旧約聖書でヘブライ人がカナンの地からエジプトに移住した頃です。

環状集落内の竪穴住居跡出入口から奥まった壁際の床で横倒しになって出土しました。

奥の棚に祭壇があって、そこから落ちたように左脚だけが離れていました。

天然のアスファルトを接着剤として使い修理されていたので大切に使われていました。

赤い顔料が残されていたので全身が真っ赤に塗られていたようです。

本体の手前には小さな焼け面があったので室内で火を使った祭儀を行っていたようです。

女性と火は深い関係にあります。炉の形は女陰であり、 古代日本の女性の女陰の呼び方はホト、ヒと呼びました。

火は女性の「ソコ」にあります。女陰の「ソコ」を火で焼かれてイザナミは亡くなりますが、その間に食物の神や土器の神が次々と生まれました。

女陰から命が生み出されます。

女性は生と死を司る霊力を持っていたのです。

火(ホト、ヒ)をおこして、火を絶やさずにすることは女性の大切な仕事で呪術的宗教行為でもありました。

天皇候補を意味する言葉の日嗣の御子(ひつぎのみこ)は火を継いでいく巫女、すなわち「火継ぎの巫女 (ひつぎのみこ)」でもありました。

合掌土偶は女性器があるので女性像でした。土偶のほとんどは女性と見られています。

秋は母なる大地が食べ物を豊富に恵み冬が終われば春に再び植物が芽を出します。

自然界のすべての存在は互いに深くつながっている円環構造をしていました。

大地そのものが女神の巨大な子宮であり、そこからあらゆる命と人間が生まれています。

大地と女性は命を生み出す偉大な女神の象徴でした。

チェロキー・ショーニー族は母なる大地を「われらの祖母にして偉大な創造者」と呼んでいます。

すべての存在は万物を生み育て養う偉大な地母神の子供でした。

縄文は女神の時代でした。

地球が誕生したのが46億年前です。

生命誕生が40億年前と言われ、化石の生物が5億年前の古生代に見つかり、約700万年前に直立二足歩行をする猿人が現れたと言われています。

そして約20万年前に人類の共通の元母ミトコンドリア イブが誕生しました。

10万年前に人類はアフリカを出て世界中に散らばり、4万年前に日本列島に現れたというのがミトコンドリアDNAのシナリオです。

日本列島は大陸と陸続きで温暖化により1万4500年前に島となり、氷河が訪れ再び1万2700年前から1200年間再び地続きになりました。

最終的に大陸から離れて島国になったのが1万1500年前でした。

縄文時代が始まったのは縄文土器が発見された1万6000年前と見られています。

最初に日本に住み着いた古モンドロイドの縄文人は大陸から歩いて日本まで来ることができました。

その後に温暖化が訪れて東北に縄文文化が花開いたのです。

最近はすっかり姿を消してしまった茅葺き屋根の民家ですが、縄文時代から続いて来た自然素材の技術が使われています。茅葺きの屋根には百合の花も咲き、松も生えます。

茅葺き屋根の民家の火事で死ぬ人はほとんどいなかったと言われています。ガラス窓がなかったので玄関でなくとも戸板を外せばすぐに家から逃げ出せたからです。

真冬に北上山地の茅葺き屋根の民家に止まったことがあります。

室内で火を焚くため家の構造が煙を逃がす吹き抜けになっているので家の中も外と同様の気温になっています。

ところが14才の娘は真冬でも靴下を履かずに家の中の板間を歩いていました。

風邪を引いたことがないと言っていました。

たしかに犬や猫も靴下を履きませんがいつも風邪を引いているわけではありません。

昔は誰もがそのような暮らしをしていました。

現代では夜更かしを可能にする電気、冷暖房、汚染された大気を吸い、汚染された水を飲み、生命力のない季節外れの野菜を食べ、大地はアスファルトやコンクリートにおおわれ、騒音と振動に囲まれて暮らしています。

私達の脳は都市の人工的な自然に適応するよう条件づけられてしまっています。

北米インディアンは近隣の人々を招いて蓄積してきた富を惜しみなくふるまうポトラッチ(potlatch)という祝宴を開きます。

主催者は贈り物を気前よく贈り、客は受け取り、今度は別な機会にお返しをします。

もし、それをおこたり、自分の利益だけを溜め込むと力を失い自分の魂も失ってしまうのです。

先住民は富の蓄積に魂の危険を感じていたのです。

縄文時代は落葉広葉樹林が広がっていました。縄文はブナ林から恵みを得ていました。

狩猟から農業に移り変わり、富の蓄積が起きて支配階級が現れると、豊かな富を求めて凶暴で暴力的な男性原理の人々が現れはじめて侵略を始めるようになりました。

貨幣経済は貧富の差をもたらし、争いをもたらしました。

お金のために長時間労働で拘束されるようなり、幸福で自由な時間は失われるようになったのです。

富と資源の奪い合いにより生存競争は激しくなり生は危険なものになりました。

母系社会を築いていた縄文は一万年以上争いのない社会を築いていました。

今までの人類は自己中心的で自分が属する集団だけが助かろうとして奪い合いと争いを続けて苦しんできました。

人類は精神的に未熟な状態でしたが地球全体に影響を及ぼすようになった現在、根本的な変容を迫られています。